週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

§ 募金

2011年06月19日 15時27分48秒 | たわごと(少し硬派に振って)
タイトルは決まったのに筆が進まなかった、『募金』。

東日本大震災が発生してから100日が経った事の法要などが執り行われていることの報道されていた。
あの大震災が昨日のように感じのに月日の経つのは早いものである。

自分が募金するにあたって重要と考えている事がある。
それは募金した金額の何パーセントが本来の募金内容の活動に支出されるかである。
募金の受け皿団体がその殆んどを消費してしまうのでは、募金した意味が無くなってしまう。
実際問題、繁華街やターミナル駅などで募金箱を胸からぶら下げて、東日本大震災の被害者救済の為、「あなたの暖かい手を差し伸べて下さい」と声を大にして叫んでいる。
募金も至って簡単だし、ポケットや財布などに入っている小銭などを簡単に募金しやすい効果がある。
でも、立ち止まり考えて欲しい。
あなたのかけ替えのない善意が、被災者まで届いているか?と。
募金箱をぶら下げている団体に100%入り、被災者に渡る割合が0%では、あまりにも悲しい。
そんな団体が数多く存在するのである。
特に地方から上京したばかりの若者をターゲットに狙う事が多いとのこと。
秋葉原など若者の集まる場所や新宿、渋谷、池袋など繁華街の駅前は要注意である。
駅前の編み笠をかぶった托鉢をしている僧侶ですら、問題のある人がいるそうであるからして、善意が善意として生きる団体に募金して欲しい。
アメリカが一時ユネスコから脱退したのも、一国一票制度の国連の制度にもあるが、予算の非効率な執行にあると聞き及んでいる。
そんなユネスコからも封書が届いている。

再度、声を大にして叫びたい、「善意が全て善意として活用される団体」を。

あしなが育英会、日本赤十字社、中央共同募金会だったり、その団体が明確な所のみに募金して欲しい。
募金箱にお金を入れれば、あなたの善意が確実に届く団体に募金して欲しいと願ってしまう。
因みに、国境なき医師団からの文書に、人道援助と広報活動に74.5%を支出と記されていた。
その74.5%がソーシャル・ミッションとなっている。
個人的には、広報活動費を除いた70.7%が本来の目的への割合だと感じている。
この割合を高める努力をしてもらいたいものである。


自分としては、今回の大震災後、直ぐに日本赤十字社に募金した。
募金する団体をどこにするか決定する時に、自分にとって一番近い存在の日本赤十字社へ。
献血活動の一環として、長年付き合いのある日赤。
学生時代の水上安全法に基づく資格でのお付き合い。
日赤社員として一時登録していたことや、赤十字病院でお世話になった事などを勘案した。

先日、週刊誌の広告の中吊りに善意の募金が被害者にまだ届いていないとのコピーが目に飛び込んで来た。
行政上の組織も、住民の資料も飛散してしまう大災害だはあるが、一日も早い給付を願ってしまう。

先日宿泊したハイアットの最初の宿泊予定は大震災の翌日の3月12日であったが、涙を呑んで宿泊キャンセルをホテルに連絡した。
所が、チェックインの一時間前にも係わらずキャンセル料は取られなかった。
本来であれば当日であるから100%取られても文句は言えない。
ホテルの心意気にも肩を押される形で、数千円上乗せして6桁の大台にして日本赤十字社に郵便局から振り込んだ。
実際問題は、自分が募金したと言うより、センチュリーハイアット箱根リゾート&スパさんが募金してくれたみたいである。

福島第一原発の件が無ければもう少し早い復興が出来るのかもしれないが、二重三重の苦難の中にある被災者たち。
本来、募金に勝る支援は経済活動の一環として地に足が付いた行動が一番かもしれない。
東北地方の物産や農産物や製品などの購入や観光などかもしれないと考える今日此の頃である。


粋なWWFの募金箱。



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