2015.8.14 お盆
世の中はお盆休みで、日ごろより静かだ。40年前、大森に住んでいた父が急死し、私は大宮に住んでいたから、急きょ、当時の大宮市=現さいたま市思い出の里に墓地を求めた。健在だった母は旧暦7月のお盆に墓参りを希望したので、我が家では旧暦7月に私の家族のお盆、新暦の8月にカミさんの実家のお盆となった。
月日が経ち、こちらも高齢者の仲間入りをしたし、マンション住まいになったので、旧暦7月のお盆はきわめて簡素になった。カミさん方は代替わりしたこともあって足が遠のくようになり、いわゆる帰省ラッシュとも無縁になった。
遠出は混み合うし、値段も高い。近場でもで熱中症が気になるほど暑いし、休んでいる店も多い。ということで、自宅で静かに過ごすようになった。
日ごろは亡き家族を思い出すことがめったにないから、旧暦・新暦のお盆、春と秋のお彼岸、正月、命日には簡素ながら仏壇にお供えをし、顔を思い出し、心を安らかにして杯を傾けるようにしている。
イタリア紀行2004-44 イタリア7日 ドゥオーモ・屋上 聖堂 サン・セバスチャン市民教会堂 /2015.8記
2004年3月15日、イタリア最終日になった。飛行機は夜便なので、夕方5時まで自由行動。
地下鉄駅で1日フリーチケットを購入し、ドゥオーモ広場に出かけた。昨日は広場を通り過ぎただけなので、まずは外回りを一周する。
ドゥオーモは東西軸に配置され、西側が入口ファサード、東側が内陣・祭壇になる。平面はギリシャ十字で、南北に翼廊が伸びている。
そのどの壁面も垂直のリブで区分されていて垂直性が強調され、リブを始め至る所に細やかなレリーフが施されていて、華やかさもつくりだしている。
東側祭壇は五角形平面になっていて、真ん中のステンドグラス上部にバラ窓が設けられているのだが、この縁取りは大小いくつもの円が重ね合わされていて、目を奪われるほどだ。
壁面を見上げていくと、角ごとにガーゴイルが水平に伸びだし、壁上部にはレース編みの縁取りを連想させる彫刻で飾られていて、実に軽やか、華やかである。
外観を一回りしたあと、屋上に上った。とくに展望室が設けられているわけではない。ただ屋上を歩くだけだが、飛び梁=フライングバットレスのみごとの彫刻を間近で見ることができる。フライングバットレス、壁面上部には135もの尖塔が立ちあがり、2245といわれる彫像で飾られている。
石だからできるのであろうが、石の硬さを感じさせない。
ミラノ市街を一望にできるのだが、屋根+フライングバットレスの彫像に見とれてしまう。
屋上を下りてから聖堂内に入った。外観のゴシック様式に比べれば簡素であるが、空間が巨大過ぎて落ち着かない気がする。
ドゥオーモ見学を終えてから、トラム沿いを歩き、サン・セバスチャン市民教会と書かれた円形の小規模な聖堂を見つけた。16~17世紀の建築である。
目と鼻の先のドゥオーモの壮麗さに比べ、あまりにも簡素過ぎる。ドゥオーモが領主、貴族などの有力者の祈りの場、対して庶民は近隣の仲間とこうした素朴な教会堂で祈りを捧げたのかも知れない。