激動する世界と日本再生の道(2)
―非核平和主義・民主主義・アジア重視―
前回は、寺島実郎著『日本再生の基軸―平成日本の晩鐘と令和の本質的課題―』(岩波書店 2020)
の前半、特に経済状況についての寺島氏の主張を、私が若干補足した上で紹介しました。
今回は政治や外交なども含めて、日本は何を大切にして未来を切り開いてゆくべきなのか、また激
動する世界の中で日本はどんな立ち位置を確立すえきななのか、に焦点をあてて寺島氏の論考を見
てみましょう。
寺島氏は、日本の未来を切り開くためには戦後日本の総体を再考し、それを未来の糧としてゆくし
かない、といいます。
そして、戦後日本が歩んできた総体を再考すると、未来を切り開く基軸として最も大切なことは戦
後民主主義を根付かせることだという。
世界の潮流の中で「日本の埋没」に対して「中国の強大化と強権化」という現実を前にして、寺島
氏は、日本人が民主主義の煩わしさに苛立ち、国権主義・国家主義への誘惑に駆られがちとなるこ
とに警鐘を鳴らしています。
筆者には、こうした誘惑は、「日本の没落」という現実を正面から認めることができず、他方隣国で
ある中国が強権的(独裁的)な政権の下で経済的にも軍事的にもますます強大化している現実に不
安と苛立ちを感じていることに由来していると思われます。
また、民主主義社会では物事を決定し実施するために多くの議論や手続きが必要となるため時間が
かり、強権体制を採る中国のように上からの命令で一挙に事が進むというわけにはゆきません。
「民主主義の煩わしさに苛立つ」とは、民主主義=非効率、強権体制=効率的という対比の中で、
中国に追い抜かれたこと(例えば2010年にGDPで抜かれたこと)対する不安と恐怖を指してい
ると思われます。
寺島氏は、そのような感情的な雰囲気を背景に、反知性主義的な言動を「素直な本音」と感じ、「ポ
ピュリズム」「大衆迎合主義・大衆扇動主義」に拍手を送り、民主主義を冷笑する風潮に引き込まれ
がちとなることに強い危惧を感じています。
とりわけ寺島氏が危惧しているのは、排外的な民族主義的思想(とそれを煽る反知性的なポピュリ
ズム)です。近年、各地で発生しているヘイトスピーチ(人種や性などに基づく個人や集団への攻
撃)は一種のポピュリズムです。
しかし寺島氏は、ここで日本が忘れてはいけない大切なことは二つあるという。
1 戦争という悲惨な代償を払って手に入れた民主主義の価値を見失ってはいけない。自分の運命
を自分で決められること、国民一人一人が思考力、判断力をもって自分が生きる社会の進路を
決められることこそ、戦後日本の宝である。
平成という時代を暗黙の裡に制約してきた「米国への過剰同調」の不幸な結末を見抜き、主体
的に未来を選択できるかが日本人の課題となる。そのために「知の再武装」がカギとなる。
2 未来への希望につながるキーワードはアジアである。
「反中国、嫌韓国」のレベルのナショナリズムではますます閉塞感に埋没するだけ。21世紀を
展望した世界史的競争力が必要。日本はアジア・ダイナミズムを吸収して活力を保つ柔らかい
知恵が必要。
上記1の「米国への過剰同調」とは、アメリカの言うことに反対せず、むしろ積極的にアメリカの
言うことに賛同し追従する姿勢を指しています。
寺島氏は随所で、日本は独立国として早くこのような対米従属的な関係を清算し、国家として自ら
の運命を決めるべきであることを主張しています。
アメリカへの「過剰同調」の清算が必要なことは独立国として当然ですが、ひたすら中国封じ込め
と北朝鮮への圧力を主張する米国内の偏狭さに追随してゆけば、日本はアジアの共感と敬愛を受け
て進むことはできない、と警告しています。
さらに「過剰同調」が抱える問題は、アメリカ自身の変質(方向転換)です。第一次トランプ政権
(2017~2021)発足とともにトランプ氏は「アメリカ第一主義」を強く打ち出しました。
ということは、アメリカに付き従っていれば安全、という考えはあまりに思慮が浅く危険です。な
ぜなら、アメリカはアメリカの利益を最優先するので、日本はいくら忠誠を尽くしても切り捨てら
れる可能性があるからです。
戦後のアメリカは、政治・経済・軍事面において世界のスーパー・パワーとして君臨してきました。
そこでは「理念の共和国」として政治的にはデモクラシー(民主主義)、経済的には市場主義の理念
を掲げてきました。しかし今は、その米国の理念も力も後退しつつある現実を重く受け止めるべきだ
という。
NATOには「加盟各国に対する軍事費のGNP比4%への増額」を日本・韓国には「米軍駐留経費
の負担増」を求める。そこにはもはや世界をリードする大国の自覚はありません。
