私的図書館

本好き人の365日

坂部久羊 『介護士K』

2019-02-08 21:30:25 | 日本人作家
著者 : 久坂部羊
KADOKAWA
発売日 : 2018-11-29
 
2016年に神奈川県の知的障害者福祉施設「津久井やまゆり園」で起きた「相模原障害者施設殺傷事件」 
元職員の男が入所者19人を刺殺、入所者、職員計26人に重軽傷を負わせました。 
自首した犯人は「障害があって家族や周囲も不幸だと思った」「殺害した自分は救世主だ」などと供述したといいます。 
事件そのものも衝撃でしたが、犯人のこうした主張に衝撃を受けた人も少なくなかったと思います。
 
私は同級生に障害を持った子がいましたし、親戚にダウン症のお兄ちゃんもいるので、幸や不幸は私たちとかわらないと思っていますし、そんなことが理由で殺されたんじゃ、武器を(もしくはお金を)持っている者、力の(もしくは権力の)強い者の勝手な論理で誰だって殺されかねないわけで、すごく腹が立ちました。
 
 
 
坂部久羊さんの介護サスペンス小説『介護士K』(KADOKAWA)を読みました。
 
2014年に実際に起きた、川崎市幸区の有料老人ホーム「Sアミーユ川崎幸町」で入所者3名が相次いで転落死した事件を下敷きにしています。
主人公は犯人と疑われる介護施設の職員。
 
「死なせるのは慈悲なんです」
 
車椅子に乗り、老人ホームという「老人牧場」で日がな1日ボーとテレビを見て過ごす。
認知症で自分がどうしてここにいるのかわからず徘徊し、何度も繰り返し同じことをたずねる。
自分の孫のような職員にうながされて童謡をみんなで歌い、体操をし、塗り絵や折り紙をする。
オムツをはかされ、胃ろうでチューブから直接栄養を補給され、何年も何年も寝たきり。
でも家族は願う、「1日でも長生きして欲しい」
 
・・・高齢者は自分で死ぬこともできない。
 
重いテーマなので、スッキリ解決! なんて結末はありません。
ただ、テレビや新聞では建前が邪魔して書けない超高齢化社会の問題、介護現場の本音を、フィクションだから、悪人という設定の人物が語ることだからという体裁で問題提起している。
 
苦しむ老人にとって、死はある意味で救い・・・

善意による殺人の是非。
社会福祉の人材も税金も限られた資源。
それを死を待つだけの老人にいつまで使い続けなければならないのか。
現実の日本の政府を見ていると、こんな犯人の主張を裏付けるような政策もあるからやっかい。
 
2025年には団塊の世代が75歳をむかえ、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、超高齢化社会になる日本。
最近、介護施設での虐待のニュースや介護職の過酷な状況、低賃金や人手不足のニュースもよく耳にするようになりました。
2020年東京オリンピック開催! とか浮かれてていいの?
 
作者はもともと医療関係者。そのせいか介護や看護、医師の描写などはけっこうリアルで、他の作品ですがテレビでドラマ化もされています。
ですが、人物の内面描写や設定、ストーリーにやや難があるため、読めば読むほどストレスが溜まる(苦笑)
作家の山田詠美さんには「こんなに面白い題材で、よくこんなにつまらない小説が書けるものだ」と応募した文芸雑誌の落選の評でいわれたこともあったとか。
 
 
 
そういえば、脚本家の橋田壽賀子さんも『安楽死で死なせて下さい』(文春新書)という本を書いてみえましたね。
認知症になって人に迷惑をかける前に、スイスだかの安楽死支援をしている団体に頼んで安楽死させて欲しいと。
 
いつどうやって生まれるのかは選べないが、いつ、どうやって死ぬのかは自分で選ぶことができる・・・
 
「相模原障害者施設殺傷事件」の犯人のように、「不幸しか生み出さない役に立たない高齢者」を大量殺人しようとする人物も登場します。
「もう生きていたくない」「殺して欲しい」と望む老人も登場します。
 
死生観はそれこそ本当にプライベートな問題なので他人がとやかく言うことではありませんし、死は金持ちも貧乏人も関係なく誰にでももれなく訪れます。
だからこそ、誰かに決めて欲しくない。
同じ理由で誰かに「殺して(安楽死させて)欲しい」というのも違う気がします。
 
確かに今の日本の介護業界、福祉政策にはかなり問題があると私も思うので、介護士さんや保育士さんの待遇はもっと良くして欲しいし、そのためなら税負担を増やしても仕方がないと思うし、認知症の人が例えば電車を止めてその家族に多額の賠償金を払わせるとか酷だと思うし(一部の市町村ではそうした場合の保険を導入した所もあります)、じゃあ認知症の人は閉じ込めておけっていうのも問題解決にはならないと思う。
 
本当にこのテーマはいろいろ考えさせられるので、小説が一部の事件、一部の人間の心情に留まっているのが非常にもどかしかったです。
この本をもとに「どう感じたか」はいろいろな人に聞いてみたい気はしましたけどね。
 
「生産性がないから税金を使うべきではない」とか「年を取ったやつが悪いみたいなことを言っている変なのがいっぱいいるが、それは間違い。子どもを産まなかったほうが問題なんじゃないか」とかどっかの議員さんみたいな意見が出たらガッカリしちゃいますが。
 
 
 

『沙石集』

2017-08-15 10:30:45 | 日本人作家

鎌倉時代に書かれた仏教の説話集に『沙石集』(しゃせきしゅう)というのがあります。

無住という東国の僧が書いたといわれています。

その中で、よく思い出すのがこんな話・・・(自分流に意訳しています)

 

ある僧が山の中を歩いていた。

すると年老いた農夫が畑を耕している。

かたわらには息子らしき若者が倒れており、よく見ると毒蛇にかまれ死んでいた。

農夫は僧に「あなたの行く先に私の家があります。伝言を頼めますか?」という。

「家の者に飯を持って来るように伝えて下さい。しかし今息子は死んでしまいましたので一人分でいいとお伝え下さい」

僧は農夫にたずねた。

「息子が死んでしまったというのに、なぜあなたは嘆かないのですか?」

農夫はこうこたえる。

「人間の親子というのは僅かの間の契(ちぎり)にしかすぎません。ちょうど烏たちが夜になると体を休めるために林の木に止まったりしますが、朝になればそれぞれの方向へ飛び去るようなものです。だから少しも嘆いてはおりません」

 

僧がしばらく行くと家があった。

若い女が二人分の食事を持っていたので、先ほどの農夫の伝言を伝えると、女は「そうですか」といい。一人分の食事を家に置きに戻った。

家の中には老婆がいたので、僧は「畑で死んだのはあなたの息子ですか?」とたずねると「そうです」とこたえる。

僧が老婆に「なぜ悲しまないのか?」ときくと老婆はこうこたえた。

「どうして悲しむ必要がありましょう。母子の契(ちぎり)とは、ちょうど河の向こう岸に着くまでは同じ船に乗って行くけれども、到着すれば皆、ばらばらになるようなものです。それぞれは、自らの行いに任せていくものなのです。少しも驚くべきことではありません」

 

僧は若い女にもたずねた。「死んだのはあなたの夫ですか?」女は「そうです」とこたえる。

僧は若い女に「夫が死んで悲しくはないのですか?」ときくと女はこうこたえた。

「夫婦の情は、ちょうど市(いち)で人々が行き会って用事を済ませれば方々へ帰って行くようなものです。何の悲しみがありましょうか」

 

