世相を斬る あいば達也

民主主義や資本主義及びグローバル経済や金融資本主義の異様さについて
定常で質実な国家像を考える

●魔女創造、白馬の騎士気取りアメリカ 創られた魔女数知れず

2014年09月24日 | 日記
戦後知識人と民衆観
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「空気」の研究 (文春文庫 (306‐3))
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●魔女創造、白馬の騎士気取りアメリカ 創られた魔女数知れず

 覇権主義とは、国家またはそれに準ずるものの、外交・軍事における傾向の一種。当該国の実利的利害関係にのみ基づいて他国に対する対応を決定し、敵対国に対する侵略戦争や先制攻撃によって(若しくは挑発を行なって相手に攻撃させ開戦の正当性や大義を主張し)領土の拡大や自国の安全保障を行い、同盟国や敵対国の反対勢力に対する軍事・経済協力を進める。それを実行し、成功した国を覇権国家と言う。(Wikipedia引用)とあるが、アメリカ帝国の場合、自由と民主主義を旗印に、「偽善的正義」を振りかざす点が鼻につく。社会主義でも共産主義でもない筆者だが、あの牧師のような米大統領たちの演説を聞いていると、鳥肌が立つ。おそらく、筆者の場合、理屈ではなく、アメリカの帝国主義的行動に対しての肌合いが悪すぎるのだろう(笑)。

 山本七平の“「空気」の研究”の中に、以下のような意味合いの文章がある。山本も、欧米に右に倣えするだけの近代化日本に対し、かなり懐疑的立場にあったことが窺える。まあそれにしても、現在の多くの日本人は、その部分など、「空気」に支配されているとも知らず、他人事のように読み飛ばすのだろうが、歴史のポイントとなる部分こそ、よくよく自覚して読んでもらいたいものだ。原文ではなく、筆者の意訳で表現すると、以下のようになる。

≪ 同じく山本の著書である『日本人とユダヤ人』の中で論考されている場面の描写から、山本は「空気」の存在の証明として“臨在感的把握”という個々の人々や大衆の中には、“モノ”に対して、心理的、宗教的影響を受けている現実が存在する点に着目している。この点で、明治の啓蒙家の考えは「石ころは物質にすぎない。この物質を拝むことは迷信であり、野蛮である。文明開化の科学的態度とはそれを否定棄却すること、そのため啓蒙的科学的教育をすべきだ、そしてそれで十分だ」と断定的に語っていた。『福翁自伝』においても同様のことが主張されている。 

  明治維新から文明開化に至る過程の近代化啓蒙は、上述の石ころを拝む歴史的経緯とそこに潜むものへの探求は放棄している。つまり、大衆間に存在する心理的宗教的“モノ”への事実関係への考察をすっ飛ばして、西欧文明こそ近代化だ、と思い込んだようである。「日本人が、なぜ、物質の背後に何かが臨在すると考えるのか、またなぜ何か臨在すると感じて身体的影響を受けるほど強く影響を受けるのか。まずそれを解明すべき」と、それこそ科学的に考えなかった。……山本は福沢諭吉に同情的立場をとっているが、筆者は福沢諭吉などは、糞だと思っている(笑)。只の猿真似思想を啓蒙しただけで、日本の劣化は、幕末から文明開化期に惹起されたのである。明治の啓蒙家にとって、後ろを見ている暇がなかった、先進国学習をしなければ、日本が未開の地、植民地化されてしまうと云う焦りがあったのだろうから、幾ばくかの同情心もあるが… 

 福沢に限らず、明治のすべてに、先進国学習はあっても、「探求」の余裕はなかったのである。従って、この態度は、啓蒙的といえるが、科学的とは言いがたい。従って、その後の人々は、何らかの臨在を感じても、感じたといえば「頭が古い」ことになるから感じても感じていないことにし、感じないふりをすることを科学的と考えて現在に至っている。…… と続く。


