お二人さまの老後

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錦秋の北海道を訪ねて その2 然別湖畔の手つかずの自然にふれる

2018-10-20 16:19:07 | 旅行記

 早朝5時50分に集合し、ネイチャーガイドの案内で大雪山国立公園の手つかずの自然に触れる散策に出かけました。ホテルの裏山に登って行き、トドマツとエゾマツの見分け方の説明を聞きました。「上に向かって枝が生えているのがトドマツ、下に向かって枝が生えているのがエゾマツ。」よく見るとエゾマツの幹は黒くごつごつしていました。「倒木が朽ちて苔が生える。苔には水分が溜まるので、そこに若木が生えて育っていく。それを『倒木更新』という」など、実物を目の前に楽しく学びました。

       

 1時間ほどで散策は終了し、湖に面した窓際で洋食と和食のバイキングの朝食を頂きました。

      

   8時からは船に乗って紅葉クルーズ。手つかずの自然の風景を船の中から観賞しました。

     

 あいにく雨が降って霧がかかっていましたが、晴れていたらまた違った風景が見られたと思います。

 船着き場にはオショロコマの大群が泳いでいました。

 この後、バスで北上しました。写真は十勝平野の典型的な風景です。ガイドさんに尋ねると林はカラマツで防風林や防雪林の役目をしているそうです。

               

 糠平湖の先で旧国鉄士幌線のコンクリートアーチ橋を眺めました。士幌線はかつて材木を運んだとのこと。

         

 バスを下りて欄干にもたれて眺めました。廃線となったコンクリートアーチ橋は黄葉の風景と相まって「もののあわれ」を感じさせました。林の中に入り、かつて線路が敷かれていた真っ直ぐな道を歩きました。

 この後バスは三国峠を越えて層雲峡を目指しました。窓の外は黄葉の連続でした。

 三国峠の喫茶店の裏に可愛らしいシマリスがいました。植木鉢の中にひまわりの種が入れてありそれを食べに来ているようです。

         

 バスは層雲峡の紅葉谷へ。バスを下りて散策しました。紅葉と黄葉が見事でした。

     

           

  その後、流星の滝と銀河の滝へ。

                         

 ゆっくり散策した後、美瑛・白金温泉に向かいました。

 一昨年7月に美瑛・富良野を訪ねた時に宿泊したところですが違うホテルでした。

 みなさん「白髭の滝」を見に出かけたようですが、空いているうちにと温泉に入りました。白金温泉の名前の通り然別湖温泉より白い温泉でした。

 宿泊客は多いのに従業員は少なく、食事内容は豊かでしたが、ご飯と味噌汁はセルフサービスでした。

 人件費を削減して安く抑えているようでした。

  

  

 

 

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錦秋の北海道を訪ねて その1 夕張滝ノ上公園と福原山荘の紅葉を愛でる

2018-10-19 15:28:51 | 旅行記

 10月7日(日)から9日(火)に「旭岳紅葉空中散歩&ネイチャーガイドと然別湖探訪」ツアーに参加しました。 昨年は利尻・礼文に、一昨年は美瑛・富良野に花を求めて出かけましたがいずれも7月でしたので、秋の北海道は初めてです。

 台風25号が北海道を直撃することを心配しましたが、温帯低気圧となり北海道を避けてくれたようで、羽田8時発の飛行機は予定より10分早く9時20分頃千歳に到着。貸し切りバスに乗り込みました。

 最初に訪れたのは千歳から北東に40キロほど離れた夕張の滝の上公園でした。到着は10時50分頃。少し雨が降っていましたが訪れる人も少なく、しっとりとして美しい紅葉を楽しむことができました。

                 

         

 次に夕張から道東自動車道に乗り、トンネルをいくつもくぐって十勝清水で下り、夕張から東に70キロほど離れた鹿追町にある福原山荘に向かいました。ここは北海道でスーパーを創業した人の山荘で紅葉の時期に無料で開放しているそうで、紅葉の美しい広い庭園でした。

  

  

                  大木の切株が朽ちてその後に若木が育っている珍しい風景

 高速を降りてから畑ばかりの十勝平野を走りました。畑にもいろいろな色があってガイドさんの説明によると緑が茂っているのは砂糖大根(ビート)の畑、茶色の畑は蕎麦を刈り取った跡、小さなとうきび畑は牛の飼料用、黒土の中に小さな緑の若芽が生えそろっているのは小麦畑。十勝ではお米は殆ど作っていないという事です。