これをきいたこの僧は「この世の因縁は仮のものであり、執心するべきではない。しかし在家の中にすら、このような心の持ち主がいるとは」と感心したという。

 

 

執心、執着って、なかなか捨てられませんよね〜

この話を読んで「冷たい」と思う方もいるかも知れません。

でも、私は時々思い返しては自分の生き方の参考にしています。

悲しみも怒りも、その大半って、自分が相手に期待しすぎて勝手に失望したり、勝手に裏切られた、という思い込みだったりするんじゃないかと思うので。

執着しなければ腹も立たないわけですし。

どんなに期待したって、しょせん他人、しょせん人間だから。

この場合の「しょせん」というには、笑いながら「そんなにたいしたものじゃないよ」「肩の力抜こうよ」という「しょせん」

どこかで人間を過大評価していて、自分と同じように考えたり思ったり、気を使ったり思いやったりしてくれるのが当然、なんて思っちゃっている時があるんですよね。

エスパーでも無い限り、あなたの心なんて誰にもわかりません。期待のかけすぎ。

そんな人間が、一時とはいえ親子になり、夫婦になり、友人となり、いろんな関係性でつながる。

だからその一時を大切にする。

その関係をずっと続けたい、維持し続けたい、変わらない明日を過ごしたい、というのは執着。

この気持ちをずっと感じていたい、傷つきたくない、変わりたくない、というのは執心。

変わらないものなんてない。未来永劫続くものもない。

自然界はそうなってはいない。それはかなわない。

無理なことを押し通そうとすると苦悩が生まれる。

心静かではいられなくなる。

諸行無常。

この世の一切はすべて移り行く。

 

 

まぁ、私なんて時には怒ることも必要だし、欲に正直になることもあっていいと思っているので、仏教の目指す「悟り」には縁遠い人間です(笑)

それでいいと思っています。

しょせん人間なんだし。

ただ、あまりに執着しすぎて身動きが取れない人に接したり、他人を自分の思い通りに動かそうとする人に出会ったり、自分自身、心のやわらかさを失いかけている時なんかに、このお話を思い出します。

移り行くことは変化すること。

いつまでたっても変化できる自分でいたいから。

 

 


伊坂幸太郎 『火星に住むつもりかい?』(光文社)

2015-04-04 18:41:59 | 日本人作家

 

桜のキレイな季節になりました。

先月京都に行ったのですが、その時はまだタクシーの運転手さんの話だと京都御所の桜は三分咲きとのことでしたが、今月に入って行った桜の名所ではもう満開。

たくさんの花見客で賑わっていました。

 

 

 

最近読んだのは、伊坂幸太郎さんの、

『火星に住むつもりかい?』(光文社)

 

著者 : 伊坂幸太郎
光文社
発売日 : 2015-02-18

 

タイトルはデビット・ボーイの名曲『LIFE ON MARS?』から。

国民の安全を守るため、国民同士でお互いを監視しさせ、危険分子を見つけたら「平和警察」と呼ばれる組織が拷問により取り締まり、ギロチンによる公開処刑が当たり前になっている日本。

危険分子とされるのは、普通の主婦だったり、病院の医者だったり、未成年の少年少女だったり、リストラ担当のサラリーマンだったり、誰かに密告された人々で、取り調べという拷問では、肉体的、精神的なありとあらゆる方法を使って人間の心を殺していく・・・それはまるで魔女裁判のよう。

選ばれたら最後。拷問に耐えきれず罪を認めてギロチンにかかるか、それとも、こんな世界から逃げ出して、いっそ火星にでも移住するか?

 

正義ってなんですか?

 

どんな争いも戦争も「大切なものを守るため」という大義名分の元の行われてきた。

公開処刑を”人ごと”のように見物し楽しむ人々。

どうせ悪人なんだから。どうせ悪いことをした人なんだから。何もやっていなくても危険人物なんでしょ? どうせ関係ない人なんだから。

誰もが自分が ”今回は幸運にも選ばれなかった” ことを喜び、他人の不幸をあざ笑う。

そこに隠された矛盾に気付かず、想像力も働かない。

警察が、政府が悪いと決めた人は悪い人。

権力者は自分たちに都合のいい事実しか認めようとはしない。

そんな中、「平和警察」に反抗し危険分子とされた人々を救い出すヒーローが現れた!

その犯人を逮捕するために警視庁からやって来たのが、頭は切れるが変わり者の真壁捜査官。

果たして犯人は誰なのか?

様々な事件が絡み合い、犯人を追いつめるワナが張り巡らされ、ギロチンの刃がうなりを上げる!

 

 

・・・正直、読んでいて最後のどんでん返しには気がつきませんでした。

有能ではあるけれど、ちょっと人を食ったような性格の真壁捜査官がいいキャラです☆

「平和警察」とか「ギロチン」とか、大げさな要素も人を食ったようでまさに伊坂ワールド。

いい世の中なんてものはない。

常に社会は揺れ動きながらバランスを取ろうとしている。

いきすぎたらブレーキをかけ反対方向に動く力が働き、また戻る力が加わってくる。

どちらかに行き過ぎることがよくないんだ。

本人は作者インタビューで社会へのメッセージではないと否定していましたが、今の安倍政権で暮らしている国民にしたら社会風刺にとれてしまう(苦笑)

言いたいことも言えない風通しの悪い時代になってきましたからね。

事件が起こるとマスコミより先にTwitterなどのSNSで犯人らしき人物が特定され、名前も住所も家族さえも一般市民によって公開される現代は、ある意味魔女裁判に近いのかも。

よく知りもしないのに、国籍や風貌だけで「危険分子」と判断しちゃったり。

でもこれが人間。実際にこういう人が多いのではないでしょうか?

 

伊坂幸太郎さんの小説は軽妙な文体が魅力的で、会話などの言葉の使い方も面白いのですが、最近はちょっとその傾向が薄れ気味かな?

誰もが望む世界なんてそれこそ望むべきもないけれど、火星に住むわけにもいかない。

一人の人間にできることなんて小さいけれど、たった一人の人間の行いが周りに影響を与えることもあるんですよね。

先が気になって、一日で読破してしまいました。


『乙嫁語り』7巻

2015-03-01 22:39:06 | 日本人作家

名古屋タカシマヤで行われている「誕生50周年記念 ぐりとぐら展」に行って来ました。

今も多くの子どもたちに愛される「ぐりとぐら」

あの大きなタマゴで作られた「カステラ」、子どもの頃は憧れでした。

カステラは牛乳と一緒に食べるの好きだったなぁ。

 

 

展示されている原画には修正のアトなども見て取れて、とっても興味深かったです。

最初の頃の原画はとっても小さいんですよ。意外でした。

「ぐりとぐら」7作品の他に「ぐりとぐら かるた」(1984年)や、「いやいやえん」「そらいろのたね」などの原画も展示されていましたが、会場には絵本を拡大したような大きな立体物が置いてあって、子どもたちがそこに開いた小さな穴をくぐることができたり、床に「ぐりとぐら」のお話の文章が書かれていたり、映画監督宮崎駿との対談映像のコーナーがあったりと、原画を見るだけでなくいろいろと楽しめる工夫がこらしてありました。

「ぐりとぐらとすみれちゃん」に登場する大きなカボチャや、「ぐりとぐらのえんそく」に登場する大きな毛糸玉が1メートルくらいの大きさで再現されていて、触ることもできるんです!

