アスリートのプロ意識(1)―三浦知良・葛西紀明・イチロー―
2015年1月2日の夜,「レジェンド(伝説)を生きる」というNHKのラジオ番組で,「キング・カズ」(カズ)こと
三浦知良(47歳)と,「レジェンド葛西」(葛西紀明 42歳)の対談を偶然聞きました。
カズは日本で最年長のプロ・サッカー選手であり,葛西は最高齢の日本を代表するスキー(ジャンプ)の選手です。
NHKがこの二人を取り上げたのは,アスリートとしては引退してもおかしくない年齢に達しながらも,
この二人が共に現役でがんばっているからだと思われます。
年齢にこだわらず前向きに生きている二人に,現役を続けるその心境を語ってもらい,聞いている人に元気を与えて
ほしいという意図でこの対談を企画したのでしょう。
NHKの意図は良く理解できますが,二人の話を聞いていると,二人の間には違いも感じました。
葛西選手は昨年のソチ・オリンピックで個人で銀メダルをとり,団体でも日本チームに銅メダルをもたらした
原動力となりました。
つまり葛西選手は日本のジャンプ界をけん引する現役バリバリのトップ・アスリートです。
これに対してカズは,現在横浜FCというJ2(二部リーグ)に属していて,昨年は1年間に2試合,
わずか4分の出場機会しか与えられませんでした。
このように見ると,この二人が,年齢が高いにも関わらず現役でがんばっているという共通性はあるものの,
それぞれの立ち位置が違うため話す内容もかなりの違いがありました。
葛西選手は4年後のオリンピック出場への意欲を語り,さらに,これからの日本のジャンプ界はどのように
進むべきかといった広い視野からの展望を語っていました。
私も,葛西選手に次のオリンピックにも是非出場してほしいと願っていますし,彼はそれだけの実力も
気力も十分持っていると思います。
何より,年齢だから,といった観念を吹き飛ばしてくれる葛西選手を尊敬しています。
葛西選手が,いわば山の頂点に立ち,スポットライトを浴びながら自らの将来と日本のジャンプ界
についての抱負や展望を語るのは,実績から言っても当然です。
これにたいしてカズは,プロのサッカー選手ならもちろん,J1でプレーしたいと語っていました。
しかし現実は,そのJ2においてさえ,ほとんど出場できなかったのが現実です。
それでも,いつかはJ1でプレーし,さらに日本代表チームのメンバーとしてワールドカップにも出たい
という意欲を語っていました。
葛西選手との対比で言えば,カズの姿は「山のふもとから山頂を見つめつつ,それに向かって日々努力
している」というふうに例えられます。
二人の対談で私がもっとも感動したのは,次のようなカズの本音でした。
J2の試合に出れなかった選手たちは,試合のあった翌日にアマチュアのサッカー・チームや他の
J2のチーム,時にはJ1のチームと練習試合をすることになっているそうです。
そんな練習試合でもカズはベストを尽くし,サッカーができることに喜びを感じて全力でプレーをする,
と語っていました。
だから,練習試合で90分の試合時間のうち,たとえば60分で交代させられた時,監督の指示には
従いますが,やり場のない悔しさと怒りを感じるそうです。
選手交代は自分の努力でなんとかなるものではないし悔しい。しかし,”一生懸命練習したかどうかは
プロの場合関係ない。結果が全てだから”。
そんなときカズは,交代後すぐに別のグランドに直行し,とにかく悔しさと怒りが収まるまで走ります。
そうして気を静めずにはいられない心境になのだ,と正直に語っています。。
昨年の1年は,“ほとんど試合に出ることができなかったけれど,自分のできることを一つ一つ積み重ねる
ことができた,これはとても大きな成果だった”,と振り返り評価しています。
かつて,日本のJリーグ設立の立役者で,長い間“キング・カズ”と呼ばれたほどの実績も名誉もある
超一流の選手が語る,このような謙虚さと,真摯な姿勢に本当のプロ意識を感じました。
カズの話を聞いていて,いつかテレビのイチロー特集で彼が語っていた話を思いだしました。(注1)
イチロー42歳。アメリカのベースボール界の現役選手としてはもう限界と言われ続けてきました。
イチローはニューヨーク・ヤンキースに移籍して以来,代打か代走,あるいは守備固め要員として使われる
ことが多くなりました。
球場につくとまず,自分がスターティング・メンバーに入っているかどうか確認するそうです。
全く出場機会がない試合もかなりありました。
こんな不安定な状況の中で,さすがのイチローも落ち込む時もありますが,それでも日々のトレーニング
は欠かさずコツコツと行います。
試合の正確な勝ち負けは忘れましたが,ある試合ので9回の裏,スコアは1対9で,もうとっくに決着は
ついていました。
ヤンキースの監督は,現役の選手を休ませるために,代打を送ることを考えていました。このような場面では,
テストも兼ねて新人の選手を代打に送るのが普通です。
その日,イチローはそれまで全く出番がありませんでしたが,ひょっとして自分に代打の指名がくるかも
しれないと考え,その時に備えて,控室で一生懸命,素振りを繰り返してしていたのです。
