風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

星のことば

2019年10月05日 | 「新エッセイ集2019」
しんどい夢をみていた。どんな夢だったかは思い出せない。暑くて寝苦しかっただけなのかもしれない。
時間は夜中の3時をすこし過ぎていた。
夢の疲れが残って寝付けなくなったので、体を冷やそうとベランダに出てみた。
夜空の真ん中あたりに、星の集団が輝いているのが見えた。まともに星が見えたのは久しぶりだった。

最近は明るい夜空しか知らない。
街灯や家の明かりに遮られて、ふだんは星をほとんど見ることができない。
みんなが寝静まった夜更けには、ここにも星が出ていたのだ。忘れられた時間に、すっかり忘れていたことを思い出したかのように、ひとりで感動した。
いくつかの星は、記号のように繋がっている。それぞれの塊まりには、なんらかの星座の名前がついているのだろう。
静まりかえった夜空では、星の輝きは音を発しているようにみえる。そこには宇宙の音があり、耳をすませば星の言葉が聞こえてきそうだった。
ぼくはまだ、夢のつづきを見ているのかもしれなかった。

夜はほとんど闇だった頃があった。空には無数の星が輝いていた。
星空を見上げて、「壁のようだ」と言った親友の言葉が意外だった。そのときは彼とのあいだに、すこしだけ心の乖離を感じた。ぼくの方が無知でロマンチストだったのかもしれない。星には美しいイメージしかもっていなかった。
そのことを書いた文章が、高校の文芸誌に載った。タイトルは『星空』だった。
心を見つめることと、そのことを文章にすること、そんなことが楽しいことだと知り始めた頃でもあった。また楽しいことは苦しいことでもあるという、長い道のりの始まりでもあった。

その頃、足元も見えないほどの暗闇で、こぼれんばかりの満天の星空に遭遇したことがある。
その時ぼくは、九州でいちばん高い山の頂上に立っていた。
冷たい風が強く吹いていた。たぶん草の葉っぱに付いた霧氷だろう、触れあって鈴のような音をたてていた。広い視界にあるものはすべて星ばかりだったから、その響きは星と星が触れあう音のようだった。はじめて聞く天然の音楽か言葉のようでもあった。

あのとき、ぼくが聞いたものは何だったのだろうか。
天空からこぼれんばかりに輝いていたものは、何だったのだろうか。
いまも鮮明に記憶に焼き付いている。
あれらの星空にくらべて、この夜の星空は幻か夢の続きのように思えてしまう。
とり残されたように深夜にひっそりと輝いている、都会の星はすこしさみしい。





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