自分が小さい頃に読んだ人とか、子どもと一緒に読んだとかいう人が多いらしく、あちらこちらで思い出話が飛び交っていて、長年愛されてきた作品であることを改めて感じることができました。

あー、面白かった☆


最近読んだのは、中央アジアを舞台にした大人気マンガ。

森薫さんの『乙嫁語り』7巻 (ビームコミックス)

 

著者 : 森薫
KADOKAWA/エンターブレイン
発売日 : 2015-02-14

 

今回はお風呂回(笑)

お金持ちの家の奥様が、大衆浴場で出会った女性とお友達になるという、ストーリー的にはそれだけなんですが、あちらの文化(一夫多妻とか、姉妹妻とか)が興味深くて面白く読めました。

まぁ、前回がちょっと血なまぐさい部族間の戦いなんかが描かれていたので、その反動なんでしょう(笑)

漫画家のヤマザキマリさん(『テルマエロマエ』など)がシリアで暮らしていた時のことを描いてみえますが、普段は布で体や顔を隠しているあちらの女性も、お風呂では(当たり前ですが)スッポンポンで会話を楽しみ、日本の女性と何も変わらない、と描いてみえたのを思い出しました。

そりゃあそうですよね。

文化や宗教が違うといったって、食べたり飲んだりしなきゃ人間は死んじゃうし、人を愛し、子どもを育て、水と大地と空気を必要とするという基本的な人間の暮らしは、世界中どこに行ったって違いがあるわけないんですから。

だから、たとえ文化や習慣、言葉や価値観がお互いに違う者同士の中にだって、共感できるところがあったり、通じ合えるところが見つかったりする。

そういうのがとっても面白い。

ヤマザキマリさんのマンガもそうですが、この『乙嫁語り』にもそうした面白さがあるんですよね。

早く続きが読みたい作品です!

 

 


玉川重機 『草子ブックガイド』(講談社)

2014-08-04 21:32:10 | 日本人作家

このところ、実在の書物を扱った作品をいくつか読みました。

以前も紹介した片山ユキヲさんの朗読を取り上げたマンガ『花もて語れ』2巻~4巻(小学館)

池澤夏樹さんの書評、『嵐の夜の読書』(みすず書房)

そして玉川重機さんのこれまたマンガ『草子ブックガイド』1巻、2巻(講談社)

 

著者 : 片山ユキヲ
小学館
発売日 : 2012-03-30

 

毎回その作品の解釈にハッとさせられる『花もて語れ』ですが、今回は斎藤隆介の『花咲き山』と芥川龍之介の『トロッコ』が取り上げられます。

不覚にもマンガの中の朗読(ヘンな表現ですが 笑)に感動して涙ぐんでしまいました。

 

自分がやりたいことをやらないで、
涙をいっぱいためてしんぼうすると、
そのやさしさと、けなげさが、こうして花になって咲き出すのだ。 

 

家が貧乏だから、祭りの日の着物を妹にゆずり自分は我慢する・・

自分だって本当はキレイな着物が欲しい。涙をいっぱいためてお姉ちゃんだから我慢する。

そんな時、花咲き山でひとしれず一輪の花が咲く。

 

「しんぼう」とか「けなげさ」って、もう死語なんですかね?

合間に挿入された朗読作品が、宮澤賢治の『春と修羅』と、高村光太郎の『ぼろぼろな駝鳥』だったのもとってもよかった。

すごく個人的な思い入れなんですが、私が中学生の頃、熱を出して学校を休んだ時に「何でもいいから詩が読みたい」とねだって、親が本屋で買ってきたのが、たまたま宮澤賢治の『春と修羅』と『高村光太郎詩集』の2冊で、私の思い出の中では二人セットで大好きな作家さんなんですよね。(『ぼろぼろな駝鳥』もその詩集にちゃんと収録されていました)

偶然なんですが、ますます『花もて語れ』が好きになってしまった。

 

著者 : 玉川重機
講談社
発売日 : 2011-09-23

 

『草子ブックガイド』は、人見知りで口べたな中学生の女の子 ”草子” が主人公。

家が貧乏で本の買えない彼女は、古本屋からこっそり本を失敬しては本の世界に没頭します。

読んだ本は次の本と交換でいちおう古本屋の本棚にそっと戻すのですが、せめてものおわびに、読んだ本の感想(ブックガイド)を書いてはその本にはさんでおきます。

物語が進むとブックガイドを書く理由は様々に変化しますが、毎回この草子のブックガイドによる作品世界の紹介が魅力的なんです。

そしてそれに輪をかけて、草子のキャラクターがいい♪

芸術家の母は父と草子を捨てて家を出て行き、今は別の家庭を持っています。

かつて画家を志していた父はその夢があきらめきれず、今は酒におぼれ家は荒れています。

学校にもなじめず、どこにも居場所のない中学生の草子ですが、本を開けば世界のどんな場所へも、どんな時代へも羽ばたいて行ける・・・

 

う~ん、わたし、薄幸な主人公に弱いのかな?(笑)

貧乏ってところだけですごく共感できているのかも(苦笑)

 

ただ、紹介されている作品の選び方にもとっても共感できるところがあるんですよね。

これぞ本好き! って感じで。

1、2巻に登場するのはこんな感じ。(カッコ)内のコメントは作品とは直接関係ありません☆

 

ロビンソン・クルーソー三部作。
『ロビンソン・クルーソーの生涯と不思議で驚くべき冒険』(←皆が良く知っている話はコレ)
『ロビンソン・クルーソーのその後の冒険』
『ロビンソン・クルーソー の生涯と不思議で驚くべき冒険における真面目な反省』

『ティファニーで朝食を』
『ダイヤのギター』

『山月記』(森見登美彦ファンなら絶対読むべき!)

『山家集』(松山ケンイチの大河ドラマ「平清盛」にも出てきた西行の作品)

『老人と海』

『山椒魚』(井伏鱒二の「山椒魚」には一般的な「山椒魚」と児童向けに直された「山椒魚」、ラストをバッサリ切った最晩年の「山椒魚」の三種類に、もっとも初期に書かれ、「山椒魚」の原型となった『幽閉』という作品があります)

『バベルの図書館(ホルヘ・ルイス・ボルヘス『伝奇集』より)』

『銀河鉄道の夜』

『夏への扉』(SF界の巨匠、ハインラインの代表作!「お掃除ガール」【文化女中器(ハイヤード・ガール)】という機械が登場するんだけれど、「人工知能学会誌」の表紙が女性型アンドロイドで問題になったことを思い出します。SFの世界にも確かに男性優位の考え方が根強い。それに対抗するようなル・グィンの一連の作品もあるけど)

『月と六ペンス』(画家ゴーギャンをモデルにした作品)

『飛ぶ教室』(児童文学作家として有名なケストナーの作品。ヒトラーのナチスが台頭してきた時代、ケストナーはナチスに批判的でした。言論弾圧は児童文学にもおよび、多くの作品が焚書の対象になりましたが、当時すでにドイツ国民に愛されていたケストナーにはさすがのナチスも手が出せず、彼は最後までドイツに留まりました)

 

名作揃いで有名なものばかりですが、ボルヘスの『バベルの図書館』は読んだことがなくって、さっそく図書館で探してみようと思っています。
無限数の六角形の回廊が積み重なり広がる図書館。
無我の境地に達すると、円形の部屋の壁をぐるり囲む切れ目のない背を持った一冊の大きな本が現れる・・・ 

「図書館は永遠を超えて存在する」って何のこと!? 