そして,監督はイチローを代打に指名しました。この時,確かイチローはヒットを打ったと記憶しています。
もちろん,試合の勝敗には何の影響もないヒットです。
その時の心境をイチローは,
このような場面で代打に指名されるのは,普通に考えれば屈辱ですよね。だけど僕は,このような
場面での1打席打でも ベストのバッティングをしようとします
という趣旨の発言をしたと記憶しています。
イチローは,これまで日本だけでなく,アメリカに渡ってからベースボール史上数々の記録を塗り替えてきた,
カズと同様,超一流の選手です。
そのイチローでさえ,まるで新人のようなひたむきさと謙虚さを失っていません。
このような姿勢は,2001年、メジャーリーグで日本人選手史上初となる首位打者になりイチローが小泉内閣
から「国民栄誉賞」の授与を打診されたときにも示されました。
国民栄誉賞をいただくことは光栄だが、まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら
現役を引退した時にいただきたい
と受賞を固辞しました。
また2004年、メジャーリーグで最多安打記録を更新した時も「国民栄誉賞」の授与を打診されましたが,
この時も固辞しました。
私がこの二人を人間としてもプロとしても尊敬しているのは,通常は引退を考える年齢に達しているのに
頑張っている,という点だけではありません。
そうではなくて,むしろ私は,カズの場合には練習試合でも全力でプレーし,イチローの場合なら,試合の結果
には何の影響もない打席でも,最善のバッティングをしようとする,本当のプロ意識,プロ精神に胸を打たれます。
カズは昨年暮れに,横浜FCと2015年度の契約をしました。イチローはまだ行く先がきまっておらず,
今年も野球ができるのか,どこでできるのか分からない状況です。
二人が今後どのような道をたどるのか分かりませんが,これまでの彼らの言動は既に十分,私たちに感動
を与えてくれました。
そして,いつの日かカズがユニフォームを脱ぎ,イチローがバットを置いたとき,この二人こそ「国民栄誉賞」
を受賞するに値する人間だと思います。
その時まで,たとえ1分間だけの出場でも,練習試合でも,1打席だけのバッティングでも,プロとしての誇り
と強い意識を見せて欲しいと願ってやみません。
次回は,もう一人,私が気になるアスリート,本田圭佑を取り上げたいと思います。
(注1)イチローについてはこのブログで2013年8月27日,9月1日,9月5の3回にわたって
「イチローの本当のすごさ」という記事で詳しく書いています。
2015年1月2日の夜,「レジェンド(伝説)を生きる」というNHKのラジオ番組で,「キング・カズ」(カズ)こと
三浦知良(47歳)と,「レジェンド葛西」(葛西紀明 42歳)の対談を偶然聞きました。
カズは日本で最年長のプロ・サッカー選手であり,葛西は最高齢の日本を代表するスキー(ジャンプ)の選手です。
NHKがこの二人を取り上げたのは,アスリートとしては引退してもおかしくない年齢に達しながらも,
この二人が共に現役でがんばっているからだと思われます。
年齢にこだわらず前向きに生きている二人に,現役を続けるその心境を語ってもらい,聞いている人に元気を与えて
ほしいという意図でこの対談を企画したのでしょう。
NHKの意図は良く理解できますが,二人の話を聞いていると,二人の間には違いも感じました。
葛西選手は昨年のソチ・オリンピックで個人で銀メダルをとり,団体でも日本チームに銅メダルをもたらした
原動力となりました。
つまり葛西選手は日本のジャンプ界をけん引する現役バリバリのトップ・アスリートです。
これに対してカズは,現在横浜FCというJ2(二部リーグ)に属していて,昨年は1年間に2試合,
わずか4分の出場機会しか与えられませんでした。
このように見ると,この二人が,年齢が高いにも関わらず現役でがんばっているという共通性はあるものの,
それぞれの立ち位置が違うため話す内容もかなりの違いがありました。
葛西選手は4年後のオリンピック出場への意欲を語り,さらに,これからの日本のジャンプ界はどのように
進むべきかといった広い視野からの展望を語っていました。
私も,葛西選手に次のオリンピックにも是非出場してほしいと願っていますし,彼はそれだけの実力も
気力も十分持っていると思います。
何より,年齢だから,といった観念を吹き飛ばしてくれる葛西選手を尊敬しています。
葛西選手が,いわば山の頂点に立ち,スポットライトを浴びながら自らの将来と日本のジャンプ界
についての抱負や展望を語るのは,実績から言っても当然です。
これにたいしてカズは,プロのサッカー選手ならもちろん,J1でプレーしたいと語っていました。
しかし現実は,そのJ2においてさえ,ほとんど出場できなかったのが現実です。
それでも,いつかはJ1でプレーし,さらに日本代表チームのメンバーとしてワールドカップにも出たい
という意欲を語っていました。
葛西選手との対比で言えば,カズの姿は「山のふもとから山頂を見つめつつ,それに向かって日々努力
