私的図書館

本好き人の365日

「山に祈る」

2012-05-08 16:54:31 | 日々の出来事

一昨日に茨城県で起きた竜巻による被害の映像は衝撃的でした。

昨年の地震で自然の力をまざまざと見せ付けられたばかりなのに、またしても多くの人が家を失うことに…

明日何が起こるかわからない。

わかっていても、なかなか意識を変えるって難しいですよね。

 

GW(ゴールデンウィーク)中には山での遭難事故も多発しました。

山の天気は変わりやすい…わかっているはずなのに。

中にはベテラン登山家の方もいらっしゃったとか。

GWも人間の立てた計画も、自然には関係ないですからね。

十年かけた計画だろうと、その日の天候が悪ければ中止にする。

その昔、長野県警察本部が山で遭難した人の遺族の手記を集め、「山に祈る」という小冊子を発行して、遭難防止を訴えたことがあったそうです。

その手記の巻頭に載った文章を使い、合唱組曲として男声ボーカルグループ、ダークダックスが清水修氏に作詞作曲を依頼した曲が、「山に祈る」という題名で、今も歌われています。

遭難した大学生が残した登山日記、そして遺族である母親の手記が朗読という形で合唱の合間に挿入されるのですが、間奏に朗読されるその手記と合唱の一部を少しだけ引用してみましょう…

 

(朗読)

 あれから一年経ちました。

 あの日、庭の梅の花が咲いて、春を告げていまいた。

 あと二日経てば、お前が山から帰ってくるはずなので、母さんは、お前の机の花びんに押しておこうと、梅のひと枝を折りとりました。(中略)

 その時です。忘れもしません。ほんとうにその時でした。

 一通の電報が、母さんを地獄の底へ突き落としてしまいました。

 手にした梅の枝をとり落としたのにも気付かなかったのです。

 母さんの心の中のものを、何もかも一どきに変えてしまったのです。

 遭難。お前が山で遭難したのです。

 

(朗読)

 早くみなに会いたかった。大天井まで来る。キャンプは近い。

 吹雪でトレースわからず。十六時、ビバーク地探す。

 山の天候のカンをあやまったようだ。きょうはビパークか。

 

(朗読)

 三月五日。午前七時五分。依然として吹雪おさまらず。

 昨日の五時より十四時間と十五分たった。

 昨夜は六時間ほど眠ったが、場所がよくないので寝苦しかった。

 寒い。

 

(朗読)

 大学の卒業を前にして、就職も決まったというのに、誠は逝ってしまった。

 悪夢なら醒めることもありましょう。

 「お母さん、只今!」という元気な声が、今にも戸口から聞こえてくるようです。

 お嫁さんや結婚式場のことまで想像して、母さんの胸は幸福にふくらんでいました。

 だのに、だのに……

 

(朗読)

 十二時二十五分、依然、吹雪はげし。この吹雪は永くは続くまい。

 明日はよくなろう。寒い。がまんが大切。(中略)

 十五時十五分。吹雪おとろえず。視界きかず。

 なぜ一人で無理をしたのか。

 下半身が凍って動かない。

 お母さんのことを思うとどうしても帰りたい。

  

(合唱)

 お母さん、ごめんなさい。

 やさしいお母さん、ごめんなさい。

 ゆたか、やすし、順子よ、すまぬ。

 お母さんをたのむ。

 

(朗読)

 手の指、凍傷で、思うことの千分の一も書けず。

 全身ふるえ。

 ねむい。

 

(合唱)

 お母さん、ごめんなさい。

 やさしいお母さん、ごめんなさい。

 さきに死ぬのを許して下さい。

 

(朗読)

 山でうぬぼれず、つねに自重すること。

 

(合唱)

 お母さん、ごめんなさい。 

 やさしいお母さん、ごめんなさい。

 

 