 色の異なるパッチワークのような広々とした畑の風景も北海道ならではと窓外の風景を楽しみました。

 新しくなったという道の駅「ピア21しほろ」に寄り、買い物をしました。札幌在住(?)のガイドさんも楽しそうに買い物をしていました。中村社中の皆さんへのお土産に紅葉などの押し花を貼った絵葉書と十勝は豆の産地という事で豆菓子を求めました。

 然別湖に向かう途中、扇ヶ原展望台で景色を眺めましたが、霧が深く全く視界がききません。

   

  今晩の宿・然別湖畔にある唯一の旅館「風水」には15時半頃到着。

  早速、温泉で汗を流しました。鉄分の多い黄色の温泉でとても温まりました。

 夕食は18時から。然別湖は水がきれいで飲むことができるそうです。そのきれいな湖に生息している「オショロコマ」の塩焼が夕飯に出ました。さっぱりしていて美味しかったです。

            

 

 

                    

                 

                    

             

 

 

 

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水戸偕楽園・弘道館と袋田の滝への研修旅行

2018-02-27 15:08:48 | 旅行記

 退職者の会・S会で2月20日(火)から1泊2日で茨城県へ研修旅行に出かけました。

 この所、寒い日が続き、数日前の天気予報では雨か雪だったのですが、幸い予報がずれて温かな春の陽気になりました。

 参加者の男性12名・女性4名を乗せた貸し切りの小型バスは横浜を午前8時に出発。

 お隣のIさんと現役時代の事などについておしゃべりをしているうちに、バスは湾岸線から常磐道に入り、気づくと車窓にはのどかな田園風景が広がっていました。水戸大洗ICを下り、11時頃大洗海岸に到着。磯前神社の駐車場にバスを留め、磯前神社を参拝しました。

                   

 神社をバックに集合写真を撮ろうとしていると若い神主さんが出てきてシャッターを押してくれました。そして奥に藁ぶきの古い神殿があるので奥に回ってご覧くださいと教えてくれました。それが下の左側の写真です。歴史のある神社であることが実感できました。

 石段を下って海岸に出ると海の中に鳥居が見えました。初日の出がこの鳥居から昇るので有名だそうです。

                

 この後、水戸IC近くのドライブインで昼食を摂り、水戸の偕楽園に向かいました。偕楽園はパンフレットによると水戸徳川家・九代斉昭公が共に楽しむために開いた遊園で、100種3,000本の梅が咲き誇る梅の名所として知られ、金沢の兼六園、岡山の後楽園と共に日本三名園の一つに数えられています。バスを下りて石の橋を上がっていくと仙波湖を臨む高台に偕楽園はありました。紅梅・白梅が咲いていました。

           

 時間に限りがあるのでAさんと共に、見晴らしが良いという好文亭に行って見ることにしました。

 2月17日から梅まつりが始まっていて、丁度、梅大使の女性たちと水戸黄門に扮した老人が取材に応えていて、その後一緒に記念撮影をどうぞと誘ってくれたので写真を撮っていただきました。

               

 好文亭は梅の別名「好文木」に由来しているそうです。各部屋の襖に梅や竹林・桜などが描かれ、また3階の窓からの仙波湖や庭園の眺望が素晴らしかったです。

                     

 この後バスで弘道館に向かいました。弘道館ではボランテァガイドが詳しく説明しながら案内してくれました。

 パンフレットによると弘道館は9代藩主斉昭が藩政改革の重要施策として開設された藩校で藩士やその子弟が学んだそうです。藩校として全国一の規模を誇る敷地には学問を学ぶ文館、武術を習練する武館、医学館、天文台、馬場などがあり総合大学のような施設だったとのこと。

 水戸藩は徳川御三家の一つくらいしか知識がありませんでしたが、徳川御三家には参勤交代が免除されていて、殿様はずっと江戸にいて水戸に戻ったのは数回だった。第15代将軍・徳川慶喜は斉昭の七男などのことが分かりました。

         

 上の写真が文館の中心の正庁・至善堂で重要文化財になっています。正庁は藩主が臨席して文武の大試験が行われたところ、至善堂は徳川慶喜が大政奉還の後に恭順謹慎生活を送ったところだそうです。 

 この後、今晩の宿・筑波山麓にあるホテルに向かいました。ホテルは7階建てで私たちの部屋は6階、窓から筑波の平野が見渡せました。

 「雲上の湯」と謳う温泉は7階で、同じく見晴らしが良かったです。

                   

 翌22日は袋田の滝の見学です。袋田の滝は茨城県の北部の大子町にあり、8時半につくばを出発したバスが袋田の滝に到着したのは11時近くになっていました。袋田の滝入り口の橋を渡り上がっていくと新しい立派なトンネルができていて、エレベーターが2機もありました。

           