国際連盟、国際連合は米国の主導のもとに形成された「リベラル・インターナショナル・オーダー」
(自由で開かれたルールに基づく国際秩序)が自己否定されているのです。
上記2について寺島氏は、これからの日本の未来への希望はアジアと協調し、アジアと共に栄える道
を探ることだという。したがって、「反中国 嫌韓国」などと言っている場合ではないのです。とい
うのも、日本の将来にとって、発展しつつあるアジアのダイナミズムを取り込むことが不可欠だから
です。
ただしその際、かつてのような国家神道の復権を許してはならない、と協調します。なぜならこれは、
視野狭窄な「選民意識」に立ったアジア観(日本民族は特別に優れているという観念)を助長するか
らです。
そして、日本の立ち位置として、米中対立という世界認識は正しくない。何よりも、米中ともに世界
のあるべき秩序に向けて世界を束ねる理念を見失っているから。
日本の立ち位置は「日米同盟で中国と向き合う」という路線しかないと思い込みがちであるが、これ
は正しくないと述べています。
確かに、これまでの日本は、日米同盟を強化して中国と対峙する、もっと言えばアメリカの中国封じ
込め戦略に加担することこそが日本の生きる道であると信じ、その方針で外交を行ってきました。
しかし米中とも、世界全体を束ねる理念を見失っているうえ、アメリカは、トランプが2019年に訪日
した折、「力こそ平和をもたらす」と述べたように、相変わらず軍事力への信仰を強くもっています。
また、最近の中国の動きをみても、習近平政権は急速に軍事力の強化を図っており、ここにも「力」
への強い志向がうかがえます。
寺島氏は、令和日本の最大の外交課題は「同盟の質」を再点検し、米国への過剰依存(過剰な従属)
を脱して日米関係の再設計を真剣に模索し、中国を含むアジアとの関係を大切にすべきであると主張
しますし。
「力には力で対峙する」という考えは、戦後日本が大切にしてきた価値を理解していないという。
それは途方もない犠牲を払って到達した、「武力を持って紛争の解決の手段としない」とい
う決意であり、「力こそ平和」ではなく「非核平和主義」をもって対峙する政治家がこの国
にいないことに怒りを覚える。
ここに、寺島氏は珍しく、「非核平和主義」の真の価値が分からない日本の政治家に対する「怒り」
を前面に出しています。その背景として彼は次のような事情を指摘します。
すなわち
日本のリーダーは親の地盤・看板なしに政治家にさえなれなかった弱さを感じる。同時に世
代的にも「遅れてきた青年」で政治の季節を知らず、「同好会世代」として過ごした甘さ。
これは日本の弛緩と無縁ではない。社会の構造的問題と格闘したことがない人間は私生活主
義に埋没し、簡単に国家主義、国権主義を引き寄せてしまう。
実際、日本のリーダー、何かの信念や思想があって政治家になったというより、親から地盤・看板・
カバン(資金)を「家業」として引き継ぐことができたから政治家になった「世襲議員」が多い。こ
れは特にこれまで政権を担当してきた自民党議員に顕著です。
「同好会世代」とは言い得て妙です。厳しい政治の季節とは、日本の運命を左右する問題で日本が二
分されるような状況(例えば安保闘争やベトナム反戦運動、学生運動など)を指します。
寺島氏は、「政治の季節」を知らず社会の構造的問題と格闘したことがない政治家は「ひ弱」で、政治
活動をあたかも「お友達グループ」の同好会活動のように私生活主義に埋没していると指摘しています。
筆者も、こうした政治家が簡単に「国家主義」や「国権主義」に惹きつけられてしまうことに強い危う
さを感じます。
ところで寺島氏は、世界の中での日本の主体的立ち位置について以下のように述べています。
米中力学の間で、これからの日本にとって主体的立ち位置を確立することが重要です。その際もっとも
大切なこととして、
非核平和主義を掲げアジア太平洋諸国の先頭に立つことであり、成熟した民主国家として公正
な社会モデルを実現すること、さらに技術を大切にする産業国家としてそれを支える人材の教
育に実績を挙げること。
を挙げています。
残念ながら「非核平和主義」は、今でも「核兵器禁止条約」に署名も・准もしていないばかりか、核兵
器禁止条約の締約国会議にはオブザーバーとしても参加していません。
また、日本は「成熟した民主国家として公正な社会モデル」に向かっている、あるいはそのように努力
している、と胸を張って内外にいえるだろうか。民主主義の基本である選挙の実態をみても、成熟した
民主国家と言えるかどうか疑問です。
また、企業団体献金によって政策がゆがめられ実態は、はなはだお寒い状況にあります。