古本屋の老主人と猫、そしてそこのアルバイトの男性がサブキャラで登場するので、手をのばせばその場面にぴったりの本がすぐ取り出せるのが、とってもうらやましい!

主人公、草子の人生や父親との関係も気になります(中学生の育ち盛りなのにお昼ご飯が買えないとか、もう読んでいて応援したくなってしまう~)

 

こういう本を紹介する本ってやっかいですね。

次々と読みたい本が増えてしまいます(苦笑)

そして私も何回か紹介したことのある、吉野弘さんの詩も作中で取り上げられていました。

 

 吉野弘 「風が吹くと」より

 ー生命はー

 

 生命は

 自分自身だけでは完結できないように

 つくられているらしい

 花も

 めしべとおしべが揃っているだけでは

 不充分で

 虫や風が訪れて

 めしべとおしべを仲立ちする

 生命は

 すべてその中に欠如を抱き

 それを他者から満たしてもらうのだ

 

 

私も他者からたくさんたくさん満たしてもらってきました。

自分の行いも、めぐりめぐって誰かの欠如を満たす助けになっていればよいのですが、こんな考えはちょっと傲慢かも知れませんね。

人知れず咲く花に美しさがあるように、咲いている花は懸命に生きているだけで、それを「美しい」と思うのは、その花を見ている人だけですからね。

それは人じゃない存在かも知れないし、言葉にしたら「良心」とか「善意」とか人によって色々な言い方になるのかも知れないけれど。

こうしてマンガや本からもたくさん満たされます。

作者や編集者には伝わらないかも知れないけれど、。

いい読書ができました。

 

さあ、次はどの本を読もうかな?

 

 


かこさとし 『未来のだるまちゃんへ』(文藝春秋)

2014-07-01 19:02:42 | 日本人作家

2014年7月1日。日本政府は臨時閣議で従来の憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を容認することを決定しました。

記者会見で安倍晋三首相は「いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いていく」と意気込みを語りました。

守るためには集団的自衛権は必要だそうです。

日米開戦を告げるラジオ演説をした東条英機首相は国民に「自存自衛を全うするため、断固として立ちあがるのやむなきに至ったのであります」と語りました。

国を守るためには戦うしかないと。

敗れて目覚めたんじゃなかったのか・・・救われませんね。

 

太平洋戦争での戦没者は日本側が300万人余。

運よく生きて帰ってきたうちの祖父はシラミだらけで、祖母と曾祖母は着物を煮たりして大変だったといっていました。

戦時中の金属供出でまじめな愛国者だった祖父や祖母は家にあった金目の物をすべて供出。
ところが金持ち連中はちゃっかり隠していて、戦後それを元手にいい物を食べていたと、何十年たっても祖母はこぼしていました。
祖父は新聞やTVを信用するなと孫たちに説き、亡くなるまで銀行さえ信用していませんでした。 

政治家も新聞も、負けたとたん手のひらを返して、それまでの自分たちの言動と正反対のことをいいだしたんですからね。

軍国主義を教えていた学校の先生も、教科書を黒くぬりつぶせと子供たちに命じました。

 

大人たちは信用できない。

 

敗戦時19歳だった絵本作家の”かこさとし”さんはそう思ったそうです。

代表作は『からすのパンやさん』、『だるまちゃんとてんぐちゃん』など。

うちにもありました!

長く読み継がれていますよね。

かこさとしさんは、大正15年(1926年)生まれ。

先日出版された、かこさとしさんの『未来のだるまちゃんへ』(文藝春秋)を読みました。

 

 

 
著者 : かこさとし
文藝春秋
 

 

 

戦時中はやはり軍国少年で、航空隊に入ることを希望していたのに近眼のため入れず、同期で航空隊に配属された友たちは特攻で亡くなったそうです。

戦後、自分が生き残ってしまったことの罪悪感に苦しんだというかこさん。

絵本作家となり、アジアの各国に行く機会があると「私は日本兵のなり損ねです。もしかしたら皆さんに迷惑をかけていたかも知れない。今日はお詫びにきました」と挨拶されるそうです。

そんなかこさんをあたたかく受け入れてくれる現地の人々。

 

工学博士でもあるかこさんは、会社員時代原発関係の仕事もしていたそうです。

原発を作ることばかりに力をそそぐ会社や政府。その時かこさんは、技術者として当然あるべき情報がないことに疑問を持ちます。放射性廃棄物の膨大な処理費について、万一の事故についての数値、情報がまったくない。

その時すでに創作活動をしていたかこさんは、原発を推進する作品を描いてくれないかと頼まれ引き受けようとしました「いいですよ。そういえばこの数値の情報が無いので欲しいのですが」というと、それっきりその話は無くなったそうです。

そして起きた地震に津波、福島第一原発の爆発。メルトダウンに放射能汚染。

ここでもまた「原発の安全神話」が一夜にしてくつがえされました。

 

生きるとは、こんなにも面白く楽しいものなのだ。

 

88歳になるかこさんが、絵本にこめた思い。

子供たちに伝えたいと思っている思い。

たまに「弟子にして下さい」なんていう人が来ると、「自分なんかのところじゃなく子供たちの弟子になりなさい」というそうです。

子供たちに教えられた・・・

かこさんの作品は、たくさんの子供たちがモデルとなっています。

子供たちは「天使」じゃない(苦笑)

スカートはめくるし、悪い言葉はすぐマネるし、騒ぐし、泣くし、あばれるし。

逆に聞き分けのいい子、おとなしい子を見ると何か抑圧されているんじゃないかと心配になってしまう。

人間はいけないこともする。失敗もする。怪我もするし、人を傷つけることもある。

それを教えられ、注意され、学び、技術をみがく。

「子供は純粋無垢で天使のよう」なんていう大人がいたら、それは何にもわかっていない。

 

あぁ、こういう人だからあんなにも長年人々に受け入れられる絵本が描けるんだ・・・と思いました♪

 

かこさんが友達のおもちゃをじっと見ているのを不憫に思った父親が、立派なおもちゃを買ってきてしまい、かこさんはガッカリします。

かこさんはじっと見て(これなら自分で作れそうだ)と思っていたのでした。

望まないプレゼントに、父親の期待。逆に父親に無駄使いをさせてしまった、とかこさんは心を痛めます。

こういう思い、すごくわかる!

自分の子供だからって、親が何でもわかるわけじゃないんですよね!

いやむしろ「親はわかってくれない」が当たり前なのかも(苦笑)

しかたなく親の前では喜んでみせるんですが、子供が親に気を使っている(笑)

 

私の祖父母は二人とも鬼籍に入って久しいですが、こういう戦時中の話を聞くことができるのはあと何年でしょうか。

誰かさんの記者会見がむなしく空虚にしか聞こえなかったのに対して、かこさとしさんの話は心にしっかり響きました。

久しぶりに『からすのパンやさん』が読みたくなってしまった♪

私から妹へ、そして妹の子供たちに引き継がれたので、いまやもうボロボロですが(苦笑) 

 

さて、未来の子供たちに引き継げるものを、この国の大人たちは残せるかな?

