goo blog サービス終了のお知らせ 

気がつけばふるさと離れて34年

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

川越宗一著 『熱源』

2022-11-07 17:09:00 | 読書



8月末に花水木さんがブログでご紹介されていたので翌月(9月)に予定していた一時帰国で本を購入しようかとも思いましたが、帰独時の荷物はできるだけ少なくしたかったので電子書籍を購入しました。
読後2ヶ月以上経ってからの感想文です。

舞台は樺太(サハリン)で主人公は樺太アイヌのヤヨマネクフとポーランド人のブロニスワフ・ピウスツキです。
二人の共通点はヤヨマネクフは大日本帝国に、ピウスツキはロシア帝国に故郷の土地や統治権ばかりでなく言葉(母語)も奪われてしまったことです。

ヤヨマネクフは日本とロシアが勝手に締結した「千島樺太交換条約」により北海道に強制移住させられ、アイヌ語の代わりに日本語を学ばせられ、北海道から故郷の樺太(サハリン)に帰るときには「山辺安之助」という日本の旅券を作らなくてはなりませんでした。

一方ピウスツキは帝政ロシアにより解体させられたポーランド•リトアニア共和国の出身で、皇帝暗殺を企てた仲間の運動に巻き込まれて罪に問われ流刑地サハリンに送られてしまいます。その地で樺太アイヌの人々との交流が始まります。
因みにピウスツキの弟ユゼフは後にポーランド共和国の初代大統領となります。

この小説に登場するのは全て歴史上に実在した人物です。
後半アイヌ語辞典を編纂する金田一京助も登場しますが、同郷人として誇りに思いました。

この本を読書中また読後も強く感じたのは「祖国とは国語だ」ということです。
この言葉は敬愛する随筆家山本夏彦さんの本で知りました。



,

山本さんの言葉ではなくてルーマニアの作家で思想家のエミール・ミハイ・シオラン(1911-1995)の言葉だそうです。
「私たちは、ある国に住むのではない。ある国語に住むのだ。祖国とは国語だ。それ以外の何ものでもない」
この小説は2019年に出版され(第162回直木賞受賞)たのですが、電子書籍は2022年7月に出版された文庫本を底本としているため、中島京子さんのあとがきにはロシアのウクライナ侵攻についても記されています。
中島さんはーこの歴史小説の舞台は樺太(サハリン)であるが、いまを生きる私たちは「故郷」について、失われていく「文化」について、人の「帰るべき先」について考えさせられるーと記しています。
ロシアの侵攻により多くのウクライナの人々は故郷を離れなくてはなりませんでしたが、祖国でウクライナ語が話される限り、いくら廃墟になってもいつか故郷に戻るという意志は持ち続けることでしょう。その日が早く訪れるようお祈りします。


フランク・シェッツィング 著 『深海のYrr (イール)』

2022-07-06 17:27:00 | 読書



ドイツ語の原題は“Der Schwarm”、英訳のタイトルは”The Swarm(ザ・スウォーム)“です。
ほぼ1000ページ(987ページ)もある長編小説(邦訳本は文庫で3巻)、それも普段はほとんど手に取らない海洋SFサスペンス小説を読もうと思ったのは、この小説が国際撮影チームにより連続ドラマ(8回)化され、ドイツでは来年の1月に放送されるということと、木村拓哉さんが日本人の慈善家三船役として出演するということを知ったからです。



深海に生息する未知の生物の群れと闘う人類が描かれています。

丁度一週間前、リスボンでは第2回国連海洋会議が開かれ、海の危機的状況が議論されました。
国連海洋会議は2017年に初めて開かれました。
海の環境破壊を食い止め、海洋の持続可能性を促進することが目的でした。

シェッツィング さんの海洋SFサスペンス小説は今から17年も前の2005年に発売され、
世界的ベストセラーになりました。
当時既に海の劣化に警鐘を鳴らしたシェッツィング さんはやはり凄い作家です。
シェッツィング さんはケルン出身です。
先頃我が家の近くで開かれた文学フェティバルにも参加されました。


(写真右側です)

彼は「自分の小説はもはやSFなどではなく、我々人類はまさに小説に描かれているようなスリラーの世界の真っ只中にいる。海洋ばかりではなく地球環境破壊や気候変動に対して人類は真剣に取り組まなくてはならない」と語っていました。
猛暑の日本や、オーストラリアの洪水、イタリアの旱魃などの報道を聞くと本当にそうだと思います。





