4月24日(日)に山酔会の平成28年度第1回の山行がありました。丹沢山塊の前山「シダンゴ山(588m)」です。参加者は男子18名女子21名。うち4名が初参加でした。Sさんの大学生の娘さんとそのお友達の参加で平均年齢が若返り一同大歓迎。
今回の山行の幹事はM.S氏とT.S氏です。
バスは横浜駅西口を6時過ぎに出発。あいにく雨が降っていましが9時頃から止むという天気予報に期待しながら朝食タイム。
その後、恒例の会長挨拶(昨年S会長がご逝去されK氏が会長代行から正式に会長に就任されました)、幹事による行程説明などの後、今年度第1回山行ということでバスの中で山酔会の総会が行われ、事務局長のY氏から27年度活動報告・会計報告・28年度活動計画についてユーモアあふれる説明がありました。もちろん大拍手で承認されました。
道路の渋滞もなく予定より20分ほど早く松田町寄自然休養村管理センター駐車場に到着。駐車場は八重桜が満開でした。
トイレを済ませ、S氏の音頭で体をストレッチし、8時頃登山開始。すでにほとんど雨は止んでいました。
自然休養村らしい心癒される風景を眺めながら橋を渡りました。坂道を登り始めると八重桜の隣に葉が花のようなピンク色をした背の高い木があります。子どもの頃の記憶で触れるとかぶれる漆に似ているなと思いながら写真に収めました。
丹沢の前山ということで甘く見ていましたが結構急登が続ききつかったです。途中何回か休憩してお水やお菓子、朝食の残りのサンドイッチなどを食べました。
予想外に早く9時40分頃には山頂に到着。山頂は広くはありませんが他に登山客がいなかったので山酔会の独占状態でした。炊事班が5種類の鍋を用意してくれました。私はコンビニで買ったおにぎりを食べながらワンタン入り卵スープを頂きました。あっさりしていて美味しかったです。
1時間ほど休憩の後、集合写真を撮ってから10時45分頃下山開始。西に向かって宮地山方面に下りましたが霧が深くて視界がきかず少人数だったら心細く感じるだろうと思いました。
途中から細い道の急坂を下ることになり慎重に足を運びました。
ほっと一息して眺めた木々の新緑が美しい。
1時間余り下ると人里が近いのか茶畑がありました。若緑が美しく八十八夜も近いので間もなく茶摘みも始まるのかもしれません。
シャガの見事な群生です。
12時10分頃、寄自然休養林駐車場に到着。
トイレを済ませバスに戻るとお隣のOさんが「どうしたの?赤くなっているけれど」後ろのウエストあたりのシャツが5~6センチほど真っ赤で何かべたべたしています。バスの外では「蛭だ」と大騒ぎ。脛をさされた人がいたようです。もしや私も?とバスを下りて見ていただくと「蛭にさされたんだ」ぞっとしました。救護班が急いで消毒してパットを貼ってくれました。Oさんがスマホで調べ「蛭は刺されても痛みは感じないし毒もないが蛭が血液が凝固しにくい液を出すので2時間ほどは血が止まらない」とのこと。今から考えると休憩した際ザックを地面に置いたので蛭がザックについてきてザックの下あたりから刺したのかもしれません。秦野の弘法の湯にバスで移動し温泉に入り休憩することになっているのでそれまでじっと我慢。
シャワーを浴びて汗を流し着替えました。Hさんがまだ少し出血しているとパットを取り換えてくれました。休憩室では宴会が始まっていましたが「まだ出血している?」と山男のYさんが心配してくれました。そしてY氏が生ビールを一番先に運んできて慰めてくれました。細やかな心遣いが有難かったです。
丹沢に蛭が岳という山があるように丹沢は蛭が多いのだそうです。じめじめした陽気も蛭の出やすい季節だったのかもしれません。蛭に刺されたことは夫には内緒です。そしてもう丹沢には行きたくないというのが本音です。
2時間ほど休憩してから帰路につきました。バスの中で前S会長が力を入れていた山酔会の記録集「山並みはるか」の第7号が配られました。会長の意思を継ごうとT.Y氏を中心に一方ならぬ尽力で出来上がったものです。平成26年度と27年度の山酔会の記録であるともに、今回は27年7月に急逝された前S会長の追悼の記録集でもあります。 25年8月御嶽山二の池をバックに立つS会長の写真や最後の山行になった26年10月の北八ヶ岳天狗岳山行の際のS会長の姿などを追悼ページに入れていただきました。
恒例の帰りのバスの中での一言もS会長への思いを語った人が多く、泣いてしまって言葉に詰まる人もいました。S会長の遺されたものの大きさを感じ、皆で心を合わせて受け継いでいこうという思いを共有し、第1回の山行を終わりました。横浜には17時30分頃到着。