 滝は3段ほどになっていて上の方が凍っていましたが、目の前の滝は糸のように水が落ちていました。

 展望台に上がって眺めると滝の上部も見えました。それが下の中の写真です。

        

 帰りは上の左の写真の釣り橋を渡って渓流の反対側を戻りました。雪景色もなかなか良かったですが、新緑の頃や紅葉の季節も素晴らしい景観が楽しめそうです。

 バスを留めた滝入り口近くの土産物店の2階で昼食を頂きました。鮎の塩焼きが美味しかったです。

 午後は常陸大宮にある根本酒造に寄りました。雑菌が入るといけないということで酒蔵の外で当主が説明してくれました。江戸時代から続く酒造で幕末の内乱で当主が天狗党だったため殺されてしまった。家の柱にその時の刀傷が残っている。子どもが生き残ったので今の自分もあると話してくれました。

       

 試飲させてもらって美味しかった大吟醸酒はあいにく在庫が一升瓶しかなかったので、夫へのお土産は当主に聞いて別の大吟醸酒にしました。

 渋滞に巻き込まれないように早めに帰路についたので、常磐道から湾岸線も順調で17時前には横浜に着きました。

 天候にも恵まれ、歴史の重みを感じたとても良い研修旅行でした。

           

   

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久しぶりの九州旅行 その2 有田・唐津の窯元巡りをし唐津の海の幸を頂く

2017-11-15 20:41:19 | 旅行記

 2日目は窯元巡りです。有田に向かい最初に香蘭社を見学。香蘭社の器は若い頃に蘭などの絵柄の美しさに惹かれ湯飲み茶わんなど求めましたが、薄造りで日常使いには不向き。今はサイドボードに飾ってあります。

 香蘭社2階の部屋には古い立派な作品なども展示してあり、美しい有田焼の美術館のようでした。

 次に今右衛門窯を訪ねました。パンフレットに「現代の色鍋島」とうたっています。政府などが外国の賓客にお土産にお買い上げするようで、ちょっと庶民には手が届きません。先代の十三代の作品と当代の作品を鑑賞しました。スタッフの説明によると(長男は東京青山店の社長を務め)次男が十四代今右衛門を継いでいるが、先代との違いを出すのに苦労しているとのこと。当代は濃いグレーの地に白を浮き立たせることで絵柄を出していて地味な作風でした。これからどのような作品に発展していくのか興味深いところです。

 最後に「深川製磁」に行きました。普段使いの食器などが多く並んでいましたが、それでも高価です。佐賀出身の幹事のEさんが金彩と青の濃淡で描いた牡丹の絵の小皿を10枚求めていました。同じ絵柄の大皿を持っているので来客などの時に使うとのことでした。

 お昼時になるので、この後、嬉野温泉のYuさんにプリントしてもらった「焼きカレー」の店に向かいました。

ドライバーが電話し教えてもらわなければわからないわき道を入ったところに店はありました。

 器は青い有田焼で、私とNさんは海鮮カレーを、Hさんは鶏肉のカレーを注文。「焼きカレー」ってどういうの?と興味がありましたが、普通のカレーにチーズを掛けてさらにオーブンで焼いたもののようです。アツアツでとても美味しかったです。

 午後は一路、唐津焼の中里太郎右衛門窯を目指しました。「鶴瓶の家族に乾杯」で見覚えのあるところでした。 門を入り2階に上がるといろいろな器が並んでいて、奥の部屋には先代の十三代中里太郎右衛門と十四代の作品も展示されていました。十三代太郎右衛門は晩年大徳寺で得度し「蓬菴」と改めた方で、藤沢さいか屋での個展で私も薄茶茶碗を求めています。

 今回は絵唐津と朝鮮唐津の小皿をお土産に求めました。道路を挟んだ左山側に登り窯があるというので上がっていきました。

       

 苔むしていて今は使っていないようです。出てきた若い女性スタッフに尋ねると現在使っている登り窯は左手の小屋の中にあるとのこと。それが次の写真です。登り窯は上に向かっていくつか空間があって作品を入れてから下の穴から松の木をくべて燃やして焼いていく。松は油気があって高い温度で焼くことができるそうです。

 

 左の壁に刺してある温度計で温度を測るが、左の窓から作品を取り出して釉薬の溶け具合でも仕上がりを判断し、上の部屋の火力を上げるために脇の穴から薪をくべていくとのことです。その女性は釉薬を掛ける作業をしているとのことでした。玄関先に洋服を着た可愛いトラ猫がいました。

 道路には唐津焼のタイルが貼ってあり、マンホールのふたも唐津焼!

