尖閣問題の背後で(2)-日・中・米の危険なチキンレース-
今回は前回の続きである日・中対立の陰の主役であるアメリカの戦略と,日・中・米3国の危険なチキンレースがテーマです。
まず,アメリカの日本と中国に対するスタンスを確認しておきましょう。
冷戦期のアメリカは,ソ連と対決するために,東アジアにおける基軸を確かに日米同盟に置いてきました。
そして,アメリカは中国の共産党支配体制にも警戒心をもっていました。
しかし,冷戦が終わり,中国はもはや共産主義イデオロギーと体制を広める言動は陰をひそめました。
最近では中国の経済力は急激な成長を遂げ,政治・軍事的影響力も増大しました。
アメリカは中国を力で抑えることを止め,むしろ協調する方向に転換したのです。
特にオバマ政権以降は,はっきりと日本重視から中国重視へ軸足を移しました。
アメリカの貿易相手としても,2007年くらいから,日本より中国の方が大きな比重を占めるようになったのです。
尖閣問題に関してアメリカは1996年以降,日本,中国,どちらの側にも立たないことを明言して以来,一貫してこの姿勢を維持しています。
日本は,尖閣諸島が日米安保の対象になっていることをもって,いざと言うときには中国を軍事的にも抑えてくれるだろう,
と信じていますが,はたしてそうでしょうか。
安保条約の第五条がこの点について規定していますので,少し長い引用となりますが,大切なところなので全文を下に示しておきます。
第五条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、
自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて
直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。
その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。(注1)
この条文をみると,一見,尖閣諸島およびその周辺で武力衝突が起きた場合に,アメリカは「自動的に」軍事出動するように見えます。
問題は,「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」という箇所です。これは,アメリカ議会の承認手続きを経て,ということになります。
果たして,アメリカ議会は,日本のために中国と武力衝突に踏み込むことを承認するでしょうか。ここは,大きな疑問が残ります。
次に,「日本国の施政の下にある領域」という箇所には注意する必要があります。
「施政の下にある領域」とは,法律的には,管理している領域(実行支配している領域)のことで,必ずしも「主権の下にある」とか「領土」を意味しません。
これは沖縄返還時に,尖閣諸島を含む沖縄県に属する領域の「施政権」を返還する,となっていることと同じです。
現在,アメリカは尖閣諸島が日本の「施政の下にある」ことは認めていますが「領土」であるとは認めていません。
つまり尖閣諸島は,領土としての帰属は不確定で,その領有権を日・中が係争中(つまり領土問題は存在する)であるという認識です。
すると,中国の尖閣諸島にたいする武力攻撃にたいしてアメリカが軍事行動をとるためには,法理論的には,二つの条件が満たされなければなりません。
まず,現在の尖閣諸島の問題は「領土問題ではない」(係争中ではない),ということをアメリカ政府・議会が認める必要がありますが,
これはかなり難しい問題です。
次に,「領土問題ではない」ことを認めたとして,議会が軍事介入を承認しなければなりません。
これら二つの条件は,日本政府が楽観的に考えるより,はるかに高いハードルです。
以上の3国の戦略と主張を頭において,現在,尖閣諸島を巡って展開している事態の構図を考えてみたいと思います。
結論的にいえば,この3国の言動は危険なチキンレース(チキンゲーム)に入り込んでしまった,というのが私の印象です。
以下は,私の推測によるもので,必ずしも,正しい解釈というわけではありません。
まず,日本です。日本は,尖閣諸島については「領土問題は存在しない」という前提を貫いてゆくでしょう。
9月11日に尖閣諸島を「国有化」してしまいましたので,中国がどれほど強く非難しようとも,元に戻すことはできないでしょう。
日本は,外交努力によって,できる限り対立を解決しようと努力することが最重要の解決策であると考えています。
しかし,現状では,日本は従来の立場を変えず,中国も方針を変えなければ,妥協の余地はありません。軍事衝突に向かう可能性もあります。
不幸にして中国が軍事的な攻勢をかけてきた場合,日本としては,まずは警察(海上保安庁)などで対応することになるでしょう。
しかし,それでも対応しきれない事態になると,簡単に自衛隊が出動することもできず,現在のところ打つ手はなさそうです。
