中山道ひとり歩る記(旧中山道を歩く)

旧中山道に沿って忠実に歩いたつもりです。

・芭蕉の道を歩く
・旧日光街道を歩く

関が原宿(旧中山道を歩く 275)

2011年10月26日 09時47分02秒 | 6.美濃(岐阜県)の旧中山道を歩く(210~2


(関が原宿東の若宮神社)

(関が原宿2)
若宮八幡神社にきて、時計を見るとお昼近いので、
日陰に腰を下ろして昼食にする。

胸の期待は、有名な関が原古戦場を午後から半日掛けて、
観光して廻ることである。
少し距離がありそうであるが、見たいのは東西の首塚、
徳川家康の本陣跡、歴史資料館、笹尾山の石田三成陣地、
宇喜田秀家陣跡など。

広重描く浮世絵「木曽海道六拾九次之内 関か原」の
中山道広重美術館の説明文によれば、
(石田三成率いる大阪方と徳川家康とが、
豊臣秀吉没後の覇権を争った地として著名なここ関が原は、
北国街道との分岐点でもある交通の要地でもあった。
関が原の戦いの史跡をはじめ、
絵のモチーフに富んでいるこの宿場の図として、
広重はあえてなのだろうか、
茶店ののどかな様子を選んだ。
提灯には「名ぶつさとうもち」、
看板には「そばぎり」「うんどん」とも記されている。
店内では、草履や笠、扇も売っているようである。
店先の縁台にはそれぞれ客が座っており、
一人は名物のさとう餅に、今まさに箸をつけるところである。
旅先での楽しみはこれに尽きるといった表情。
店の女性はお茶をお盆に載せて、
もう一人の客に注文を聞いている所だ。
季節は春、茶店の傍らの梅ノ木は花をつけている。)とある。

関が原という殺伐としたイメージの古戦場に対し、
いかにものどかな風景を描ききることで、
ゆるぎない平和を強調したのだろうか。


’広重描く浮世絵「木曽海道69次之内 関が原」)

関が原宿には若宮八幡神社が東西に二箇所あり、
今、ボクが昼食をとっている若宮八幡神社は、東のものである。
関が原宿は西の若宮八幡神社との間に挟まれている。
道路を西に進むと、味噌醤油の製造所であろう、
宿場らしい古い建物の壁に消えそうな文字で、
「たまり」と書かれている。

「たまり」とは名古屋でいう醤油のことである。
味噌を作り、その味噌の上に溜まる液、
つまり醤油のことを、「たまり」という。
今はどうか知らないが、ボクが子供の頃は、
醤油といえば「たまり醤油」が出てくる。
すし屋へ入って、「たまり醤油」をつけて食べられない人は、
「たまり」を区別して「江戸むらさき」といったように記憶している。
名古屋の人は「たまり」が当たり前になっているので、
寿司でも刺身でも「たまり」をつけて食べる。

見た目には、どろっとして、とんかつソースのようである。
味は塩辛そうに見えるが、意外に甘みがあり塩辛くない。
漬物にもかけていただく。

初めての人はちょっと抵抗がありそうである。


(「たまり」看板の跡が残る家)

旧中山道は国道21号線と合流していて、
若宮神社の前の通りを、先に進むとJR関が原駅に入る道がある。
その先に右手に屋根つきの門があり、
元脇本陣であったところである。
黒々と脇本陣と書かれた木札が門の左側に架かっている。
門前右側には、「至道無難禅師誕生地」の石碑が建っている。


(脇本陣跡、右側に「至道無難禅師誕生地」の石碑)

至道無難禅師(1603年~1676年)は、
(誰にでも分かるやさしい日本語で、
単刀直入に禅の核心を説いた人である。
愚堂国師の教えを受け、ついに臨済宗妙心寺派の高僧となり、
江戸において寺の建立や再建をし、
大名や世人から大変尊敬された。)(関が原町役場)とある。

江戸において寺の再建などしたとあるが、
東京で臨済宗妙心寺派というのは、まだ見たことがない。
どちらかというと真言宗豊山派が今のところ多く見られる。

さらに先に行くと365号線と交差する信号がある。
この道を右に行けば北国街道で、北陸金沢に行く。
信号手前には「返照山 円龍寺」と「真宗大谷派 宗徳寺」がある。
「円龍寺」の門前には「明治天皇御膳水」の石碑があり、
「宗徳寺」の境内には、「明治天皇関が原御小休所」の石碑がある。

明治天皇がご巡幸の折、宗徳寺でお休みになり、
円龍寺のお水を使ってお茶にされた。
(さもなくば、そのまま水を召し上がられた)
と言うことであろう。
宗徳寺の小休所もいかにもそれらしい休息所に見えた。

(*)御膳水=神に捧げる水のこと、
  転じてうやうやしい人に捧げる水をいう。

信号先には宿場らしい家屋が散見されるが、
先ほど通ってきたJR関が原駅に入る道に戻り、
駅に向うと、駅前に観光案内所があるので寄って、
関が原の案内地図を貰い古戦場を歩くことにする。


(365号線の信号、先に宿場らしい建物。右へ行けば北国街道)


(円龍寺の明治天皇御膳水の石碑)


(宗徳寺入り口)


(本堂脇の明治天皇御小休所の石碑と休憩場所)


(駅前の関が原古戦場の案内看板)






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