風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

いまは夢ばかり運ばれていく

2016年02月24日 | 「詩集2016」

軽くて不確かなものを
雲はしずかに運んでいく
見えないが何か声のするものを
風は気まぐれに運んでいく

水が騒いでいる
いや水鳥が羽ばたいている
寒い日は浮いたままでいたのに
冷たかった水が
すこしだけ温んできたのだろうか

ヨーヨーおじさんは
片足だけ水に浸して目が覚めた
水の中で
雲が乱れ散った
不確かなものは不確かなまま
見えないものは見えないまま
水の底では
冬眠しつづける仲間がいるのだと
それだけを知った

やがて水鳥が運んでいくのは
夢ばかり見ていた
深い眠りの季節かもしれない
水のそとで
小さな花が咲いた



神は見た、美しかったからである

2016年02月19日 | 「詩集2016」

窓に向かって古い本をひらく
はじめに丘があった
丘はなだらかな放物線をえがき
やわらかくて温かい
ふたつの水をわけて現れた
それは原初のかたち
満々と水をたたえて膨らんでいる
Oh fine!
神は見た、美しかったからである
……と

流れるもの
それは水だろうか
光るもの
それは星だろうか
微塵となって
かたちなく空しいままで
宙をさまようもの

窓の外へ耳をひらく
かすかに聞こえてくる
単調なリズムのくりかえし
夜の底を流れている混沌のひびき
辿ろうとして辿れない
たどたどしい小さな足おと

グミの実のように
丸くて小さい
太陽はまだ果実のままで
燃えることはなかった
甘くはなく酸っぱくもなく
かたちはあるが光はなく
かすかに優しい熱があった
ひとつぶ
ふるえる舌の先で
はじまりの味をさがす

夢のあとに
空へ帰る鳥たちの鼓動が
窓をたたく
すこしずつ彩られてゆく朝の光
Oh fine!
人は見た、美しかったからである
ゲネシス(Genesis)
一つの終わりは一つの始まり
水を分けて
濡れたままで生まれたい
……と





ソーダ水あかき唇あせぬまに

2016年02月11日 | 「詩集2016」

マリさんのソーダ水を
久しぶりに飲んだ
細かい気泡がはじける
みどり色のグラスの向うに
マリさんの憧れ
大正デモクラシーのロマンがみえる

声が少女のようにピアノだったな
白いナース服の背筋が伸びた
オールドミスの天使
ソーダ水を懐かしんだ
横浜の不二家が日本最初だったそうね
白いおしゃれな喫茶店
カウンターもテーブルも白い大理石
コーヒーカップも白
ボーイさんも白のコート
レモン オレンジ ストロベリー
バニラ ラズベリー ルートビア
噴き出すソーダ水
ピカピカの赤銅レバーは
メイド・イン・シカゴだったって

鋭い針をもつ女王蜂
さっさと青い尻を出しななんて
マリさんのソーダ水はチクリと痛かった
平塚らいてうも知らないでしょ
自分の光で輝くこともできない
女は夜の月だって言ったのよ
ずっと昔
女は太陽だったってね
新しい時代に新しい女
与謝野晶子に松井須磨子
ソーダファウンテンのソーダ水
そうだソーダ ソーダ水だよ
みんな元気になるね
スカッとするね
コカコーラだってあったそうだよ

ソーダファウンテンという
店の名を知ったのは
マリさんが横浜に落ちついたあとだった
ブルーストッキング(青鞜)のヨコハマ
バスガール エアガール マリンガール
憧れだったんかな
あの白いナースキャップも

あ~あ
あれもバブルだったんかねえ
ソーダ水の泡つぶみたいなもんかね
今日はふたたび来ぬものを……なんてね
泡が消えたらただの甘い水なのさ
青いソーダ水
ストローのさきで
ぼくの舌が麻痺している
喪失の泡がかけのぼってゆく
白いマリさんが
爽やかに真空になる