政府が唯一,頼りにしているのが米軍の介入ですが,既に述べたように,これはかなりハードルが高く,実現するかどうか全くわかりません。
ちなみに,日本に駐留している米軍は海兵隊で,これは日本を守るための軍隊ではありません。
太平洋,インド洋での攻撃用の部隊で,陸上戦を闘う米軍の実践部隊は日本にはいません。
次に中国の戦略です。前回も紹介したように,中国はアメリカに,この問題に介入しないよう申し入れをしました。
アメリカもどちらの立場にも立たないという原則は述べたと思いますが,その具体的な会談の内容は公表されていません。
このような手を打っておいた上で,中国は日本にありとあらゆる方法で尖閣諸島の実行支配を,おそらく実現するまで続けるでしょう。
たとえば,台湾,香港,中国の「漁船」と巡視船を何度も何度も尖閣諸島周辺か領海内に浸入を繰り返すなどは,日常化する可能性があります。
実際,国慶節という最大の祝賀期間にも,10月2日と3日には連続して巡視船が日本の領海に浸入しました。
さらには,現在は漁業監視船や巡視船ですが,いざ上陸となったら,日本の当局(現在は海上保安庁)との衝突を想定して,
さらに軍事的な艦船を動員する可能性もあります。
中国は,アメリカの介入にはクギを刺しつつ,日本にはあらゆる手段を使って執拗に圧力をかけ続けると思われます。
中国の国家主席は軍の最高指揮官でもありますから,現主席と次期主席を怒らせてしまった軍部が,計画的にか偶発的にか軍事行動にでる可能性もあります。
しかし中国側には,軍事行動を起こした場合,本当にアメリカが本当に出動しないのか確信が持てない,疑心暗鬼があると思われます。
というのも,アメリカは尖閣諸島も安保条約の対象であることを明言しているからです。
中国は,日本との経済関係が壊れることからくるダァメージは覚悟の上のようです。
というのも,中国から見て日本の市場はそれほど大きくありませんが,日本にとって中国はかなり大きな比重を占めているからです。いわば差し違え覚悟です。
ただし,日本との関係悪化が中国の雇用問題に波及すると,国民の不満が日本と同時に政府にも向けられます。これは何としても防がなければなりません。
中国政府は,反日と愛国精神の高揚は大歓迎ですが,国民の不満が政府に向うようになったら直ちに鎮圧に乗り出すでしょう。
愛国精神と政府への不満をコントロールも中国政府のチキンレースの一つです。
アメリカは以上の日本と中国の事情をにらみつつ,自国の利益を最大限に拡大しようとしています。
日本に対しては,尖閣諸島は安保条約の対象に含まれると言いつつ,中国に対しては,領土問題には介入しないという,いわば二枚舌外交を展開しているのです。
アメリカは日本に対して,以前はソ連の脅威を,現在は中国・北朝鮮の脅威を煽っておいて,軍事基地の提供とその費用負担(75%~80%も!)
を日本に飲ませた上,巨額の兵器を購入させています。
その見返りは,日本が攻撃された場合の軍事行動を取ることですが,これは「領土問題」には適用されないことはすでに述べた通りです。
しかし,万が一,尖閣諸島で中国が軍事行動を起こした場合,アメリカは重大な局面に立たされます。
もし,中国に対して何の反撃もしなければ,日本としては,基地提供と経費負担をしているのに,何のための日米安保条約なのかと,
その存在自体が根底から疑問視されます
いくらお人好しの日本でも,この時には日米関係の根本的な見直しをするでしょう。
しかし,もし日本の側に立ってアメリカが中国に対して軍事行動を起こせば,東アジアでもっとも重視している中国との関係を決裂させることになります。
こうなると,アメリカの二枚舌外交は破綻します。
現在は,日本の手詰まり感・米軍に対する不確かな期待,中国の強硬路線とアメリカに対する若干の疑心暗鬼,
アメリカの二枚舌外交という,3者の思惑が微妙なバランスの上にチキンレースを展開していると言えます。
しかし,このバランスは非常の脆く,いつ何時,崩れるか分かりません。
尖閣諸島は,日本の国内法では疑う余地のない「日本の領土」ですが,中国も自分たちの主権を,記録に基づいて領有権を主張しているのが現状です。
そうである以上,いつまでも,「領土問題は存在しない」と対話を拒否しては,さらに深刻な事態になる可能性があります。
このような時,勇ましい発言は一時,大衆受けするかも知れませんが,どこに最終決着をもってゆくのかの明確な展望と,
確かな出口戦略がなければ,多くの国民を危険にさらすことになりかねません。
日本は中国との交渉を恐れず話し合う次期に来たと思います。
(注1)外務省のホームページ http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.htmlに日本語の全文が掲載されています。
