風の記憶

≪記憶の葉っぱをそよがせる、風の言葉を見つけたい……小さな試みのブログです≫

アイスランド、愛すランド

2016年10月04日 | 「新詩集2016」


  白熊

地下の機械室で
とつぜん白熊が働くことになった
会社では白熊も雇わなければならない
そのような法改正があったらしい
私の部下として配属された

初対面のとき白熊は言った
イッショウケンメイ ガンバリマス

白熊は青い空が怖いので
ビルの上階で働くことができない
一日じゅう地下室に居る
とくに何か作業をするわけでもない
ときどき冷蔵庫を開けてアイスを食べている
私が入っていくたびに
イッショウケンメイ ガンバリマス
と言って頭をさげる

白熊は帰るところがないので
地下の宿直室で寝泊りしている
たまには夜中に街を徘徊することもあるらしい
それは勤務時間外のことだから
私にはわからない

3か月の試用期間が過ぎた
今でも顔が合うと
イッショウケンメイ ガンバリマス
と言って頭をさげる
あいかわらずアイスを食べている
すこし打ち解けて会話ができるようになった

アイスたべる アタマつんとする
アタマ だんだんしろくなる
ちいさなアナ あく
ちいさなコオリ うごく
ちいさなシマ みえる

あおいソラ あおいウミ
おおきなアナ あく
ちいさなコオリ とける
ちいさなシマ きえる
イッショウケンメイ ガンバリマス

白熊がどのようにガンバッテいるのか
私にはよくわからない
白熊の手はいつも濡れている
それもなぜか
私にはわからない


*


  ポストマン

そのポストマンに
ぼくが初めて会ったとき
彼はひたすら
ラブレターを書きつづけていた
その時はすでに
ポストマンではなかったけれど

いちにちに
白い氷の丘をみっつ越えるんだ
と彼は言った
手紙の宛先はひとつ
おれの行き先もひとつ
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
世界一美しい彼女
世界中からラブレターが集まる
おれの配達カバンはいつも重かった
それは石よりも重い
言葉の愛のかたまり
たくさんの体ごとの重みだから

その日もいつものように
白い氷の丘をみっつ越えた
すると目の前に
大きな川だ
こんな川がいつのまに
それとも道をまちがえたか
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
目をつぶっていたって迷うことはない
ああ、なんたるこった
川幅はどんどん広がっていくんだ
しかたない手紙はぜんぶ
紙ヒコーキにして飛ばしてやったさ
いくつかは向こう岸にとどき
いくつかは川におちたよ

その次の日もまた
白い氷の丘をみっつ越えた
もう向こう岸も見えなかった
おれは泣きながら大声で叫んだ
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
こんなにいっぱいのラブレターを
どこに届ければいいんだ
これからおれは
なにをすればいいんだ

美しいひとも
大きな赤いポストも
ぜんぶ消えてしまったんだ
とポストマン
日は昇らない日は沈まない
おおデスタン
こんどは失業したおれが
ラブレターを書くはめになった
手紙の宛先はもちろん
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
あなたは世界一美しい
あなたは
青い空と白い丘のすべて
風の道と雲のしるべ
どんなに言葉を重ねても
おれの言葉は追いつけない

白い氷の丘をみっつ越えて
毎日ポストマンは言葉を追った
愛の言葉ってどこにあるのだろうか
村に残るうたの言葉
美しいひとが歌った美しい旋律
水のうたが思い出せない
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
その村は水の中
ミス・イリナ・トゥントゥニン
もしや彼女は美しい鯨だったか
いまも返事はかえってこない

ポストマンは書きつづける
目の前には大海原
無数の紙ヒコーキが漂っている





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