今回の山行の幹事はM.S氏とT.S氏です。
バスは横浜駅西口を6時過ぎに出発。あいにく雨が降っていましが9時頃から止むという天気予報に期待しながら朝食タイム。
その後、恒例の会長挨拶(昨年S会長がご逝去されK氏が会長代行から正式に会長に就任されました)、幹事による行程説明などの後、今年度第1回山行ということでバスの中で山酔会の総会が行われ、事務局長のY氏から27年度活動報告・会計報告・28年度活動計画についてユーモアあふれる説明がありました。もちろん大拍手で承認されました。
道路の渋滞もなく予定より20分ほど早く松田町寄自然休養村管理センター駐車場に到着。駐車場は八重桜が満開でした。
トイレを済ませ、S氏の音頭で体をストレッチし、8時頃登山開始。すでにほとんど雨は止んでいました。
自然休養村らしい心癒される風景を眺めながら橋を渡りました。坂道を登り始めると八重桜の隣に葉が花のようなピンク色をした背の高い木があります。子どもの頃の記憶で触れるとかぶれる漆に似ているなと思いながら写真に収めました。
丹沢の前山ということで甘く見ていましたが結構急登が続ききつかったです。途中何回か休憩してお水やお菓子、朝食の残りのサンドイッチなどを食べました。
予想外に早く9時40分頃には山頂に到着。山頂は広くはありませんが他に登山客がいなかったので山酔会の独占状態でした。炊事班が5種類の鍋を用意してくれました。私はコンビニで買ったおにぎりを食べながらワンタン入り卵スープを頂きました。あっさりしていて美味しかったです。
1時間ほど休憩の後、集合写真を撮ってから10時45分頃下山開始。西に向かって宮地山方面に下りましたが霧が深くて視界がきかず少人数だったら心細く感じるだろうと思いました。
途中から細い道の急坂を下ることになり慎重に足を運びました。
ほっと一息して眺めた木々の新緑が美しい。
1時間余り下ると人里が近いのか茶畑がありました。若緑が美しく八十八夜も近いので間もなく茶摘みも始まるのかもしれません。
シャガの見事な群生です。
12時10分頃、寄自然休養林駐車場に到着。
トイレを済ませバスに戻るとお隣のOさんが「どうしたの?赤くなっているけれど」後ろのウエストあたりのシャツが5~6センチほど真っ赤で何かべたべたしています。バスの外では「蛭だ」と大騒ぎ。脛をさされた人がいたようです。もしや私も?とバスを下りて見ていただくと「蛭にさされたんだ」ぞっとしました。救護班が急いで消毒してパットを貼ってくれました。Oさんがスマホで調べ「蛭は刺されても痛みは感じないし毒もないが蛭が血液が凝固しにくい液を出すので2時間ほどは血が止まらない」とのこと。今から考えると休憩した際ザックを地面に置いたので蛭がザックについてきてザックの下あたりから刺したのかもしれません。秦野の弘法の湯にバスで移動し温泉に入り休憩することになっているのでそれまでじっと我慢。
シャワーを浴びて汗を流し着替えました。Hさんがまだ少し出血しているとパットを取り換えてくれました。休憩室では宴会が始まっていましたが「まだ出血している?」と山男のYさんが心配してくれました。そしてY氏が生ビールを一番先に運んできて慰めてくれました。細やかな心遣いが有難かったです。
丹沢に蛭が岳という山があるように丹沢は蛭が多いのだそうです。じめじめした陽気も蛭の出やすい季節だったのかもしれません。蛭に刺されたことは夫には内緒です。そしてもう丹沢には行きたくないというのが本音です。
2時間ほど休憩してから帰路につきました。バスの中で前S会長が力を入れていた山酔会の記録集「山並みはるか」の第7号が配られました。会長の意思を継ごうとT.Y氏を中心に一方ならぬ尽力で出来上がったものです。平成26年度と27年度の山酔会の記録であるともに、今回は27年7月に急逝された前S会長の追悼の記録集でもあります。 25年8月御嶽山二の池をバックに立つS会長の写真や最後の山行になった26年10月の北八ヶ岳天狗岳山行の際のS会長の姿などを追悼ページに入れていただきました。
恒例の帰りのバスの中での一言もS会長への思いを語った人が多く、泣いてしまって言葉に詰まる人もいました。S会長の遺されたものの大きさを感じ、皆で心を合わせて受け継いでいこうという思いを共有し、第1回の山行を終わりました。横浜には17時30分頃到着。