今回は前回の続きである日・中対立の陰の主役であるアメリカの戦略と,日・中・米3国の危険なチキンレースがテーマです。
まず,アメリカの日本と中国に対するスタンスを確認しておきましょう。
冷戦期のアメリカは,ソ連と対決するために,東アジアにおける基軸を確かに日米同盟に置いてきました。
そして,アメリカは中国の共産党支配体制にも警戒心をもっていました。
しかし,冷戦が終わり,中国はもはや共産主義イデオロギーと体制を広める言動は陰をひそめました。
最近では中国の経済力は急激な成長を遂げ,政治・軍事的影響力も増大しました。
アメリカは中国を力で抑えることを止め,むしろ協調する方向に転換したのです。
特にオバマ政権以降は,はっきりと日本重視から中国重視へ軸足を移しました。
アメリカの貿易相手としても,2007年くらいから,日本より中国の方が大きな比重を占めるようになったのです。
尖閣問題に関してアメリカは1996年以降,日本,中国,どちらの側にも立たないことを明言して以来,一貫してこの姿勢を維持しています。
日本は,尖閣諸島が日米安保の対象になっていることをもって,いざと言うときには中国を軍事的にも抑えてくれるだろう,
と信じていますが,はたしてそうでしょうか。
安保条約の第五条がこの点について規定していますので,少し長い引用となりますが,大切なところなので全文を下に示しておきます。
第五条
各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、
自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。
前記の武力攻撃及びその結果として執つたすべての措置は、国際連合憲章第五十一条の規定に従つて
直ちに国際連合安全保障理事会に報告しなければならない。
その措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全を回復し及び維持するために必要な措置を執つたときは、終止しなければならない。(注1)
この条文をみると,一見,尖閣諸島およびその周辺で武力衝突が起きた場合に,アメリカは「自動的に」軍事出動するように見えます。
問題は,「自国の憲法上の規定及び手続に従つて」という箇所です。これは,アメリカ議会の承認手続きを経て,ということになります。
果たして,アメリカ議会は,日本のために中国と武力衝突に踏み込むことを承認するでしょうか。ここは,大きな疑問が残ります。
次に,「日本国の施政の下にある領域」という箇所には注意する必要があります。
「施政の下にある領域」とは,法律的には,管理している領域(実行支配している領域)のことで,必ずしも「主権の下にある」とか「領土」を意味しません。
これは沖縄返還時に,尖閣諸島を含む沖縄県に属する領域の「施政権」を返還する,となっていることと同じです。
現在,アメリカは尖閣諸島が日本の「施政の下にある」ことは認めていますが「領土」であるとは認めていません。
つまり尖閣諸島は,領土としての帰属は不確定で,その領有権を日・中が係争中(つまり領土問題は存在する)であるという認識です。
すると,中国の尖閣諸島にたいする武力攻撃にたいしてアメリカが軍事行動をとるためには,法理論的には,二つの条件が満たされなければなりません。
まず,現在の尖閣諸島の問題は「領土問題ではない」(係争中ではない),ということをアメリカ政府・議会が認める必要がありますが,
これはかなり難しい問題です。
次に,「領土問題ではない」ことを認めたとして,議会が軍事介入を承認しなければなりません。
これら二つの条件は,日本政府が楽観的に考えるより,はるかに高いハードルです。
以上の3国の戦略と主張を頭において,現在,尖閣諸島を巡って展開している事態の構図を考えてみたいと思います。
結論的にいえば,この3国の言動は危険なチキンレース(チキンゲーム)に入り込んでしまった,というのが私の印象です。
以下は,私の推測によるもので,必ずしも,正しい解釈というわけではありません。
まず,日本です。日本は,尖閣諸島については「領土問題は存在しない」という前提を貫いてゆくでしょう。
9月11日に尖閣諸島を「国有化」してしまいましたので,中国がどれほど強く非難しようとも,元に戻すことはできないでしょう。
日本は,外交努力によって,できる限り対立を解決しようと努力することが最重要の解決策であると考えています。
しかし,現状では,日本は従来の立場を変えず,中国も方針を変えなければ,妥協の余地はありません。軍事衝突に向かう可能性もあります。
不幸にして中国が軍事的な攻勢をかけてきた場合,日本としては,まずは警察(海上保安庁)などで対応することになるでしょう。
しかし,それでも対応しきれない事態になると,簡単に自衛隊が出動することもできず,現在のところ打つ手はなさそうです。