 

 


『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』再生・日本製紙石巻工場

2014-06-26 22:10:45 | 日本人作家

思わずページをなでて、そのさわり心地を確かめてしまいました。

 

私たちが当たり前のように手に取っている本、雑誌、広告などの出版物。

その紙がどこで作られているのか、正直、意識したことはありませんでした。

 

2011年3月11日、東日本大震災発生。

宮城県石巻市にある日本製紙石巻工場も津波に呑み込まれました。

日本製紙は日本の出版用紙の約4割を担っています。

石巻工場は、その基幹工場であり、文庫本、単行本、コミック、雑誌、その他それぞれに特徴のある紙を年間100万トン生産していました。

その工場が被災。

次々と伝えられる震災のニュースの中、「紙不足」が深刻になります。

そして多くの人が知るのです、普段私たちが手に取っている出版物の多くが、この石巻で作られた紙を使っていたことを。

 

佐々涼子さんのノンフィクション『紙つなげ! 彼らが本の紙を造っている』(早川書房)を読みました。

 

著者 : 佐々涼子
早川書房
発売日 : 2014-06-20

 

冒頭、2013年4月に発売された、村上春樹さんの『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』を買うために並ぶ人々が描写されます。

その本には、2年前、壊滅的な被害を受けた日本製紙石巻工場の、8号抄紙機(しょうしき)と呼ばれる機械で作られた紙が使用されていました。

そう、日本製紙石巻工場は今も紙を作り続けているのです!

 

「うちのはクセがあるからね。本屋に並んでいても見りゃわかりますよ」

 

その言葉には技術者の、職人のほこりが感じられます。

子供が手に取っても軽く、しかし厚みがあり指を切らないように工夫されたコミック雑誌の紙。

限りなく薄くしながら破れにくく、ページが重ならないようにめくり感を考えられた辞書用の紙。

大人気のコミック『ONE PIECE(ワンピース)』や『NARUTO(ナルト)』、文庫本でいえば『永遠の0』や『天地明察』、単行本では池井戸潤さんの『ロスジェネの逆襲』などは、この石巻工場8号抄紙機の製品で作られています。

 

震災当日から避難の様子。

工場の惨状に、東京本社とのやり取り。

誰もが「もうダメだ・・・」と思った中での、工場再建と、再生までを追ったドキュメンタリー。

 

もう、何回も涙があふれそうになり困りました。

震災関係の本は何冊か読み、TVで伝えられない過酷な現状を知ったり、直に聞いたりもしましたが、やっぱりまだダメです。

いち営利企業の震災復興というお話ではありません。

それ以上の物を感じました。

この本のために取材した佐々涼子さんも、出版に携わる者として、自分たちが使っている紙が東北で作られていることも知らなかった震災前の自分を恥ながら、出版人でなければ書けない視点で、この日本製紙石巻工場の再生を描いています。

 

車や家屋が水に流されて入り込み、汚泥が機械をうめた工場。

一階にあった電気系統、モーター類は海水に浸かり、通常はチリひとつ混入させられない紙を作る機械に泥がへばりつく。

電気も水も復旧していない中で始まった工場再建。

ひどいにおいの中、いつ終るとも知れないガレキ撤去に汚泥の除去が続く。

せまいパイプの間に入りこんだ泥をスプーンでかき出す。

家が流された者、近親者を亡くした者。

このままでは石巻工場は、いや、会社がどうなるかもわからない。

当時、現場ではどのように指示が出され、それをどのように聞いたのか。

ギリギリの選択を迫られた時、人々はどう考え、どう行動したのか。

震災後半年、そして一年後と、克明にその時の人々の心の動き、感情を丁寧に取材しています。

 

実話だけに迫力があり、夢中になって読みすすめてしまいました。

 

本編ともいうべき工場再建の様子を描くのに、まず震災当日から描くのはわかるとして、ただ一章だけ、本来なら工場に焦点をあてるべきところに、商店街の居酒屋店主の証言と題した章があります。

バットやゴルフクラブを持ってうろつく不審者。

悪化する治安。

震災後入り込んできたエセNPO団体。

飛び交う不穏なウワサ。

そうした人間の暗の部分をあえて挿入したところに、著者の思いを感じずにはいられませんでした。

 

この本には震災当時の様子が「証言」として書き込まれているので、読む人によってはショックなシーンがあるかも知れません。

遺体の描写もあります。

また震災による心の傷に悩んでいる人には当時を思い出させてしまうかも知れません。 

不快に思う方、不謹慎だと思う方、著者とは違う受け止め方をする方もいると思います。

誰も、正解なんか持ってやしません。

その場で、最善と思える行動をするしかない。

人間は神様じゃありません。

 

電車の中で読んだりもしていたので、感極まってうるうるしてしまいアセりました。

紙の手触りや質感に、作り手がこんなにこだわって作っているということも知りませんでしたし、その技術の多くが、工場の持つ個性ともいえる職人の腕や機械との相性にかかっているということも知りませんでした。

最近辞書の編纂を描いた映画『舟を編む』で「ぬめり感」という言葉を知ったり、朝ドラ「花子とアン」で印刷屋が登場したりして、偶然にも本作りの知識が増えたところだったので、なおさら興味深く読めました。

文庫本に使われている紙の色も、出版社によって赤っぽかったり白だったり、こだわって作っているんですね!!

 

電気もそうですが、普段当たり前に身近にあふれている紙の本が、どういった人たちによって、どんな所で作られているのか。

紙や電気に限らず、食料品も、衣服も、ゴムや金属も、そして毎日飲んでいる水だって、もっと興味を持って知らなきゃいけないと思い知りました。

便利というのは、お金を払えば手に入る万能のものではないんですよね。

はぁ、感情がゆさぶられすぎて疲れてしまった(苦笑)

 

ちなみにこの本自体も、石巻工場8号抄紙機(しょうしき)で生産された紙で作られています。

本の売り上げの一部は、石巻市の小学校の図書購入費として関係団体を通して寄付されるそうです。

これから本屋さんで本を手に取る時、ちょっとなでてしまうかも知れません(苦笑)

紙の本が読めることに感謝!

 


石田甚太郎 『ヤマトンチュの沖縄日記 -ライトブルーの空の下で』

2014-05-25 13:30:04 | 日本人作家

沖縄戦の様子を語る沖縄の人々の声がズッシリと響く本でした。

石田甚太郎さんの『ヤマトンチュの沖縄日記 -ライトブルーの空の下で』(創樹社)




ヤマトンチュの沖縄日記―ライトブルーの空の下で (1984年)

著者 : 石田甚太郎
創樹社
発売日 : 1984-08


沖縄戦から38年後の1983年。ヤマトンチュである作者は、沖縄に家を借り暮らし、沖縄の空気、土、人々の雰囲気を肌で感じながら地上戦の記憶に耳を傾けます。

鳴き声で敵にみつかるといわれ、赤子の口を手で塞ぐ母親。

捕虜になるくらいなら自決せよと迫る日本兵がいる一方で、民間人は投降すれば殺されないとすすめてくれる日本兵も。

砲弾が飛び交い、すぐ隣にいた家族が、同級生が倒れていく。

「ひめゆりの塔」の女学生たちも悲劇だが、赤子や子供を連れてあの地獄を逃げ惑った母親たちの塔こそ建てるべきだという声にジーンときました。

1945年敗戦。

沖縄戦で亡くなった人は二十万人ともいわれています。

 

戦後、アメリカ軍の基地が置かれたことで起こった様々な問題。現在にまでつながる沖縄の複雑な立場や、琉球王国時代から1609年の薩摩藩による侵攻、そして大和民族(ヤマトンチュ)による支配の歴史にもふれ、沖縄の、ウチナンチュの中のヤマトンチュや、天皇家に対する一部の意見も紹介されています。