 筆者は個人的には、司馬遼太郎(元産経新聞の記者)という国民的大衆作家が、幕末から明治の歴史を歪めた元凶的作家だったと認識しているが、ストーリーメーカーとしての力量は否定しがたく、面白おかしく、夢一杯に、明治維新を賛美したわけである。最近で例えるなら、百田尚樹の親玉みたいなもので、『司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 』という著作があるが、『司馬遼太郎にとって不都合な人々』などと云う本が出れば、筆者は真っ先に買いそうだが、未だ出ていない。いずれ出るかもしれない。筆者に書く気力も能力もないのは残念である。しかし、日本人だけではないだろうが、人間は前に進むことが好きな生き物のようである。ゆえに成長する経済を盲信し、成熟とか下り坂を、非科学的に嫌うのであろう。この辺も臨在感的把握なのかもしれない。その点では、たしかに筆者は臨在感的把握に抵抗している(笑)。

 そうそう、もう少しで“魔女創造、白馬の騎士気取りアメリカ 創られた魔女数知れず”という見出しの話を忘れてコラムを〆るところだった!まあ、筆者が言わんとしていること、既に賢明なる読者はお気づきだろうから、敢えて書く必要もないのだが、少しだけ、この21世紀には、厄介でしかない、死にかけているのに、ああでもない、こうでもない、ああしろ、こうしろ、と読売新聞の主筆のような覇権国がアメリカという名の国である。

≪ 米、シリア空爆 「サウジなど4カ国参加」報道  
【ニューヨーク=吉野直也】米政府は22日、米軍と複数の有志国が過激組織「イスラム国」を標的にシリア領内で空爆を始めたと発表した。米メディアはサウジアラビア、ヨルダン、アラブ首長国連邦(UAE)、バーレーンの4カ国が作戦に参加したと報じた。
 米NBCテレビによると空爆は米東部時間22日午後8時30分に開始。イスラム国が本拠を置くシリア北部ラッカを標的に戦闘機や爆撃機による攻撃だけでなく、洋上に展開した艦艇から巡航ミサイル「トマホーク」を発射したという。
 米軍などは最大20の標的に攻撃を加える計画で、対象には武器弾薬・燃料の集積施設や訓練施設、兵舎、司令部などが含まれている。米軍は8月8日にイラクのイスラム国に空爆を始めたのに続き、シリア領での空爆拡大に踏み切った。
 オバマ大統領は今月10日、シリア領のイスラム国への空爆の意向を表明していた。 ≫(日経新聞)

 最近では、アメリカと云う国から魔女のように名指しされているのは、プーチン露大統領とイスラム国(イスラム原理主義のシンボル的扱いだが真実は判っていない)だろう。ウクライナ問題に関するロシア及びプーチンの対応は、常に受け身であったわけで、謂わばアメリカ・ネオコンからのあからさまな攻撃からの防衛行動だったことは、百万遍主張しているので、今さら語るつもりはない。問題は、このイスラム国なるもの、正直実態が不明なのだ。名前こそイスラムなのだが、イスラム世界の名誉であるとか、矜持であるとか、そう云うものすべてに泥を塗るような野蛮さだけを世界中に喧伝している。それでいて、西側諸国が驚くほどのダメージを受けているわけではなく、ダメージを受けているのが、イスラム圏中心であるところに、識者であれば奇妙だと気づくべきだろう。

 こんなにアメリカにとって都合の良い「悪漢」がいるのだろうか?ビンラーディンのアルカイダの時は、肉を切らせて骨を断つような蛮行を選択した覇権国アメリカだったが(共和党ブッシュと民主党オバマの違い)、学習機能を発揮して、自らの国民の被害を最小限にして、海外に敵をつくる方法の一環として、この「イスラム国」が存在しているのではないか?という疑念を持たない点が、非常に面白い。この辺を熱心の語ってくれているサイトが二つあるので、筆者の感覚的な疑念とは別に、参考まで読むことをお勧めする。筆者はあくまでも、全体的流れとしてのアメリカと云う国を眺めることにしておく。
参考サイト
(1)http://rockway.blog.shinobi.jp/Date/20140923/1/  
(ROCKWAY EXPRESS)
(2) http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2014/09/post-0e02.html  
(マスコミに載らない海外記事)


