風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

風邪と闘う

2024年03月09日 | 「2024 風のファミリー」

 

風邪を引いたくらいでは、私は医者にはかからないことにしている。けれども、そうするには、それなりの覚悟と体力、忍耐力なども必要になってくる。容赦なく攻めてくる敵に対して、孤軍奮闘するようなものだから、勝つためには、まずは敵を知らなければならない。昼間は咳や鼻みずの責苦があることはもちろんだが、私が苦戦するのは夜の方だ。敵は私が眠った隙をついて襲ってくる。無防備な夢の中で、敵の猛攻を受けることを覚悟しなければならない。

まず第一夜は水攻めである。私の脳みそが、桶のようなものに入れられて水漬けになっている。ただ、それだけのことだが、受け取り方によっては、湯船にでも浸かっているような、浮遊感覚をともなった快い眠りに思われるかもしれない。ところが、これが苦痛なのだ。快眠を得るためには、体が適度に弛緩した状態で、夢の内容も変化がなければならないが、敵はそんな心遣いを一切しない。ただ水の中に放り込まれたままで、それはむしろ捕縛されている感覚であり、金縛り状態ともいえる。だから、私は幾度も脱出を試みる。ああ、もうたくさんだ、と夢の中で叫びながら夢の外へと逃げ出そうとする。

こんな抵抗を1時間おきくらいに繰り返す。そのたびに、頭を冷やすためにトイレに立ち、台所で水を飲む。別に喉が渇いているわけでもないのだが、水に責められた悪夢から醒めきらないので、水を補充しておかないと、もし脱水症状にでもなったら大変だと、とんでもない錯覚をするのだ。つじつまが合わない思考法をするのは、脳が犯されているのと寝ぼけているのと、その両方のせいにちがいない。
こうして悪夢の第一夜を、悪戦苦闘の末になんとか脱出する。昼間は咳と鼻みずによるお決まりの責苦がある。うっかり昼寝をすると夜とおなじ強敵が現れる。昼夜猛攻を受けたのでは体力がもたないので、できるだけ昼寝はしないように頑張る。風邪に犯された頭脳はまことに奇妙な論理を展開するようだ。

そして再び、悪夢の夜がやってくる。さすがの敵も作戦をすこし変えてきた。第二夜は石攻めである。眠りに落ちるやいなや、私の脳は石にされてしまう。正真正銘の石頭、もう何を考えることもできない。とうとう頭が石になってしまったと、そのことばかりを延々と考え続ける。これはもはや夢とはいえない。フリーズしたパソコン画面のようなもので、固定した画像が石になった脳壁に貼り付いているのだ。
ひとの脳は、あれこれと様々なことを思考するようにできているはずだから、たったひとつのことを考え続けることほど苦しいことはない。それも自ら望んだものなら快感かもしれないけれど、この場合はスフィンクスよりも厄介な、風邪という理不尽な怪物に押し付けられた難問なのだ。

ふたたび私は昨夜と同じように、いくども夢の外へ脱出しようとする。トイレのあと、台所へ行き水を飲む。今夜の給水の理由は、私の脳が石になったのは脱水のせいだと判断したからだ。汗ばんで体も頭も熱い、まさに焼け石に水。
眠りにつくと、再び戦闘開始。石あたま、脱出、石あたま、脱出、石あたま、脱出、石・・、脱・・、石・・、脱・・・・・・・ああ疲れた。
やっと明け方をむかえて長い夜から脱出する。石のかたまりだった私の脳は、小さな無数の石ころになっていた。すこしは頭の中が軟らかくなったように感じられる。でもこれは、弱り切った脳が逃げの体勢にはいった兆しかもしれない。いずれにしろ、夜が明ければひと息つける。窓のカーテンがほんのり白くなったのにさえ救われる思いがした。

昼間は、カミさんの脅しも加わる。風邪は万病の元だなどと、恐ろしい言葉を浴びせてくる。あなたのは風邪を通りこして、脳膜炎とか脳溢血とかじゃないかと、私を更に死の淵へ追いやろうとする。
私にはもはや、昼も夜も援軍はいないのだ。満身創痍、鼻をかみすぎて鼻は痛い。咳をしすぎて喉は痛い。髪は鳥の巣になってかゆいし、肛門もなぜか荒れて痛い。いまさら引くこともできず、身も心もぼろぼろになって第三夜に突入する。カミさんの診断が正しければ、今夜あたりは討ち死にするかもしれない。
敵は再び水攻めでやってきた。どうやら原始的な戦法が好きなようだ。今夜の敵は、私の脳を水浸しにしただけでは収まらず、更にぐるぐるとかき回すのだ。メリーゴーラウンドに乗って遊んでいるわけではない。何かの周りを回っているようでもあるし、私の周りを何かが回っているようでもある。自分の意志ではなく強要されるということは拷問に等しい。

三夜目ともなると、こちらもすこしは慣れたとはいえ、体力も消耗しているので苦痛に変わりはない。脱走、トイレ、台所、水と、惰性でひと通り夜中の儀式を繰り返す。悪夢の合間には、さすがに不安になって脳のチェックをしてみる。1+1=2、ほぼ正解、計算力はパス。昨夜食べたものは何か、湯どうふ、これも即答に近い、記憶力は普段よりも良いくらいだ。川柳のひとつも思い浮かばないか。そんな、普段でも難しいことができるわけがない。面倒な言葉遊びなんか遠ざけたい。いまは右脳にまでかまっている余裕はない。右も左もパニックになっているんだ。

もはや夢も覚醒も区別がつかなくなって、ただ妄想する。ひとが死ぬときの苦しみとは、きっとこのような苦しみにちがいない。ひとは死ぬとき脳みそが次第に萎縮して、最後にひとつだけ苦しみの領域が残されるのではないか。いまは臨終の状態に近いのかもしれない。しかるのちに呼吸が止まり酸欠状態になり、やつと一条の光が射しこみ、きれいなお花畑が現れるのだろう。臨死体験者が語る、あのお花畑だ。どうやら妄想ばかりは元気なようだ。この分では右脳もまだいけそうだ。とりあえずはパスにしとこう。それに、お花畑もまだ見えてこないし。

風邪はやはり、夜になると現れる妖怪の仲間だった。まわりが明るくなると、敵もすこし腰が引ける気配がした。四日目の朝になってようやく、私の脳を撹乱していた嵐が静まって、一条の光が射しこむかのように、細い雫のようなものが脳から流れ出して、肩から胸へと、そして体の隅々へと染み出してゆく。その雫の行方を夢ともうつつとも知れず追っているうちに、久しぶりに深い眠りに落ちていった。
連日の睡眠不足をとり戻すように、翌日は炬燵でうたた寝をした。その短い眠りの中で、柔らかく心地よい温もりに包まれている夢をみた。花のような淡い香りもしているみたいで、触れ合っているのは人肌のようでもあり、目覚めた後もしばらくは、夢の記憶を確かめようとする余裕も生まれている。まずは敵にうち勝った安堵と喜びで、おもわずガッツポーズをしたくなった。




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