古い本なので、現在とは少し違うところがあるかも知れませんね。

 

以前沖縄を訪れた時、旧海軍司令部壕やひめゆりの塔、平和記念公園を見学しました。

沖縄は好きです。まさにライトブルーの空が広がり、目前には美しい海。食べ物もおいしく、人々はやさしく接してくれました。

モノレールにも乗ったし、首里城や美ら海水族館にも行き、国際通りで買い物も楽しみました。

 

今年も6月23日に「沖縄全戦没者追悼式」が沖縄で行われます。



 

 


もぐら 『見とこ、行っとこ、トコトコ東海』

2014-05-08 18:00:00 | 日本人作家

もぐらさんの『見とこ、行っとこ、トコトコ東海』を読みました。

県民性マンガで有名になった方ですね。

 

 

著者 : もぐら
ジェイティビィパブリッシング
発売日 : 2014-03-25

 

まずは、東海地方なのに三重が入っていないのが納得がいかない!!(笑)

なんていうか、東海三県で三重じゃなくて静岡が入っているのが、東海人として言わせてもらえばはありえないでしょ?

三重は同じシリーズの関西編で取り上げたので今回はなしとのことですが、もう一度登場しても全然かまわなかったのに~

物作り愛知ということで、トヨタやノリタケ、八丁味噌に静岡のヤマハや飛騨の匠などが取り上げられていますが、全体的にグルメ情報が多いかな?

グルメというなら、ういろうやココイチや五平餅も取り上げて欲しかった。

東海地方が関東や関西と違うのは、和洋折衷じゃなくて東西折衷のような、堅実でお金にうるさく、地元愛が大げさでも淡白でもなくて、ほどほど都会でほどほど田舎のすごくバランスのとれた土地柄?

まぁ、多少身内で固まるようなところもあるので、タモリや村上春樹にはあまり気に入られていないようですけど(苦笑)

毎回その地方の特色を紹介しながら、ちょっといい話も盛り込むのがこのシリーズなので、伊勢湾台風の話とか取材して欲しかったなぁ。

あと名鉄とか、松坂屋とか、丸栄とか、ココイチとか、電力王福沢桃介とか、養老の滝とか、各務原飛行場とか、長島スパーランドとか(笑)

地元が取り上げられると、ついついあれもこれもといいたくなってしまいますね。 

 

童謡「ずいずいずっころばし」の歌詞で「茶壺に追われてとっぴんしゃん」というのが、徳川家に献上するお茶の入った壷(茶壺)が通ると平伏しなきゃいけなかったので、戸をぴしゃんと閉めて(戸っぴんしゃん)やりすごした、という解釈は初めて知りました!

あと、岐阜県民ですが、「関ヶ原ウォーランド」は行ったことないです。

あんなカオスな場所だったとは(笑)

岐阜県は山が縦横に走っているので村落が孤立しやすく、地域性があるというのはそうかも知れませんね。

山を越えて行くって、なかなかしないから、逆に川沿いに下って、名古屋とかに出た方が早い場合が多いですし。

尾張と三河の関係も納得(苦笑)

作者のもぐらさんが、あまりアクティブな方ではないようなので(笑)、ちょっと無理かも知れないけれど、潮干狩りとか、山菜採りとか、渓流釣りとか、ハイキングや山登り、キャンプにスキーと、東海地方を楽しむ方法はたくさんあるので、もっと紹介して欲しかったです。

こういう県民性とか地元の話題って面白いですね。

楽しく読書できました。

 



 




 


村上春樹 『女のいない男たち』

2014-04-20 17:45:29 | 日本人作家

村上春樹さんの新作、『女のいない男たち』(文藝春秋)を読みました。

短編集とのことですが、どちらかというと中編かな?

いくつかあるお話のうち、表題作だけが書き下ろしです。

 

著者 : 村上春樹
文藝春秋
発売日 : 2014-04-18



う~ん。

長い人生、一日くらいこういう気分になってもいいけれど、長くいたい場所じゃないな。

個人的には『パン屋再襲撃』みたいな短編が好きなのですが、これはどちらかというと『1Q84』タイプ?

本質を描くために様々な人間を描いているように感じましたが、ぐるぐる迷路をたどっているようで、少々健全性に欠けます(笑)

村上春樹作品に一定の解釈を求めるのは野暮というものでしょうが、収録作品の一つ『木野」だけ、ちょっと不思議な人物が登場していて、「アレは何だったの?」とちょっと気持ちが残りました。

全体的に中年男性の悲哀みたいなものを感じてしまったのですが、まさか作者の反映じゃないよね?(苦笑)

 

物事を婉曲に、又は示唆的に表現するのなら、他にも表現のしようがあるはずなのに、新しい村上春樹が読みたい!

もちろん、こういう”ムラカミハルキ”が好きなファンも多いのでしょうが、読者なんて勝手なものですからね(笑)

『女のいない男たち』ということで、それぞれの物語に女性が登場しますが、いつものようにあまり生活感は感じません。

水沢悦子さんのマンガ『花のズボラ飯』に登場する花ちゃんみたいな女性はいません(笑)

ハフハフしながら、たまごかけご飯を食べたりはしない!

そういう”小さな”幸せで、人間ってけっこう生きていけたりするんですけどね。

モデルさんが演じるカラフルでオシャレな写真にあふれた、ライフスタイルを提供する雑誌みたいでした(比喩的な意味で☆)。 

 


川上弘美 東京日記4 『不良になりました』

2014-03-26 05:30:25 | 日本人作家

消費税増税前になんとか買えました。

川上弘美さんのエッセイ、東京日記4『不良になりました』(平凡社)

著者 : 川上弘美
平凡社
発売日 : 2014-02-14



話は少し飛びますが、先日、芥川賞と直木賞の創設150回を記念して行われた「芥川賞直木賞フェスティバル」の様子を見たのですが、作家の皆さんが思い思いに着飾った衣装を身に付ける中(特に桜庭一樹さんは目立っていました♪)、川上弘美さんと宮部みゆきさんのお二方が、とても自然な服装をされていて、(やっぱり作家はこうでなくちゃ!)と、とても好感を持ちました。

いや、ただそれだけなんですけどね(苦笑)



東京日記は川上さんがエッセイ風に書いている文章で、その奇妙な味と文章のリズムが好きで読んでいるシリーズ。
本当のことも少しは含まれていると思います(苦笑)

あ、でも今回川上さんがMRI 検査を受けてくれたおかげで、検査の時にヒートテックを着ていかない方がいいということと(鉄分が含まれるため電子レンジの原理で火傷する危険性がある)、刺青や眉いれずみをしている場合も注意が必要だということは初めて知りました。

こうしたタメになる知識は本当にまれです。
この本のウリは、そういう所じゃなくて、どうでもいいようなところ(笑)

日に干されたイグアナだとか(笑)

送られてきたウナギイヌのハガキだとか(笑)

前髪にふりまわされたり、ゲームのソリティアに熱を上げたり、病院で、電車で、お店で、ひっかかったり、気になったり、後悔したり、気持ちの整理がつかなかったりするところ(笑)