   

  宿泊するホテルに向かう途中、唐津城の見えるところで車を留め記念撮影しました。

    

 この後、玄界灘に面した「虹の松原」を通りました。17世紀初め初代唐津藩主が植林したのが始まりで、延長約5キロ、幅400~700mの黒松の松原で、防風・砂防・防潮林として保護育成されてきたそうです。三保の松原とは比べ物にならないほど大規模な松原に感心しました。

 宿泊するホテルはその松林のはずれの海に面した「唐津シーサイドホテル」新築したばかりのきれいで広々としたホテルです。

 夕飯は少し休憩してから17時半にロビーに集合し、タクシーで材木町にあるお寿司屋さんに向かいました。Eさんの行きつけの店のようです。カウンター席に座り、大将と対面しながらふぐ・クジラ・赤足海老など珍しい海鮮ネタを供してくれました。終わりの頃になって寿司飯を小さく握りネタをのせてだしてくれました。このようなぜいたくな食べ方はしたことがありません。大将は朴訥な感じで、若い頃は京都で修業した話などをしてくれました。藤沢から来たと話すと最近唐津くんちの見物に来た藤沢の夫婦が店に見えたとのこと。うしろの壁には唐津くんちの賑やかな絵。中里太郎右衛門さんも来られるそうで、大将のお人柄やネタの良さなどから愛される訳がわかる気がしました。

    

 後でお腹が空くからと出し巻き卵やかんぴょうを巻いた太巻きを作って折に詰めて持たせてくれました。

 お土産に地元のお酒を買いたいというと「万齢」という辛口のお酒を届けてくれるよう酒屋に手配してくれ、3人が頼みました。

 帰る頃には雨が降っていました。タクシーを呼んでもらい、ホテルに戻って来年のクラス会の幹事や場所について話し合いました。来年は東京で上野動物園で生まれたパンダ・香香を見て末広亭で落語をきく。食事場所は上野精養軒はどうかということになりました。足が弱っている人も出てきているので良いアイデアです。松戸在住のNさんが幹事を引き受けてくれることになり、昼食場所などの選定は神奈川在住のKさん・Nさん私などが協力することになりました。

 3日目。ホテルの6階の部屋の窓からの風景です。遠くに唐津城が見えます。

      

 朝食の後、ホテル前の砂浜に出てみました。桜貝が拾いきれないほどたくさん打ち寄せられていました。中身は空ですがちゃんと2枚貝になっています。

 9時半に出発し唐津くんちの記念館に行きました。くんちで引き回される町内ごとの鯛や龍・浦島太郎などの立派な山車が展示されています。記念館の前は唐津神社の広い境内。白い鳥居が印象的でした。

     

 この後、秀吉が朝鮮征伐の際に短期間に各大名に分担して築城させたという名護屋城跡に向かいました。

 隣接した高台に立派な佐賀県立博物館があり入館して見学しました。秀吉が着用した華やかな陣羽織や秀吉軍が朝鮮や明の連合軍に包囲された絵などを見ることができました。

     

         

 高台の本丸跡に登りました。曇っていて遠くまでの視界はありませんでしたが、海の向こうに対馬や済州島。さらにその向こうの朝鮮半島に各藩から兵が駆り出されて戦ったのでしょう。

 この後、呼子港に車で向かいました。イカの活き造りを頂くためです。北海道のスルメイカやヤリイカは今年不漁で最近食べていませんので期待していました。

 透明な大きなイカが出され足がぴくぴく動いています。こんな大きく透明なイカは出会ったことがありません。

     

 この2匹で3人前です。本当に美味しく食べ出があってうれしい驚きでした。身の部分はお刺身としていただき、カマやゲソは後から塩焼きやフライにしてくれるとのこと。後から出来立ての温かいイカシューマイも出され、これまた上品な美味しさでした。他に茶碗蒸しや小鉢もあって満腹!塩焼きにしてもらったイカは容器に入れてもらいお土産に持ち帰りました。

 この後、福岡空港まで送ってもらい、お土産にイカシューマイや鶴の子を買って、16時過ぎの飛行機で帰路につきました。

 とても楽しく美味しい旅でした。

 もう一度夫を誘って、唐津くんちを見物し、唐津のお寿司と呼子のイカを賞味させてあげたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

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久しぶりの九州旅行 その1 初めての柳川下りと嬉野温泉

2017-11-14 16:32:38 | 旅行記

 年に一度集っている大学のクラス会で、今年は福岡と大分在住の二人が幹事となって11月6日(月)から8日(水)の2泊3日で柳川の川下りや有田と唐津の窯元巡りなどの旅を計画していただき、参加しました。