している」というふうに例えられます。
二人の対談で私がもっとも感動したのは,次のようなカズの本音でした。
J2の試合に出れなかった選手たちは,試合のあった翌日にアマチュアのサッカー・チームや他の
J2のチーム,時にはJ1のチームと練習試合をすることになっているそうです。
そんな練習試合でもカズはベストを尽くし,サッカーができることに喜びを感じて全力でプレーをする,
と語っていました。
だから,練習試合で90分の試合時間のうち,たとえば60分で交代させられた時,監督の指示には
従いますが,やり場のない悔しさと怒りを感じるそうです。
選手交代は自分の努力でなんとかなるものではないし悔しい。しかし,”一生懸命練習したかどうかは
プロの場合関係ない。結果が全てだから”。
そんなときカズは,交代後すぐに別のグランドに直行し,とにかく悔しさと怒りが収まるまで走ります。
そうして気を静めずにはいられない心境になのだ,と正直に語っています。。
昨年の1年は,“ほとんど試合に出ることができなかったけれど,自分のできることを一つ一つ積み重ねる
ことができた,これはとても大きな成果だった”,と振り返り評価しています。
かつて,日本のJリーグ設立の立役者で,長い間“キング・カズ”と呼ばれたほどの実績も名誉もある
超一流の選手が語る,このような謙虚さと,真摯な姿勢に本当のプロ意識を感じました。
カズの話を聞いていて,いつかテレビのイチロー特集で彼が語っていた話を思いだしました。(注1)
イチロー42歳。アメリカのベースボール界の現役選手としてはもう限界と言われ続けてきました。
イチローはニューヨーク・ヤンキースに移籍して以来,代打か代走,あるいは守備固め要員として使われる
ことが多くなりました。
球場につくとまず,自分がスターティング・メンバーに入っているかどうか確認するそうです。
全く出場機会がない試合もかなりありました。
こんな不安定な状況の中で,さすがのイチローも落ち込む時もありますが,それでも日々のトレーニング
は欠かさずコツコツと行います。
試合の正確な勝ち負けは忘れましたが,ある試合ので9回の裏,スコアは1対9で,もうとっくに決着は
ついていました。
ヤンキースの監督は,現役の選手を休ませるために,代打を送ることを考えていました。このような場面では,
テストも兼ねて新人の選手を代打に送るのが普通です。
その日,イチローはそれまで全く出番がありませんでしたが,ひょっとして自分に代打の指名がくるかも
しれないと考え,その時に備えて,控室で一生懸命,素振りを繰り返してしていたのです。
そして,監督はイチローを代打に指名しました。この時,確かイチローはヒットを打ったと記憶しています。
もちろん,試合の勝敗には何の影響もないヒットです。
その時の心境をイチローは,
このような場面で代打に指名されるのは,普通に考えれば屈辱ですよね。だけど僕は,このような
場面での1打席打でも ベストのバッティングをしようとします
という趣旨の発言をしたと記憶しています。
イチローは,これまで日本だけでなく,アメリカに渡ってからベースボール史上数々の記録を塗り替えてきた,
カズと同様,超一流の選手です。
そのイチローでさえ,まるで新人のようなひたむきさと謙虚さを失っていません。
このような姿勢は,2001年、メジャーリーグで日本人選手史上初となる首位打者になりイチローが小泉内閣
から「国民栄誉賞」の授与を打診されたときにも示されました。
国民栄誉賞をいただくことは光栄だが、まだ現役で発展途上の選手なので、もし賞をいただけるのなら
現役を引退した時にいただきたい
と受賞を固辞しました。
また2004年、メジャーリーグで最多安打記録を更新した時も「国民栄誉賞」の授与を打診されましたが,
この時も固辞しました。
私がこの二人を人間としてもプロとしても尊敬しているのは,通常は引退を考える年齢に達しているのに
頑張っている,という点だけではありません。
そうではなくて,むしろ私は,カズの場合には練習試合でも全力でプレーし,イチローの場合なら,試合の結果
には何の影響もない打席でも,最善のバッティングをしようとする,本当のプロ意識,プロ精神に胸を打たれます。
カズは昨年暮れに,横浜FCと2015年度の契約をしました。イチローはまだ行く先がきまっておらず,
今年も野球ができるのか,どこでできるのか分からない状況です。
二人が今後どのような道をたどるのか分かりませんが,これまでの彼らの言動は既に十分,私たちに感動
を与えてくれました。
そして,いつの日かカズがユニフォームを脱ぎ,イチローがバットを置いたとき,この二人こそ「国民栄誉賞」
を受賞するに値する人間だと思います。
その時まで,たとえ1分間だけの出場でも,練習試合でも,1打席だけのバッティングでも,プロとしての誇り
と強い意識を見せて欲しいと願ってやみません。
次回は,もう一人,私が気になるアスリート,本田圭佑を取り上げたいと思います。
(注1)イチローについてはこのブログで2013年8月27日,9月1日,9月5の3回にわたって
「イチローの本当のすごさ」という記事で詳しく書いています。