2010年から2013年にかけて書かれているので、震災当時の文章も載っています。

私が好きなのはトンボを捕まえては放してやる少女についてのところ♪


「トンボ獲って放つのが好きな女の子」

句会でその句を見て「いい句でしたね」と作者にいうと、女の子というのは作者の姪っ子のことだという。

その女の子は虫かごいっぱいぎゅうぎゅうにトンボを捕まえてきては、「さあ放してやるわよっ」、と女王様のような口調で数十匹のトンボを放すのが好きで、一日に何回も捕まえてきては・・・(笑)

ロシアで日本語学科の学生達と話す回では、日本のポストモダン文学についての発表で、日本の主人公は暗くてカワイソウ、一人で悩んでいてサミシイ、というので、どんな作品を読んだのかと聞くと、イサカコウタロウにミヤベミユキ・・・伊坂幸太郎と宮部みゆき。
ノルウェー産のスモークサーモンをロシア名物と思い込んでいた川上さんは、二人の名前が出てきて、虚をつかれた、と書いています(笑)

蕎麦屋で、(けっっっっ)とお腹の中で叫び、こんな店二度と来るか! と誓うところも好き♪



独特の観察眼に物の捉え方は、川上作品の特徴でもありますが、作家さんみたいな個性的な才能が無くても、ちょっと視点を変えて見ると、物事の意外な一面が見えたりすることってありますよね。

実は、自分が見ている世界を、他の人も同じように見ているかどうかなんて、誰にもわからない。

やわらかくというか、こわばった体をほぐすように、硬くなった心や感性をほぐすにはピッタリの本だと思います。

あぁ、面白かった☆





金原瑞人『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』

2014-02-13 23:40:09 | 日本人作家

このタイトルだと分かり辛いですが、翻訳家、金原瑞人さんによる「翻訳面白話」です♪

私としては、『翻訳者は裏切り者(Translator,traitor)』というタイトルがオススメ(笑) 

 

『翻訳家じゃなくてカレー屋になるはずだった』(ポプラ文庫)

 

著者 : 金原瑞人
ポプラ社
発売日 : 2009-02

 

海外の児童文学を読むにあたって、タイトルも作家も聞いたことがなくても、金原瑞人さんが翻訳をしている本はなんとなく安心して買うことができます。(他に神宮輝夫さんとか清水眞砂子さんとか)

まぁ、たまにハズレもありますけどね(苦笑)

なにせ翻訳している数が300冊を超えるっていうんですから!

私にとっては翻訳家としての金原瑞人さんしか知りませんが(TVにチラッと映ったのは見たことあります)、現役の法政大学教授でもあり、芥川賞作家、金原ひとみさんの遺伝子提供者でもあります☆

 

卒業の迫った大学四年生の時、出版社の採用にことごとく落ちてカレー屋を始めようとしていた矢先に、卒論の指導教授にススメられて大学院に行くことになり、翻訳家としての道がひらけたんだとか(笑)

そんな生い立ちも織り交ぜながら語られる、本との出会い、出版社や仕事仲間との関係、翻訳業にまつわるあれやこれやがとっても面白い!

まだ日本で知られていない海外の良書を紹介したい! そんな人たちが登場すると、児童文学好きにはたまらないです!

 

日本語と他の言語についてのお話も興味深いものばかり。

英語で一人称を表す言葉は" I ” しかないけれど、日本語には「ぼく、おれ、わたし、自分、わし・・・」とたくさんある。これをどう訳すかで、原書の持つニュアンスをいかに伝えるか。

例えばラスト近くまで語っているのが男性か女性かわからない物語の場合、日本人の小さな男の子なら自分のことを「わたし」とは言わない。「わたし」と呼んだ時点で女の子だとわかってしまう。

逆に日本の小説で、思春期の女の子が自分のことを「ぼく」と呼んでいたら、それだけで強烈な個性になるけれど、英語に翻訳する時は困ってしまう。

終助詞の話もあって、「かわいいね」「かわいいよ」「かわいいな」といった、語尾について変化しているのが終助詞で、これは欧米の言語や中国語にはないそうで、日本語では多彩な印象を与えるこの終助詞の使い方も悩ましいところなんだとか。

確かに、「かわいいでありんす~」とか訳したら職業が限定されそう(笑)


(注)「ありんす」は終助詞じゃないのかな? わかりません。助詞は難しいですね~

 

ハムレットの名作『真夏の夜の夢』は有名な誤訳と紹介されています。

原文の「midsummer」というのは「夏至」のことで(確かに物語は夏至の夜のできごと)、日本では梅雨時の6月。

でも私はそこまで気にして読んでいなかったので、この本を読むまで気がつきませんでした(私の読書がいいかげんなのかも)

 

翻訳家の収入の話は厳しいです。

リーディング(原書を読んで要約をまとめる作業。それをもとに出版社が出版するかどうかを決める)一冊いくらとか、何ヶ月もかけた翻訳本が初版しか売れず印税が何万円とか、具体的な数字(2005年頃)が書かれています。

文学翻訳一本で食べていくのは難しいという現状みたい。

 

こうした裏話や、言語の違いについてのお話も面白いのですが、金原瑞人さんの周りって、変な人が多くて笑えます(いい意味で♪)

特に大学の教授って変人ばっかり!(いい意味です)

誰もこれないような山奥に自費で海外児童書の図書館を作ろうとして、「そんな所じゃ誰も読めないじゃないですか?」とつっこまれたら「本が傷まなくていいじゃないか」というお返事(苦笑)

もうどこまで本気なの!?

 

他にも金原瑞人さんが触れてこられた本が数多く登場するので、それを見ているだけでも楽しいです!

児童文学はもちろん、ファンタジーに絵本、SFやハーレクイン、アメリカ、イギリス、フランスに、もちろん日本の作品と、片っ端から読んでみたくなりました。

江國香織さんとの対談も面白いし、解説(のようなもの♪)は上橋菜穂子さんが書かれています。

 

文化も習慣も違う言葉を翻訳するのって、すごく難しくてすごく面白そう。

ロシア語通訳として活躍された米原万里さんの本も面白く読みましたが、文字だけの翻訳には文字という制約の中での苦労や技術が必要だということがよくわかりました。

『翻訳者は裏切り者(Translator,traitor)』という言葉は、元はローマだかイタリアのことわざらしいですが、あまりにも違う意味のことを翻訳されたからこんなことわざができたのかな?(笑)

でもそのおかげで英語もフランス語も中国語も読めない私が、他の国の本を読めるのだから、翻訳家の方々には感謝感謝です。

あー、面白かった☆

 

 

 


松田奈緒子 『重版出来!』

2014-01-20 21:18:41 | 日本人作家

最近読んだ本です。

 

松田奈緒子さんの、『重版出来!』1巻(小学館)

 

「重版出来」と書いて、「じゅうはんしゅったい」と読むそうです。

マンガの単行本など、出版物の売れ行きがよくて版を重ねることを重版っていいますよね。

出版社ではこの重版が決まることを、「重版出来」といって喜ぶそうです♪

 

主人公は大学で柔道一筋に頑張ってきた女子。

就活で選んだ職場は出版社。

運よく(♪)社会人としての一歩を踏み出した彼女は、マンガ雑誌編集部に配属され、個性豊かな編集部員にマンガ家さんに、営業さん、書店員さんと出会いながら、出版の、本を作る仕事にどんどん頑張っていきます!

 

はっきりいって絵はヘタです(笑)

目の描き方一つにしても統一感がなくて、同じ作品の登場人物とは思えないほど。

でも、それがとっても味がある!

