お二人さまの老後

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梅雨晴れの朝の江の島点描

2017-06-23 16:50:59 | 日記・エッセイ・コラム

 梅雨晴れの今日、久しぶりに夫を誘って江の島へのウオークに出かけました。出発はやや遅く5時17分。

 江の島には猫がたくさんいますので、煮干しを持っていきました。

     

 片瀬漁港にはカラフルな遊漁船が4隻スタンバイしています。

 辺津宮に上がる石段脇の紫陽花です。

 手水舎の前にいつもの三毛猫がいました。

  

 煮干しを上げましたが食べてくれません。美味しいキャットフードを食べつけている飼い猫なのでしょう。間もなく嗅ぎつけたカラスが下りてきて、咥えて行ってしまいました。

 辺津宮にはすでに七夕飾りが掲げられていて、参拝客が短冊に願い事を書いて竹に吊るしています。

 辺津宮の樹の間から振り返って眺めた弁天橋です。

 コッキング苑の前にはアメリカデイゴ(海紅豆)の花が咲いていて、落花に風情があります。

  

 この猫も煮干しは食べてくれませんでした。夫は海紅豆を目当てに上がってきましたが、ここから下道を通って戻るとのこと。私はトレーニングのため奥津宮から稚児が淵、さらに岩屋まで足を延ばします。

 奥津宮の前の茂みにはいつも野良猫がいます。下の写真は12日に撮ったものですが、今日は茶色のブチの猫も含め4匹が寄って来て煮干しを食べてくれました。

    

 奥津宮では7月28~30日に予定されている山酔会の尾瀬燧ケ岳登山の無事を祈願しました。そして稚児が淵まで下り、さらに岩屋の前まで足を延ばしました。片瀬漁港に係留されていた黄色の遊漁船が漁場目指して走っていきます。今日は干潮のようですが、磯の釣り人はいつもより少なめです。

   

 空の景色が良いと思いつつ、6時半頃帰路につき、残った煮干しを帰りも奥津宮の猫に上げました。

 帰宅は7時少し回った頃。歩数は8,700歩ほどでした。

 これからも最低限、週に2回はトレーニングを続けて登山に備えたいと思います。

 

  

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S先生を偲んで歩いた海辺の道は涼風の吹く癒しの路でした

2017-06-07 14:15:24 | 日記・エッセイ・コラム

 

6月3日(土)横浜山酔会を作られ、2年前に急逝されたS先生を偲ぶ会が行われました。先生が長らくお住いだった三浦半島の先端の浦賀から馬堀海岸までの海辺の道をハイキングし、湯楽の里で温泉に入り、偲ぶ会をするという計画です。K会長ご夫妻やY事務局長が下見をして下さり、さらに幹事を引き受けてくださったHご夫妻が下見をして周到な計画を立ててくださって実現しました。

 S先生にお供えするため大山蓮華と山紫陽花・シモツケを切って持っていくことにしました。

 京急の浦賀駅に8時に集合。S会長を偲ぶ会であり、また平地を歩くということで、このところ体調を崩し山行には参加できないでおられたFさんも久しぶりに参加され、南アルプス市からSさんが、北杜市からIさんも元気な姿を見せてくださって、総勢42名(男性21名、女性20名)が集いました。

 天気予報は雨から曇りに変わり、そしてうれしいことに本番では快晴!でした。

 横浜経由で京急の特急に乗るとGさん・Oさんと一緒になりました。堀の内で乗り換えて、終点が浦賀です。改札を出ると仲間がすでに大勢集まっていました。お花を持っていくことはラインで伝えてあったので、すぐにお花はSさんとTさんが持ってくれました。以心伝心で思いが伝わる素晴らしい仲間です。

 Hさんから今日の行程と班編成を記したプリントと案内図を渡され、間もなく出発。住宅街を北東に向かって歩いていくと間もなく海に出ました。浦賀ドックがあったところですが今はありません。

 さらに進むと東浦賀と西浦賀をつなぐ渡舟場がありました。(下左の写真)

 渡舟場の近くに徳田屋という旅館跡があり、幕末に吉田松陰と佐久間象山の相会処という説明看板がありました。

   

 8時50分頃、東叶神社に到着。源氏再興を願って神護寺の僧文覚が石清水八幡宮と同じ霊を迎えたのが始まりとのことで、古く由緒ある神社のようです。

 裏山は明神山と呼ばれ良く保全された自然林となっていて特にウバメガシの北限とのことです。

  

 やがて砂浜に出て、さらに進むと「たたら浜」には「初代ゴジラが上陸したという大きな足跡」がありました。

    

 観音崎公園で休憩になり、おやつや水を補給しました。

 トンネルをくぐると走水海岸に出ました。Yさんは山男ですが釣りも趣味で、しばしばこの辺りに釣りに来られるようです。「うみかぜの路」という素敵な名前がついています。振り返ると観音崎灯台が見えました。

  

 「古事記・日本書紀によれば日本武尊が東国征伐のおり、走水から上総(千葉)に渡ろうとした時、海が荒れて進めず(妃の)弟橘媛は海神の怒りを静めるために身を投じ荒れ狂う海を鎮めた」という説明看板がありました。左手にある走水神社に日本武尊と弟橘媛が祀られているようです。

 見晴らし台からの眺めは素晴らしく山並のはるかかなたに富士山も見ることができました。(11時頃)

   

「うみかぜの路」は快適で、サイクリングで訪れる人も多いようです。大田区から来た!という男性に出会いました。

 さらに歩き続けて11時半近くに馬堀海岸の湯楽の里温泉に到着。会は12時半からということで、ゆっくり汗を流し、海が見える露天風呂に浸かってくつろぎました。

 H副会長が山行での様々な場面でのS先生の素晴らしい笑顔の写真をアルバムにして持ってこられ、また、YさんとHさんも思い出の写真をフレームに入れて飾ってくれました。そこに大山蓮華と山紫陽花・シモツケをお供えしました。

  

  K会長が挨拶の中で、「昨日(ご夫妻で)S先生のお墓参りをして今日のことを報告しました。そうしたら今日こんなに良い天気にしてくれました。S先生も喜んでくださっていると思います」と話されました。

    献杯の後、2時間余り和やかに会は進みました。「このような素晴らしい仲間と感動を共有できるのもS先生の繋いでくださったご縁のお蔭」と改めてS先生の偉大さを感じ入り、感謝する会となりました。

 今回このブログに載せさせていただいた写真4枚はS先生の教え子であり、また私にとってITの師匠であり、茶道を共に学ぶお仲間のS.Tさんが撮ってくださったものです。

 

 

 

 

 

 

 

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