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太田直子著 「字幕屋のニホンゴ渡世奮闘記」

2016-02-17 15:37:36 | 読書

先頃、ケルンの小さな映画館(多分40席位しかないでしょう)で樹木希林さん主演の映画「あん」を観ました。

ドイツ語の吹き替えかオリジナル日本語+ドイツ語字幕か選択できたのでドイツ語字幕付きに行きました。

一緒に行った友人はその2週間前に「海街ダイアリー」をドイツ語吹き替えで観たのだそうですが、「日本語で聴きたかった」と言っていました。

今回のように吹き替えと字幕付きの選択ができるのは稀で、ドイツでは外国映画はほとんどドイツ語に吹き替えになっています。

映画字幕は日本特有の文化なのだそうです。字幕が盛んなので日本の映画字幕は世界一の高品質だともいわれているそうです。



高品質な字幕を提供するための色々なご苦労をこの本で知ることができます。

例えば「一秒=4字」原則です。つまりセリフの長さが一秒なら字幕は4字以内、二秒なら8字以内に収めなくてはならないのです。

逐次通訳の基本に少し似ています。逐次通訳の場合、話者の時間を超えた逐次通訳はタブーとされています。

同時は少し聞いてから訳し始めていき、終わりはほぼ同時なので話者の時間より訳す時間は若干短く(ということは同時通訳の場合100%の訳は不可能です)なります。

種々の制約の中での字幕作業の中でも私が最も難しいと思ったのは本の帯にも記載してあった以下の点‐「教養とか共通認識の崩壊」です。

『第二次世界大戦もナチスもベトナム戦争も共産主義もカントもニーチェもヘーゲルもドン・キホーテも漱石もパレスチナも聖書もコーランも・・・。

とにかくそれらすべてを「だれも知らない」という前提で字幕を作らなければならなくなった』

これはとても難しそうです。

観客は一定レベルの教養のある人ばかりとは限りませんし、けれどももしかすると「映画の通の人」が観る場合もあるかもしれないのです。

翻訳だと時間をかけて原文のレベルに合う適訳を練ることができますし、原文から読者がどの程度の教養の持ち主か把握することも可能でしょう。

でも映画の観客を事前に想像するのは難しいでしょう。

映画「あん」ではオリジナルの日本語を聴きながら、時折ドイツ語字幕を眺めていました。

字幕作業は難しいなぁと思ったのは「メリヤス」のドイツ語訳を目にした時です。

映画の中で「メリヤス」という言葉が出てきたのは希林さん演じる元ハンセン病患者の徳江さんが、ハンセン病の施設に入所した時のことを

回想するシーンです。

戦後の物資が不足していた時代、徳江さんのお母さんがどこで入手したのか「白いメリヤス」でブラウスを夜なべで縫って別れの時に渡してくれたと

いうことです(でも施設に入所するとき持ってきた衣類は全て捨てなくてはならなかったのだそうですが)。

この「メリヤス」が訳語だと単に「Jersey」になってしまうのです。

確かに間違いではないし、他に適切な言葉も見つかりません。でももし翻訳だったらあの時代の「メリヤス」への人々の憧憬も若干補足できるのかもしれませんが、やはり字幕作業は難しいですね。
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