産業国家の復活と、それを支える人材教育については日本なりに努力してきましたが、これまでのところ、
世界の中で日本が占める比率はずっと低下するばかりで、寺島氏はこの実態を「日本の埋没」と表現して
います。
人材教育に関しても、日本は、主に先進国で構成されているOECD=経済協力開発機構は、加盟国のうち
36か国について、社会保障費などを含む公的な支出の中で、教育機関への「教育費」が占める割合は2022
年の時点で8%と、36か国の中では、7%だったギリシャとイタリアに次いで下から3番目に低い水準でした
(注1)。
また、防衛関連の研究に対してはそこそこの助成をしていますが、将来の産業に寄与する科学技術研究、と
りわけ基礎研究に対する助成や投資は、政府も認めているように世界水準から見て低いままです(注2)。
残念ながら、寺島氏が提示した日本再生のための主体的な立ち位置のいずれも、現在の日本では満たされて
いません。
ここでは、本稿で取り上げた著作の末尾に、寺島氏と内田樹氏との対談記事の一部を以下に引用します。
--------------------------------------------------------------------
寺島 戦後日本において曲がりなりにも歯を食いしばって守ってきた立ち位置は非核平和主義です。それゆえ
一目置かれていた。10年前までは、日本を安保理常任理事国に、と考える東南アジアの有力者もそれなりにい
た。しかし今は「日本への一票はアメリカへの一票、アジアの一票にならない」と軽くいなされるような雰囲
気です。
内田 小泉内閣の時、「日本はアメリカの政策であれば何でも支持する国だ」と思われてしまった。日本が常任
理事国になっても「アメリカの票が一票増えるだけだ」という評価をされて終わった。(2005年の国連改革案で
はアジアの支持を得ることができず惨敗)。経済大国化の夢(バブル崩壊で破れる)、政治大国化の夢という二つ
の夢が消えた。あとは「何をしていいのか分からない」まま。
----------------------------------------------------------------------
寺島氏は、10年前まで日本は「歯を食いしばって守ってきた非核平和主義」によってアジア諸国から一目置かれ
尊敬されてきたが、アメリカ追従があきらかになると、日本への尊敬は消えてしまったことを指摘しています。
内田氏は、自民党の対米従属という立ち位置のため、日本はアジア諸国から尊敬されなくなり、挙句の果て「経
済大国化の夢」と「政治大国化の夢」を失ってしまったこと、そしてさらに悲劇的なことに、その結果、もう「何
をしていいのか分からないまま」現在に至っている、と語っています。
短い発言ながら、内田氏の言葉は的を射ています。それにしても、先進国の中で、議員になること、「家業」とし
ての政治家を引き継ぐことだけが目的の議員がこれほど多い国は日本以外ではありません。
今回の参議院選挙に向けて、自民党議員からは“目玉になるモノがない”、との声に押されて現金給付が急浮上して
います。
現金というエサまけば有権者はそれに食いついて投票してくれると期待する議員、あるいは現金以外に有権者に
訴える理念や政策がない、そんな低レベルの議員が政権政党に少なからずいるという実態を考えると、暗澹たる
気分になります。
日本国全体と同様に、個々のリーダーも、本当は「何をしていいのか分からない」のかもしれません。そんな政
治家に日本の将来を託すことに大きな不安を感じます。
次回に『21世紀未来圏 日本再生の構想:全体知の時代認識』(岩波書店 2024)を取り上げます。
(注1)NHK NEWS WEB 2024年9月16日 5時14分 6.7閲覧 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240916/k10014582751000.html
(注2)内閣府ホームページ https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20180913/siryo3.pdf
『CRDS(研究開発戦略センター)2024年1月12日
https://www.jst.go.jp/crds/column/director-general-room/column60.html
『東洋経済 ONLINE』2022/08/21 16:00 https://toyokeizai.net/articles/-/611965
『大学ジャーナル ONLINE』2019年4月15日
https://univ-journal.jp/25492/
