秋の東北旅での話です。
10月20日 朝から。
今日は、金精峠越えで奥日光へ入り、戦場ヶ原散策の予定だったが、
1日中雨の予報では予定を変えざるを得ない。
紅葉時期の日光、いろは坂や中禅寺湖畔では車が渋滞するというので、裏から日光入りす
るつもりだったが、この雨では日光へ出かける人も少ないだろうと、表からアクセスする。
東照宮は見ているし、大阪人、そこへは行きたくない。
そうだ!大谷石。
大谷石の集落「徳次郎」を見てみたかったが、雨の中ウロウロするのも辛い。
それなら大谷寺へと・・・。
すごぃぃ、圧倒される。
九州の羅漢寺も岩を背景にお堂が建っていたのを思い出した。
堂内に大きな磨崖仏が3x3体彫られているが、こちらは撮影禁止。
何もかも大谷石で造られている。
ベンチも焼却炉も・・・。
宝物館には縄文最古(11000年前)の人骨が展示されている。
本物で撮影禁止。
20歳前後、身長154センチの男性で、昭和40年防災工事中に、お堂下150センチの
所からこの世に現れた。
手足を折り曲げた屈葬姿で、歯がきれいに残っていて驚くと同時に羨ましかった。
大谷寺のすぐ前にある大谷公園へ。
昭和23年から6年の歳月をかけて造られた26.93mの平和観音がそびえる。
はぁ~凄い!と、何を見ても。
車に戻ろうとした時、大谷寺への参拝ツアー客がやって来た。
続いて近くにある大谷石の地下砕石場跡がある大谷資料館へ。
入館料金600円を支払い、長い階段を地下30mへと下りて行く。
空気はひんやり。
この階段、手掘り時代には80キロもある石材を背負って運び出したという。
おぉ、すごぃぃ。
一般人の目に触れる事なく「未知なる空間」と呼ばれた地下砕石場跡は、
後楽園球場が一つすっぽり入ってしまうだけの大きさ・・・と、パンフに。
本格的な採掘は江戸時代中頃から始まり、機械化される昭和34年頃までの
手掘りのツルハシ跡が残る。
表面にタテの線が残っている部分は機械化されてからのもの。
プロモーションビデオの撮影が行われていた。
音響効果、いいだろうなぁ。
平均気温は8度前後で、戦時中は地下倉庫や軍事工場として、戦後は政府米の
貯蔵庫だった、大きな天然冷蔵庫。
かねてより一度見てみたいと思っていたが、雨が降らなかったら来てはいなかった。
にっくき雨続きの旅だったが、いい事もあった・・・かな?
これだけ雨が降ればさぞかし水量も多いだろうと、華厳の滝へ。
エレベーターの中も観瀑台でも外国語が飛び交う。