政府が唯一,頼りにしているのが米軍の介入ですが,既に述べたように,これはかなりハードルが高く,実現するかどうか全くわかりません。
ちなみに,日本に駐留している米軍は海兵隊で,これは日本を守るための軍隊ではありません。
太平洋,インド洋での攻撃用の部隊で,陸上戦を闘う米軍の実践部隊は日本にはいません。
次に中国の戦略です。前回も紹介したように,中国はアメリカに,この問題に介入しないよう申し入れをしました。
アメリカもどちらの立場にも立たないという原則は述べたと思いますが,その具体的な会談の内容は公表されていません。
このような手を打っておいた上で,中国は日本にありとあらゆる方法で尖閣諸島の実行支配を,おそらく実現するまで続けるでしょう。
たとえば,台湾,香港,中国の「漁船」と巡視船を何度も何度も尖閣諸島周辺か領海内に浸入を繰り返すなどは,日常化する可能性があります。
実際,国慶節という最大の祝賀期間にも,10月2日と3日には連続して巡視船が日本の領海に浸入しました。
さらには,現在は漁業監視船や巡視船ですが,いざ上陸となったら,日本の当局(現在は海上保安庁)との衝突を想定して,
さらに軍事的な艦船を動員する可能性もあります。
中国は,アメリカの介入にはクギを刺しつつ,日本にはあらゆる手段を使って執拗に圧力をかけ続けると思われます。
中国の国家主席は軍の最高指揮官でもありますから,現主席と次期主席を怒らせてしまった軍部が,計画的にか偶発的にか軍事行動にでる可能性もあります。
しかし中国側には,軍事行動を起こした場合,本当にアメリカが本当に出動しないのか確信が持てない,疑心暗鬼があると思われます。
というのも,アメリカは尖閣諸島も安保条約の対象であることを明言しているからです。
中国は,日本との経済関係が壊れることからくるダァメージは覚悟の上のようです。
というのも,中国から見て日本の市場はそれほど大きくありませんが,日本にとって中国はかなり大きな比重を占めているからです。いわば差し違え覚悟です。
ただし,日本との関係悪化が中国の雇用問題に波及すると,国民の不満が日本と同時に政府にも向けられます。これは何としても防がなければなりません。
中国政府は,反日と愛国精神の高揚は大歓迎ですが,国民の不満が政府に向うようになったら直ちに鎮圧に乗り出すでしょう。
愛国精神と政府への不満をコントロールも中国政府のチキンレースの一つです。
アメリカは以上の日本と中国の事情をにらみつつ,自国の利益を最大限に拡大しようとしています。
日本に対しては,尖閣諸島は安保条約の対象に含まれると言いつつ,中国に対しては,領土問題には介入しないという,いわば二枚舌外交を展開しているのです。
アメリカは日本に対して,以前はソ連の脅威を,現在は中国・北朝鮮の脅威を煽っておいて,軍事基地の提供とその費用負担(75%~80%も!)
を日本に飲ませた上,巨額の兵器を購入させています。
その見返りは,日本が攻撃された場合の軍事行動を取ることですが,これは「領土問題」には適用されないことはすでに述べた通りです。
しかし,万が一,尖閣諸島で中国が軍事行動を起こした場合,アメリカは重大な局面に立たされます。
もし,中国に対して何の反撃もしなければ,日本としては,基地提供と経費負担をしているのに,何のための日米安保条約なのかと,
その存在自体が根底から疑問視されます
いくらお人好しの日本でも,この時には日米関係の根本的な見直しをするでしょう。
しかし,もし日本の側に立ってアメリカが中国に対して軍事行動を起こせば,東アジアでもっとも重視している中国との関係を決裂させることになります。
こうなると,アメリカの二枚舌外交は破綻します。
現在は,日本の手詰まり感・米軍に対する不確かな期待,中国の強硬路線とアメリカに対する若干の疑心暗鬼,
アメリカの二枚舌外交という,3者の思惑が微妙なバランスの上にチキンレースを展開していると言えます。
しかし,このバランスは非常の脆く,いつ何時,崩れるか分かりません。
尖閣諸島は,日本の国内法では疑う余地のない「日本の領土」ですが,中国も自分たちの主権を,記録に基づいて領有権を主張しているのが現状です。
そうである以上,いつまでも,「領土問題は存在しない」と対話を拒否しては,さらに深刻な事態になる可能性があります。
このような時,勇ましい発言は一時,大衆受けするかも知れませんが,どこに最終決着をもってゆくのかの明確な展望と,
確かな出口戦略がなければ,多くの国民を危険にさらすことになりかねません。
日本は中国との交渉を恐れず話し合う次期に来たと思います。
(注1)外務省のホームページ http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/hosho/jyoyaku.htmlに日本語の全文が掲載されています。