―非核平和主義・民主主義・アジア重視―
前回は、寺島実郎著『日本再生の基軸―平成日本の晩鐘と令和の本質的課題―』(岩波書店 2020)
の前半、特に経済状況についての寺島氏の主張を、私が若干補足した上で紹介しました。
今回は政治や外交なども含めて、日本は何を大切にして未来を切り開いてゆくべきなのか、また激
動する世界の中で日本はどんな立ち位置を確立すえきななのか、に焦点をあてて寺島氏の論考を見
てみましょう。
寺島氏は、日本の未来を切り開くためには戦後日本の総体を再考し、それを未来の糧としてゆくし
かない、といいます。
そして、戦後日本が歩んできた総体を再考すると、未来を切り開く基軸として最も大切なことは戦
後民主主義を根付かせることだという。
世界の潮流の中で「日本の埋没」に対して「中国の強大化と強権化」という現実を前にして、寺島
氏は、日本人が民主主義の煩わしさに苛立ち、国権主義・国家主義への誘惑に駆られがちとなるこ
とに警鐘を鳴らしています。
筆者には、こうした誘惑は、「日本の没落」という現実を正面から認めることができず、他方隣国で
ある中国が強権的(独裁的)な政権の下で経済的にも軍事的にもますます強大化している現実に不
安と苛立ちを感じていることに由来していると思われます。
また、民主主義社会では物事を決定し実施するために多くの議論や手続きが必要となるため時間が
かり、強権体制を採る中国のように上からの命令で一挙に事が進むというわけにはゆきません。
「民主主義の煩わしさに苛立つ」とは、民主主義=非効率、強権体制=効率的という対比の中で、
中国に追い抜かれたこと(例えば2010年にGDPで抜かれたこと)対する不安と恐怖を指してい
ると思われます。
寺島氏は、そのような感情的な雰囲気を背景に、反知性主義的な言動を「素直な本音」と感じ、「ポ
ピュリズム」「大衆迎合主義・大衆扇動主義」に拍手を送り、民主主義を冷笑する風潮に引き込まれ
がちとなることに強い危惧を感じています。
とりわけ寺島氏が危惧しているのは、排外的な民族主義的思想(とそれを煽る反知性的なポピュリ
ズム)です。近年、各地で発生しているヘイトスピーチ(人種や性などに基づく個人や集団への攻
撃)は一種のポピュリズムです。
しかし寺島氏は、ここで日本が忘れてはいけない大切なことは二つあるという。
1 戦争という悲惨な代償を払って手に入れた民主主義の価値を見失ってはいけない。自分の運命
を自分で決められること、国民一人一人が思考力、判断力をもって自分が生きる社会の進路を
決められることこそ、戦後日本の宝である。
平成という時代を暗黙の裡に制約してきた「米国への過剰同調」の不幸な結末を見抜き、主体
的に未来を選択できるかが日本人の課題となる。そのために「知の再武装」がカギとなる。
2 未来への希望につながるキーワードはアジアである。
「反中国、嫌韓国」のレベルのナショナリズムではますます閉塞感に埋没するだけ。21世紀を
展望した世界史的競争力が必要。日本はアジア・ダイナミズムを吸収して活力を保つ柔らかい
知恵が必要。
上記1の「米国への過剰同調」とは、アメリカの言うことに反対せず、むしろ積極的にアメリカの
言うことに賛同し追従する姿勢を指しています。
寺島氏は随所で、日本は独立国として早くこのような対米従属的な関係を清算し、国家として自ら
の運命を決めるべきであることを主張しています。
アメリカへの「過剰同調」の清算が必要なことは独立国として当然ですが、ひたすら中国封じ込め
と北朝鮮への圧力を主張する米国内の偏狭さに追随してゆけば、日本はアジアの共感と敬愛を受け
て進むことはできない、と警告しています。
さらに「過剰同調」が抱える問題は、アメリカ自身の変質(方向転換)です。第一次トランプ政権
(2017~2021)発足とともにトランプ氏は「アメリカ第一主義」を強く打ち出しました。
ということは、アメリカに付き従っていれば安全、という考えはあまりに思慮が浅く危険です。な
ぜなら、アメリカはアメリカの利益を最優先するので、日本はいくら忠誠を尽くしても切り捨てら
れる可能性があるからです。
戦後のアメリカは、政治・経済・軍事面において世界のスーパー・パワーとして君臨してきました。
そこでは「理念の共和国」として政治的にはデモクラシー(民主主義)、経済的には市場主義の理念
を掲げてきました。しかし今は、その米国の理念も力も後退しつつある現実を重く受け止めるべきだ
という。
NATOには「加盟各国に対する軍事費のGNP比4%への増額」を日本・韓国には「米軍駐留経費
の負担増」を求める。そこにはもはや世界をリードする大国の自覚はありません。