 欧米型政治体制の普及(押しつけの啓蒙)が、世界平和だとでも思っているのか、単にマネーという支配者からのご託宣なのか、主にアメリカが必死になって、中東の人々を脅し、イスラムの敵であるイスラムを滅ぼせと命じている。イスラム国という勢力が、本当にスンニ派によって構成されているかも不確かだ。米英人の首を切ったり、米英市民を殺せとか、もうハリウッド映画張りの特撮と効果的言動が、西側の人々に、メディア・コントロール下において垂れ流されているわけだが、こんなにアメリカにとって都合の良い「悪漢」がいること自体奇妙だと思うのが識者の知恵というか、勘ではないのだろうか。

 言論でメシを食う人間は、兎角この世の空気を感じて生きている種族なので、滅多なことで、唇寒しを度外視して、発言することはないのだが、数人程度はいても良さそうだが、テレビ出演者には誰一人いない(笑)。これじゃ、本当の世界がどんなカラクリになっているか見当もつかいわけで、めくら蛇におじずの趣だ。その癖、10年後、50年後になって、歴史を検証した結果として、はじめて、そのような意見を披露すると云うのだから、その時「魔女」扱いされた人々や国や勢力は、泣くに泣けない、怒りのやり場に困るわけである。

 現在は、アメリカと云う国のコントロール下にある西側世界の大手メディアが、反論する気力もないわけだから、覇権国のあらゆる工作活動は、思い通りに進んでいるのだろう。しかし、このアメリカと云う国が、1960年辺りから一方的な力による覇権主義を明確にし、火のないところに煙を立て、強引なアメリカン・デモクラシーを推進した歴史的事実は、枚挙にいとまがない。何故、アメリカン・デモクラシーの普及なのか、その目的は崇高な理念によってなされていると読解することは不可能で、やはり、戦争する武器を生産する目的とか、支配することで、マーケットを拡大させる目的と理解する方が説得力はある。

 ソ連邦崩壊間近の、キューバ危機にはじまり、1964年北ベトナム沖のトンキン湾で北ベトナム軍の哨戒艇がアメリカ海軍の駆逐艦に2発の魚雷を発射したとされる事件。これをきっかけにアメリカは本格的にベトナム戦争に介入、北爆で始まるベトナム戦争。引き続き、ドミニカ侵攻、グレナダ侵攻、パナマ侵攻、北朝鮮制裁、アフガニスタン、イラク、リビア、シリア、ウクライナ。そして現在、イラク・シリアを股にかけ、正体不明の“イスラムは危ない勢力(イスラム原理主義)”という、共産主義の次に地球上から抹殺するイデオロギーはイスラムだ!と言わんばかりの乱暴狼藉的な行動に出ている。

 いつの日にかは、この正体不明の「イスラム国」と称する勢力が、どのようにして発生し、何処の支援を受けていたか、誰が怪物フランケンシュタインであるのか、そして誰が生みの親であるフランケンシュタイン博士であるのか、その謎は解けるに違いない。しかし、フランケンシュタインがロマン主義的小説と言われる、メアリー・シェリーのゴシック小説には、人間に通っている親愛の情とか、所謂ペーソスがあるわけだが(手塚の『ブラック・ジャック』にも通じる)、アメリカンのどこまでも貪欲むき出しの欲望を表現する例示としては、あまりにもポジションを上げ過ぎた礼賛的例示かもしれない。それほど、アメリカン・デモクラシーの強欲さは、見るに見かねる。そして、偽善ぶる姿勢には、ほとほと参ってしまう。

司馬遼太郎が描かなかった幕末 松陰、龍馬、晋作の実像 (集英社新書)
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善悪の彼岸 (岩波文庫)
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