新渡戸稲造著 『武士道』

2022-05-07 17:44:00 | 読書



この本を再読しようと思ったのは3週間ほど前、新渡戸先生の声をラジオで聴いたからです。

1922年4月18日、ジュネーブの国際連盟ではエスペラント語を学校教育に導入すべきかどうかの議論が行われていました。
1920年12月、国際連盟加盟11ヶ国は以下の決議案を提出しました。
「言語上の問題が民衆と民衆のあいだの直接のコミュニケーションを妨げているという問題を解決するため、
国際共通語としてエスペラント語を学校教育に導入する可能性を国際連盟が調査するべきである」
当時、国際連盟事務局次長だった新渡戸先生はこの決議案を支持するという演説でした。

前書きが長くなりました。

この本は日本人の道徳観を支えている「武士道」を神道、仏教、儒教の中に探り、
キリスト教、騎士道、西洋哲学と対比し、「日本の魂」を世界の人々に解き明かした名著です。

今回は本文はもとより、先生がこの本を執筆しようとしたのは何故かを記した「序文」と
元国連大使の波多野敬雄氏の「はしがき」が特に心に響きました。
波多野さんは新渡戸先生が「戦争なき状態が平和にあらず」と語っていたこと、そして
国連は「正義ある平和と正義なき平和を峻別し、正義なき平和は平和と呼ぶに値せず、
これを打ち破ってでも正義ある平和を樹立することとしている」と述べています。
ロシアのウクライナ軍事侵攻後、もしロシアがウクライナ東部を制圧して併合すれば、
一時停戦状態となるかもしれませんが、これはまさに正義なき平和で平和と呼ぶには値しないことです。

これは先日ウクライナへの武器供与を決定したドイツのショルツ首相が述べた
”Diktatfrieden”と共通するものです。
Diktatfriedenとは「過酷な条件で敗者に押し付けられた和平」を意味します。
ロシアの大統領が思い描いている、このような「和平」は到底容認できるものではありません。

ところで新渡戸先生が英語で『武士道』を執筆されたペンシルヴァニア州マルヴェルンという町の隣町デヴォンに私は高校生の時一年間住んでいました。
今度またペンシルヴァニア州を訪れることがあったら先生の行跡など辿ってみたいと思います。








永井潤子著 『ドイツとドイツ人』

2022-04-06 16:18:00 | 読書



著者の永井さんとは1980年から1996年までケルンのドイツ海外放送局ドイチェ・ヴェレの日本語課でご一緒に仕事をさせて頂きました。
2000年に永井さんがベルリンにお引越しされた後もお付き合いは続きました。
このエッセー集は1988年から1994年まで未來社のPR誌「未来」に「ドイツ便り」として連載された記事とドイチェ・ヴェレの放送で取り上げたテーマから構成されています。

タイトルの「ドイツとドイツ人」はドイツのノーベル文学賞作家トーマス・マンがナチス・ドイツの無条件降伏直後の1945年5月29日にワシントンで行った講演の演題だということです。

統一前の東西ドイツ事情から、ベルリンの壁崩壊後ドイツ統一を経て1994年までの時事関連の記事が多い中で、
私はやはり永井さんのプライベートなお話の記事が好きです。
ドイチェ・ヴェレのロシア語課の親友ブリギッテ・シュテファン博士と一緒に借りた家庭菜園(シュレーバー・ガルテン)は私自身2度ほど訪ねたこともあるので好きな記事です。 
家庭菜園とはいえ300平方メートルもあるかなり広い土地です。
この庭には「パリの伯爵夫人」という名の梨の木があって、晩年バイオリンを始めた永井さんは知り合いのバイオリン製作者に頼んで、この梨の木でバイオリンを作ってもらったという話は『ドイツとドイツ人』の続編『新首都ベルリンから』に掲載されていると思うのですが、その本も贈呈していただいた筈なのに見当たりません。 

お世話になっていたのはいつも私の方なのに以下のご署名を頂きました。



3月上旬に入院先のベルリン・シャリテ病院から、翌週には退院して、
自宅で緩和ケアを受ける予定だというメールを受け取ってひと月も経たないのに
先日急逝されたという悲しいお知らせが届きました。

これまで色々お世話になりました。
安らかにおやすみ下さい。




照井翠 句集『龍宮』

2022-03-11 15:41:00 | 読書
いつも3月11日になると手に取る句集があります。



照井さんは岩手県花巻市出身の俳人です。
『龍宮』は彼女の第五句集です。
東日本大震災の発生時、照井さんは釜石の県立高校の国語の先生でした。
句集におさめられている句の中で最も知られているのは津波の犠牲者となった双子の教え子のことを詠んだ以下の句です。
朝日新聞の天声人語でも取り上げられました。



今日はとりわけ美しい我が家の桃の花です。



天災と言ってもやはり「どうして?」と以下の句のように思ってしまいます。



震災後の復興がなかなかすすまないみちのくとウクライナのことを愁う拙句です。

なぜみちのくなぜウクライナ春哀し