国際連盟、国際連合は米国の主導のもとに形成された「リベラル・インターナショナル・オーダー」
(自由で開かれたルールに基づく国際秩序)が自己否定されているのです。
上記2について寺島氏は、これからの日本の未来への希望はアジアと協調し、アジアと共に栄える道
を探ることだという。したがって、「反中国 嫌韓国」などと言っている場合ではないのです。とい
うのも、日本の将来にとって、発展しつつあるアジアのダイナミズムを取り込むことが不可欠だから
です。
ただしその際、かつてのような国家神道の復権を許してはならない、と協調します。なぜならこれは、
視野狭窄な「選民意識」に立ったアジア観(日本民族は特別に優れているという観念)を助長するか
らです。
そして、日本の立ち位置として、米中対立という世界認識は正しくない。何よりも、米中ともに世界
のあるべき秩序に向けて世界を束ねる理念を見失っているから。
日本の立ち位置は「日米同盟で中国と向き合う」という路線しかないと思い込みがちであるが、これ
は正しくないと述べています。
確かに、これまでの日本は、日米同盟を強化して中国と対峙する、もっと言えばアメリカの中国封じ
込め戦略に加担することこそが日本の生きる道であると信じ、その方針で外交を行ってきました。
しかし米中とも、世界全体を束ねる理念を見失っているうえ、アメリカは、トランプが2019年に訪日
した折、「力こそ平和をもたらす」と述べたように、相変わらず軍事力への信仰を強くもっています。
また、最近の中国の動きをみても、習近平政権は急速に軍事力の強化を図っており、ここにも「力」
への強い志向がうかがえます。
寺島氏は、令和日本の最大の外交課題は「同盟の質」を再点検し、米国への過剰依存(過剰な従属)
を脱して日米関係の再設計を真剣に模索し、中国を含むアジアとの関係を大切にすべきであると主張
しますし。
「力には力で対峙する」という考えは、戦後日本が大切にしてきた価値を理解していないという。
それは途方もない犠牲を払って到達した、「武力を持って紛争の解決の手段としない」とい
う決意であり、「力こそ平和」ではなく「非核平和主義」をもって対峙する政治家がこの国
にいないことに怒りを覚える。
ここに、寺島氏は珍しく、「非核平和主義」の真の価値が分からない日本の政治家に対する「怒り」
を前面に出しています。その背景として彼は次のような事情を指摘します。
すなわち
日本のリーダーは親の地盤・看板なしに政治家にさえなれなかった弱さを感じる。同時に世
代的にも「遅れてきた青年」で政治の季節を知らず、「同好会世代」として過ごした甘さ。
これは日本の弛緩と無縁ではない。社会の構造的問題と格闘したことがない人間は私生活主
義に埋没し、簡単に国家主義、国権主義を引き寄せてしまう。
実際、日本のリーダー、何かの信念や思想があって政治家になったというより、親から地盤・看板・
カバン(資金)を「家業」として引き継ぐことができたから政治家になった「世襲議員」が多い。こ
れは特にこれまで政権を担当してきた自民党議員に顕著です。
「同好会世代」とは言い得て妙です。厳しい政治の季節とは、日本の運命を左右する問題で日本が二
分されるような状況(例えば安保闘争やベトナム反戦運動、学生運動など)を指します。
寺島氏は、「政治の季節」を知らず社会の構造的問題と格闘したことがない政治家は「ひ弱」で、政治
活動をあたかも「お友達グループ」の同好会活動のように私生活主義に埋没していると指摘しています。
筆者も、こうした政治家が簡単に「国家主義」や「国権主義」に惹きつけられてしまうことに強い危う
さを感じます。
ところで寺島氏は、世界の中での日本の主体的立ち位置について以下のように述べています。
米中力学の間で、これからの日本にとって主体的立ち位置を確立することが重要です。その際もっとも
大切なこととして、
非核平和主義を掲げアジア太平洋諸国の先頭に立つことであり、成熟した民主国家として公正
な社会モデルを実現すること、さらに技術を大切にする産業国家としてそれを支える人材の教
育に実績を挙げること。
を挙げています。
残念ながら「非核平和主義」は、今でも「核兵器禁止条約」に署名も・准もしていないばかりか、核兵
器禁止条約の締約国会議にはオブザーバーとしても参加していません。
また、日本は「成熟した民主国家として公正な社会モデル」に向かっている、あるいはそのように努力
している、と胸を張って内外にいえるだろうか。民主主義の基本である選挙の実態をみても、成熟した
民主国家と言えるかどうか疑問です。
また、企業団体献金によって政策がゆがめられ実態は、はなはだお寒い状況にあります。
産業国家の復活と、それを支える人材教育については日本なりに努力してきましたが、これまでのところ、