 1日目は福岡空港に13時に集合し、北原白秋のふるさとの柳川巡りをしてから佐賀県の嬉野温泉に宿泊。

 2日目は有田焼や唐津焼の窯元巡りをし唐津の海沿いのホテルに宿泊。

 3日は唐津くんちの記念館を見学し秀吉が朝鮮征伐の際築城した名護屋城跡を訪ね、呼子港名物のイカの活造りを賞味し、15時には福岡空港に戻るという内容です。福岡と佐賀の旅は初めて。有田焼や「一楽、二萩、三唐津」と言われる唐津焼の窯元巡りをとても楽しみに出かけました。

 福岡出身で横浜在住のNさんと一緒に航空券を手配し、11時半頃福岡空港に到着。幹事に到着を知らせ、集合時間までの間に昼食を摂ることにして空港内で博多うどんの店を見つけました。人気の店らしく大勢の人が入っています。名前を書いて待っていると間もなくカウンター席に案内され、名物の槍うどんを頂くことにしました。どんぶりの上に黒田家ゆかりの槍に見立てた長いごぼうの天ぷらがのっています。福岡のうどんは汁が澄んでいて、うどんが柔らかいのが特徴とNさん。上品な味でとても美味しかったです。     

        

 参加者は神奈川や千葉県在住の5人が航空機で、京都在住のHさんが新幹線で見え、大分在住の幹事は体調不良のため急遽参加できなくなり合計7名でした。十数年前別府温泉と湯布院温泉での旅で幹事をして下さったTさんに久しぶりに会うことを楽しみにしていたのでとても残念でした。

 一行は幹事手配の3日間お世話になるジャンボタクシーに乗り込み、柳川の川下りの下百町乗船場に向かい、しばらく待って2時半発の船に乗り込みました。竿をさす船頭さんは温厚そうな高齢の男性です。

     

 柳川は北原白秋のふるさと。11月1日から3日まで白秋まつりの水上パレードが終わったばかりとのこと。川というより掘割で、両岸には地名の通り柳が植えられていて、のんびりと景色を楽しみながらの遊覧です。船頭さんの話では船頭は80人ほどいて元気な高齢者も多いようです。両岸の案内だけでなく歌声も披露してくれました。最近は韓国や中国からの観光客も多く、多少の会話ならできるとのこと。途中売店もあって私たちも船を岸に寄せて温かい甘酒を注文し船の中でティータイムを楽しみました。川は直角に曲がるところが5か所もあり、1時間ほど船での遊覧を楽しんで「御花」で下りました。豊かな水の都を体感し大満足でした。

     

「御花」には元領主の庭園があるようですが時間が無いのでパスし、一路佐賀県の嬉野温泉を目指しました。

 2時間ほど走り、嬉野温泉の山間にある椎葉山荘に着くころには日はとっぷり暮れていました。

 椎葉山荘の宿泊する部屋は離れのように独立し山間に点在しています。くじ引きで2部屋の部屋割りを決め、荷物を置いてから食事場所に向かいました。ここも独立した椅子席の部屋で若い感じの良い女性スタッフのYさんがつきっきりで接待してくれました。

 写真を撮り損ねましたが、献立は食前酒が梅酒のアセロラ割り、先付が青梗菜の白和え・鶏と茸焼浸し・吟醸豆腐、海老と山芋のつくね他のお吸い物、お造りは白身魚の薄引き 鱒酢締め・柚子蒟蒻・クジラ湯引きなど 煮物は手繰湯葉 田舎蒟蒻 茄子 南瓜 椎茸など 鍋物は佐賀特選牛のロースしゃぶ鍋 ご飯は嬉野棚田米の栗御飯など おしゃべりしながらおいしくいただきました。

 食事の後、山の湯に入り疲れを癒しました。私たち4人の部屋はベッドが二人、仕切りを隔てた畳のお布団に二人。これもくじ引きで決め、ゆっくりと休むことができました。

 2日目の朝は6時に起きて温泉へ。他に宿泊客もいたようですが、早朝なので私たちだけでゆっくり入ることができました。

 朝食はバイキング。いつもは洋食ですが今回は和食を選びました。。

     

 椎葉山荘には暗くなってから到着したので昨晩は気づきませんでしたが、窓の外には渓流が流れ、山の木々は紅葉が始まっていました。右の写真は山荘の脇を流れる渓流にかかった橋からの椎葉山荘の外観です。

     

 今日の昼食場所はどこが良いか、和菓子の店は?など尋ねるとネットで調べてプリントしてくれるなど細やかな心遣いをしてくれた若いスタッフのYuさんと橋の上で記念撮影してから嬉野温泉を後にしました。

              

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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