もう10年以上昔のことですが、私の実家の隣のおじいさんも、慣れた山にキノコ採りに出かけたまま、行方不明になり、未だに見つかっていません。

何十年も山で仕事をしてきた人でした。

うぬぼれず、つねに自重し、万一のために準備する。

難しいですが、意識のどっかに持ち続けていたいと思います。

山登りだけじゃなくて、車の運転とか、火の始末でも。

 

 


梨木香歩 『ピスタチオ』

2012-05-08 06:39:20 | 梨木香歩

不思議な物語を読みました。

 

梨木香歩 著

『ピスタチオ』(筑摩書房)

 

筑摩書房
発売日:2010-10

 

 

 

 

 

 

フリーライターの女性が主人公なのですが、飼っている犬の病気からはじまって、いつしかアフリカの奥地で人々から厚い信頼を集めている呪術医の話になっていきます。

 

 死者には物語が必要なんだ…(本文より)

 

アフリカの観光名所を紹介するという仕事の依頼があり、一時期暮らしたことのあるアフリカの大地に再び立つ主人公。

彼女のもうひとつの目的は、不思議な亡くなり方をした、知人でアフリカの部族を回ってフィールド・リサーチをしていた日本人社会学者の足跡をたどること。

アフリカの荘厳な大地。

感情豊かでダイレクトに生命の力強さを感じさせるアフリカの人々。

内戦の傷跡や、連れ去られた子供たちによって組織された「子ども兵」の存在。

木になったと伝えられる伝説の女性ナカイマ。

症状であり、状態である「ダバ」

人々に語りかけ、時に導く精霊「ジンナジュ」

 

論理の飛躍があろうと、どれだけ非効率に見えようと、受け入れるべきものを受け入れ、自分の力のおよぶすべきことをする。

何回も念を押したのに、あっけなくひっくり返る約束。水しか出ないシャワー。ガタゴトとゆれる道。いつ来るのかわからないバスに、売り子なのかお客なのかわからない屋台の人々。

 

TVでよくハエが子供たちの目や鼻にたかっている映像を見ますが、あれが水分を求めているのだということを初めて知りました。

ハエがいるのは、そのハエを追い払う体力のない者…

ナイルの源流。

溶け出す氷河。

踏み固められた赤茶けた大地の上で、人々は踊り、精霊と交感しあう。

作者の描き出すアフリカの人々や現地の様子。ホテルのアメニティーや食事の内容もとっても興味深いのですが、なんといってもそこで暮らす人々の、そしてそれは現代の日本人にとって遠くなってしまった、大地と人間という原始からの関係が、作者も本文中で語っていますが、初めてなのに懐かしい感慨を読者に与えてくれます。少なくとも、私にはそう思えました。

内戦で荒れた山野にピスタチオを植える…

それは大地の回復と地元の人々に現金収入をもたらすはずでしたが、気候の問題もありうまくいきません。

しかし、その種が物語を意外な方向へ…

 

毎回、人間を描きながら、たえずそのかたらわに草花や木々など、自然の現象をよりそわせる梨木香歩さんが描くアフリカの自然は、それまでの日本のつる草や草木染め、英国の湖水地方などを描いてきた作品とはまた違った荒々しさがあって、とっても魅力的でした。

主人公は決して「精霊」や「呪術」を信じているわけではなくて、日本にいても神社に行けばあらたまった気持ちになるように、「人々が必要としている」ものとして敬意を払い、暴き立てるようなことはしません。

それは人間関係にもいえることで、いかに自分と違う考えを後生大事にしている人に出会っても、必要もなく踏み込まない気遣いを見せます。

そんな距離感も好感が持てました。

もっとも、時にはチクリと刺すこともありますが(苦笑)

 

人々の思いをくみ取り、それを治療する呪術医。

主人公は物を書くことで、依頼主の思いをくみ取り、それを形にする。

いつか自分の思い描く国を物語にしてみたい…

巻末に、主人公の書く「ピスタチオの物語」が載っています。

とても不思議な物語でした☆