世界の中で日本が占める比率はずっと低下するばかりで、寺島氏はこの実態を「日本の埋没」と表現して
います。
人材教育に関しても、日本は、主に先進国で構成されているOECD=経済協力開発機構は、加盟国のうち
36か国について、社会保障費などを含む公的な支出の中で、教育機関への「教育費」が占める割合は2022
年の時点で8%と、36か国の中では、7%だったギリシャとイタリアに次いで下から3番目に低い水準でした
(注1)。
また、防衛関連の研究に対してはそこそこの助成をしていますが、将来の産業に寄与する科学技術研究、と
りわけ基礎研究に対する助成や投資は、政府も認めているように世界水準から見て低いままです(注2)。
残念ながら、寺島氏が提示した日本再生のための主体的な立ち位置のいずれも、現在の日本では満たされて
いません。
ここでは、本稿で取り上げた著作の末尾に、寺島氏と内田樹氏との対談記事の一部を以下に引用します。
--------------------------------------------------------------------
寺島 戦後日本において曲がりなりにも歯を食いしばって守ってきた立ち位置は非核平和主義です。それゆえ
一目置かれていた。10年前までは、日本を安保理常任理事国に、と考える東南アジアの有力者もそれなりにい
た。しかし今は「日本への一票はアメリカへの一票、アジアの一票にならない」と軽くいなされるような雰囲
気です。
内田 小泉内閣の時、「日本はアメリカの政策であれば何でも支持する国だ」と思われてしまった。日本が常任
理事国になっても「アメリカの票が一票増えるだけだ」という評価をされて終わった。(2005年の国連改革案で
はアジアの支持を得ることができず惨敗)。経済大国化の夢(バブル崩壊で破れる)、政治大国化の夢という二つ
の夢が消えた。あとは「何をしていいのか分からない」まま。
----------------------------------------------------------------------
寺島氏は、10年前まで日本は「歯を食いしばって守ってきた非核平和主義」によってアジア諸国から一目置かれ
尊敬されてきたが、アメリカ追従があきらかになると、日本への尊敬は消えてしまったことを指摘しています。
内田氏は、自民党の対米従属という立ち位置のため、日本はアジア諸国から尊敬されなくなり、挙句の果て「経
済大国化の夢」と「政治大国化の夢」を失ってしまったこと、そしてさらに悲劇的なことに、その結果、もう「何
をしていいのか分からないまま」現在に至っている、と語っています。
短い発言ながら、内田氏の言葉は的を射ています。それにしても、先進国の中で、議員になること、「家業」とし
ての政治家を引き継ぐことだけが目的の議員がこれほど多い国は日本以外ではありません。
今回の参議院選挙に向けて、自民党議員からは“目玉になるモノがない”、との声に押されて現金給付が急浮上して
います。
現金というエサまけば有権者はそれに食いついて投票してくれると期待する議員、あるいは現金以外に有権者に
訴える理念や政策がない、そんな低レベルの議員が政権政党に少なからずいるという実態を考えると、暗澹たる
気分になります。
日本国全体と同様に、個々のリーダーも、本当は「何をしていいのか分からない」のかもしれません。そんな政
治家に日本の将来を託すことに大きな不安を感じます。
次回に『21世紀未来圏 日本再生の構想:全体知の時代認識』(岩波書店 2024)を取り上げます。
(注1)NHK NEWS WEB 2024年9月16日 5時14分 6.7閲覧 https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240916/k10014582751000.html
(注2)内閣府ホームページ https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/yusikisha/20180913/siryo3.pdf
『CRDS(研究開発戦略センター)2024年1月12日
https://www.jst.go.jp/crds/column/director-general-room/column60.html
『東洋経済 ONLINE』2022/08/21 16:00 https://toyokeizai.net/articles/-/611965
『大学ジャーナル ONLINE』2019年4月15日
https://univ-journal.jp/25492/