 

年老いたベテランまんが家。

ネットでの誹謗中傷。

やる気のない営業マン。

出版社の内部事情、本屋さんとの関係、編集部と営業部の闘いとか(笑)、そういった内輪ネタも充分面白いのですが、なんといっても本に携わっている人たちの、「こんないい作品もっとみんなに知って欲しい!!」という情熱が伝わってくるのがイイ!

 

「雑誌が失(な)くなるってことは多くの人の人生が変わるってことだ。」

 

作品を描く人。

それを載せる雑誌を作る人。

その雑誌を売り込む人。

そしてその雑誌をお店で売る人。

自分の才能をしぼり出し、徹夜して原稿が出来るのを待ち、靴の底をすり減らして書店を回る。 

いい作品が売れるとは限らない。

たくさんの人がつながって、応援してくれる人に喜んでもらえるように、本気で本気で考えて考えて工夫して工夫して、行動する。

どんなに有望な作品でも、出版数が少ないと平台に置けないから棚差し(背表紙しか見えない)になって気付かれることもなく返品されてしまう。

発売日が有名な何万部も売れるタイトルとかぶったりしたら、書店も商売だから大量に売れる作品を優先して、小さな部数の新人の作品は木っ端微塵に吹き飛んでしまう。

 

何が売れるかなんてわからない。人知をこえた、もうそれは運みたいなものなのかも。

 

こんな絵なのに(失礼!)、読んでいて何回も感動で涙ぐみました!

本好きの人のみならず、このマンガはきっとたくさんの人が面白いと思うはず!

いいなぁ、こんな仲間に入りたいよ♪

 

著者 : 松田奈緒子
小学館
発売日 : 2013-03-29

片山ユキヲ 『花もて語れ』

2013-09-18 02:42:12 | 日本人作家

「朗読マンガ」なるものがあることを知りませんでした。

しかもこんなに面白いなんて!



 

片山ユキヲ 著

 『花もて語れ』(小学館)



 

もう9巻まで発売されているので、マンガ通の方からは「何をいまさら」といわれるかも知れませんね(苦笑)

朗読とは声を出して読むこと。

「ビブリオバトル」という、自分の好きな本を紹介して、より魅力的だった本を選ぶ書評バトルにも、読書の新しい楽しみ方を教えてもらいましたが、この『花もて語れ』には、朗読という昔から知っているのに気が付いていなかった読書本来の楽しみ方を教えてもらいました!

まさに温故知新!!

朗読って、こんなに楽しいものだったんだ♪

 

文字にこめられたイメージを表現する。

想像力のある人、自分の中の想像力を持て余している人、このマンガを読むべきです!

そもそも物語って声に出して読むもの、人に伝えるものだったんですよね~

登場する文学作品の世界観を理解する上でも、このマンガはとってもわかりやすい。

だいたい朗読の魅力を音の出ない絵で、マンガで表現しているってのがスゴイんです。

朗読クラブ。

朗読コンクール。

小さい子どもに絵本を読んであげる、それも立派な朗読です。

怖いシーンでは子どもがおびえるくらいに怖い声と表情で(笑)

楽しい場面では読む側も楽しい気持ちで♪

使うのは想像力っていうとっても楽しいちから。

声に出して読むって、とってもクリエイティブなことなんですよね。

人の気持ちを推し量り、他人の立場に立って物を考える。

 

「視点の転換」

 

最近は何でも自分勝手に解釈する人間が増えてきて、この他人の立場に立つということがわからない人が多いみたいです。

想像力を使ってない、いや、使えない。

このマンガの主人公「ハナ」が小学生時代に出会う教育実習の先生がこんなことをいいます。

 

「赤ちゃんの泣き声は、どうしてみんなに届くか、わかるかい?」
「伝えたい気持ちが強いからだよ」

 

何かを人に伝える、そもそも言葉とはそういうものなんですよね。

メールなんかじゃ伝わらない、人間の感情や心理や喜怒哀楽、そういうものが朗読にはある。

まさに伝えたい気持ちが基本にないと、人には伝わらない。

本を声に出して読むことで、作者の伝えたいことを感じ取り、自分のイメージで表現する。

読書って、朗読ってこんなにも奥が深くて、そして面白いものなんだと、このマンガで教えてもらいました。

最近は本屋さんなどで「朗読会」が開かれたりして、若い人たちの間でも盛り上がっているようですね。いいなぁ~

私もぜひ「朗読」に挑戦してみたいと思います。

本を読む楽しみ方がまた一つ増えて嬉しいです♪

『花もて語れ』

オススメのマンガです☆

 


森見登美彦 『聖なる怠け者の冒険』

2013-08-28 01:11:21 | 日本人作家

こんなにも活躍しない主人公がかつていただろうか?(笑)

森見登美彦さんの久しぶりの長編小説、

 

『聖なる怠け者の冒険』(朝日新聞出版)

 

を読みました。

森見さんといえば京都!

今回も祇園祭本祭の前日に行われる宵山で賑わう京都の町を舞台に、アホだけど憎めない奇妙な面々が駆け回ります!

ん? いや、中には全然駆け回らない人もいるか(苦笑)

 

主に週末の京都に現れ、困っている人を助けて回る謎の怪人「ぽんぽこ仮面」

ひょんなことから「ぽんぽこ仮面」の後継者に指名されてしまった社会人2年目の主人公、小和田君は、休日をただただのんびり過ごしたいがために、あとやっかい事に巻き込まれたくないために、この頼みを断り続けるのですが・・・・・・

何のことかわからない?

いいんです、もう「ぽんぽこ仮面」については深く考えないで下さい。

とにかく、世間から見たら怠け者としか思えない主人公小和田君が、作者森見登美彦さんの分身に見えてしょうがない(笑)

とにかく何もしたくない。
のんびりしたい。
仕事も締め切りも忘れてただただ退屈にひたっていたい・・・・・・

気持ちはわからなくはないけれど、やっぱりファンとしては作品を書いて欲しい(苦笑)

 

眠る主人公。

京都の町を迷い続ける週末探偵。

休日をめいいっぱい楽しむことに情熱を燃やすおかしなカップル。

そして、食べて食べて食べつくし、それでも食べきれずに店内が死屍累々で埋まるという「無間蕎麦」!!

達磨が。

狸が。

アルパカが。

祭囃子に誘われて京の町へ!

北白川ラジウム温泉で湯につかり、電飾またたくレストラン菊水のビアガーデンで土下座をし、幻のお酒「テングブラン」に舌鼓を打つ。

「ぽんぽこ仮面」はステキにカワイイ狸のお面をかぶった怪人です。

旧制高校のマントを身につけ、八兵衛明神の使いと名乗り、人々を助けてまわります。

 

「困っているならば、我が輩の手を掴むがいい」

 

主人公が活躍すると誰が決めた?(笑)

馬鹿馬鹿しくもなぜか愛しさいっぱいのキャラクターに、やわらかでキッチュのきいた言葉の数々。それは京都の町にとても合っていて、まさに森見ワールド!

私にお金があったらエキストラを雇って、赤い浴衣の女の子や狸のお面をかぶった人々を仕立て上げ、宵山で賑わう夜の京都に意味もなく出没させるとかしたい!

意味のないところがとっても面白そう♪

この本を読んでいると、そんなイタズラ心がムクムクとわきあがってくるんです!

いやぁ、ゆかいゆかい。

面白い小説でした☆

聖なる怠け者の冒険 聖なる怠け者の冒険
価格:¥ 1,680(税込)
発売日:2013-05-21