週末を原村で

非日常性のユッタリした時の流れを信州は原村で。音楽を聴きながら星を眺め!最近は海外の旅の記事もアップします。

#34-’07. 別荘の入手(その一)

2007年02月06日 21時52分13秒 | 別荘生活
 昨年の10月19日の#17(心を癒す薪ストーブ)のつづき。 
我が家の別荘は、二万円の手付けを打って最初に建売物件を買う積りでいた。

ゴールデンウィークの連休に初めて蓼科のペンションに泊まることになった。
自分は以前に友人とモーターバイクのツーリングで一度だけペンションに泊まった事があるが、家内と泊まるのは初めてである。
若い内はいいが、ある程度年齢も積むと、ペンションは向かないと思った。
ホームページを持っている蓼科のペンションで有るが、それ程期待もしていかなかったので、別に失望もない。

 蓼科のペンションに宿を取り、鉢巻道路を走ってくると別荘の販売の看板がみえた。
看板だけならば、ただ通り越してしまうが、木々の間から八ヶ岳の雄姿が見え隠れしたていた。
その、八ヶ岳の雄姿に引かれて別荘地へ。
販売管理センターに入って、建築予定地や建築中の物件を見せてもらった。
物件や場所により阿弥陀岳が敷地内から雪を戴いた姿で見ることができた。
都会に住んでいると此れほどの景色を見ながら生活できるだけで感激してしまう。
販売員の方が気さくな方で色々案内してくれた。
話をしている内にどうしても ”この景色” が見える ”「この場所」” が欲しくなってしまった。
営業の販売員の方も、「手付けを打ってくれればこの場所を確保できるます」と言われた。
今日の今日まで別荘を買う積りで来たわけでもないので、特別お金を持ってきてもいない。
大蔵大臣に確認したら、手付けを打っても良いとの決済が下りた。
それではと言う事で、二万円手付けとして払うが良いかと聞くと良いとの事で、めでたく希望の場所を確保してくれる事になったのである。
スーパーで野菜やお肉を買うのとは訳が違うが、至って簡単に手付けを打ったものである。
ホンノ数時間の会話と案内で手付けを打った。

 その希望した敷地内からは、阿弥陀岳が大変良く見える。
諏訪南インターから上って来るズームラインの途中で見えるあの阿弥陀岳が、我が家からみえる事になるのである。
山頂や頂に雪を戴いているので、余計に美しかった。
ただ、これだけの理由で手付金を払い後日の契約まで確保してもらう事になった。
遠くの景色が展望できる ”この空間" である。
欲しいのは隣の敷地でもなく紛れもなく ”この景色” が見える ”この場所のこの空間” である。
景観のきかない雑木林の中や、針葉樹林の中ではなく、遠く景色が一望できる ”この場所” にほれ込んだのである。
別荘地を求めて蓼科を八ヶ岳を軽井沢を探し回った訳ではなく、この景色に一目惚れしての衝動買いである。
歩き廻り、走り回って探した場所ではないが、惚れ込んでしまった。
人それぞれ理想像が異なり、別荘地に対する考えも千差万別である。
我が家は眺望の効くこの地を選んだ訳である。
土地だけではなく、建売物件なのでデザインも設備もソコソコ凝っている。

つづく(気が向いたとき)。


 画像は清里高原の富士屋ホテルの四階テラス屋上から撮影したヘール・ボップ彗星。
この日は、ホテルが屋上に望遠鏡や双眼鏡を多数準備して彗星観察会をしていた。
ホテル自体、ドーム付きの天体望遠鏡を装備しているから、彗星観察会も熱が入っていた。

 撮影機材 ニコンF2フォトミック  レンズ 55mm F1.2
撮影は1997年3月末の土曜日の夕食後(午後8時過ぎ)
現在のデジカメの様に撮影時のデータが残っていないので、ハッキリしたことはわかりませんが、
開放で30秒~60秒ぐらいの間で撮影した物の一枚だけ見るに耐えるものが写っていました。
36枚フィルムでたったの一枚だけでした。
現像するまで写っているか分からないので、銀塩フィルムカメラは大変です。
三脚も持って行かなかった為、テラスの淵にタバコをレンズの下に入れて被写体を狙いました。
一眼レフはシャッターを押すと、ミラーが跳ね上がるため目標が捕らえられているか確認できません。
こんな時は、絶対三脚が必要です。
F2には、レリーズが無くても本体にバルブがあるので任意に開放できます。

 富士屋ホテルは一時休業していたが、経営者が変わり現在は清里高原ホテルと名称を変えて再開している。
富士屋ホテルより清里高原ホテルの方が近代的な建物にも合っている。
ミィーハーな清里には、新しい名称の方が受けがいいかも(失礼な段はお許しを頂いて)。
高原ホテルになってからは一度も宿泊していない。
近代的なホテルで、池もあり気に入っていた。

この画像以外ブログで使用しているものは総てデジカメで撮影した物です。
 
富士屋ホテル、名前はレトロであるが超近代的なホテルで夕食の時のコース料理ではウエーターが直ぐ脇に立っていた。
人件費でつぶれたのかも、今は名前も変わり。








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