中山道ひとり歩る記(旧中山道を歩く)

旧中山道に沿って忠実に歩いたつもりです。

・芭蕉の道を歩く
・旧日光街道を歩く

ナポリを観ずして「結構」と言うなかれ(南イタリア紀行8)

2006年09月26日 08時55分10秒 | 南イタリヤ紀行(陽光にさそわれて)
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(カメオ)

(ナポリを観ずして「結構」と言うなかれ)

ナポリと名前を聞いてすぐ思い出すのが、
日本製パスタのナポリタン。
ナポリについて少し知識ある人は、ピザのマルゲリータ。
このマルゲリータはボクたち夫婦の大好物である。
イタリアンレストランに入ると、
1) まず野菜サラダ、これは苦味が少しあるルッコラが
           入っていないといけない。
2) 次がピザのマルゲリータ、モッツアレチーズとトマトとバジルが
   程よく混ざっているのが美味しい。
3) つぎが茄子とベーコンのトマトソースのパスタ、
           すこしピリ辛が良い。
4) 最後にエスプレッソのコーヒー、砂糖とミルクを入れる。

コーヒーを除き、一人前を二人でシェアするのが、
われわれにはほど良い量である。
十年ほど前にイタリア北部を訪ねたときは、
ガイドさんに聞いたら、ソフトドリンク、
次にパスタ、サラダ、これは前菜で、
メインは肉か魚、
デザートには甘~いケーキにコーヒーが普通と言われ、
その通りに注文したら
一人前分余ってしまった苦い経験がある。
挙句の果てにレストランのオーナーシェフが日本人びいきで、
頼んでもいないのにアルコールは無料にしてくれて飲み放題。
ウエイターががんがん注いでくる。
これには参った。
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(ピッツア マルゲリータ)
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(野菜サラダ)
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(デザートのケーキ)

外国で困るのは食事の量の問題で、
外国人、特に白人系の国では、
およそ日本人の三倍くらいの量を食べるようだ。

何回もその量で困った経験がある。
カナダ、アメリカ、オーストラリア、
ここイタリアでも体験したが、おおむね一人前分余ってしまう。
ホテルへ帰って、食べるわけでもないのに、
余り物を持ち帰る英語を使いたいばっかりに、
格好つけて、ドギイバッグ(doggie bag)に入れてもらった。

今になっても「食べ物の量はどの位?
ボクには多すぎるのではないか」という
英語が思い当たらない。

信州へ旅した時、蕎麦屋さんに入って、
「ここの蕎麦の大盛りはどの位の量ですか?」
店員さんが答えて言う
「大盛りは1キロあります」
なぜこんなことを聞いたかというと、
メニュウに(中盛り)があったからだ。
このように答えてくれれば、どんなにそば好きのボクでも
(大盛り)を食べきれないことぐらい解る。
こんな会話ができる英語を是非教えて欲しいものである。
(どなたか適切な英語を教えていただけませんでしょうか?)
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(ポンペイから見たベスピオ山)

「ナポリを観ずに死ぬな!」
「ナポリを見ないで結構と言うなかれ!」で代表されるナポリは、
ベスビオ山を含む海岸線の市街地の美しさを言うのであろうが、
ボクには特に感慨はなかった。

ナポリには二回目の訪問だったからであろうか。
どちらかと言うと
スペインのコスタ・デル・ソルの白い街ミハスや
イタリアにアルベロベッロ、日光、
トルコのカッパドキアのほうがはるかに感動した。

それより感動するものがナポリにはある。
それはベスビオ山の噴火によって埋まったポンペイの街である。
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(ポンペイの遺跡)



洞窟住居とマザコンとトイレチップ(南イタリア紀行7)

2006年09月21日 11時31分36秒 | 南イタリヤ紀行(陽光にさそわれて)
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(世界遺産:マテーラの洞窟住居)

(マテーラの洞窟住居とマザコンのイタリア男性とトイレチップ)

苦労して授かった子供の、
健やかな成長を願って明治神宮にお宮参りをした。
抱えている子供の重みもあり、
一休みしたベンチには、
目の前にまもなく花開く菖蒲の池があり、
木陰で涼しい風が吹いていた。
隣のベンチでは外国人女性が日陰で
せっせと編み物をしている。
そのお子さんであろう男の子が二人、
道の砂利をすくっては池に投げていた。

参詣を終わった一団が、
子供たちの近くを通りかかったとき、
母親の女性が静かに何か一言、
子供たちに向かって言うと、
楽しそうに砂利を池に投げていた子供たちはさっと遊びをやめた。
回りの人に迷惑になる砂利投げの遊びをやめさせたのである。

この様子をカミさんと眺めていたボクは、
「子供をあんなふうに躾けようね!」と
カミサンに話したことを覚えている。
がなりたてて「やめなさい!」ではなく
「迷惑がかかりますよ」と静かにいえば、
やめる子供にしたいと思ったのである。

前置きがやや長くなった。イタリア語に
「マンマ ミーア!(Mamma Mia!)」と言う言葉がある。
これは英語の
「オーマイ ガッド(Oh my God!)」と
同じ意味を持つ。
キリスト教が多数の英語圏では、
神は絶対の存在で、
神様でもどうしようもないこと起こると発せられる言葉です。
イタリア語圏ではおかあさんが絶対らしく、
神様の代わりに
「Mamma Mia!」と
お母さんが出てくる。

どうしようもないトンデモもないことが起きて、
「神様!どうしましよう!」→{神様もどうしようもない}→
「なんてこった!」となる。

「Oh My God!」=「Mamma Mia」で、

「かあちゃん!なんとかして」→「かあちゃんもどうしようもない」→
「なんてこった!」になる。

イタリアでは神様とかあちゃんが同格なのだ。
考えてみれば日本も同じかも。あるいは全世界同じかもしれない。

第二次世界大戦の特攻隊で戦死する時、
「天皇陛下ばんざーい」といったというが、
あれは作り話で本当のところは
「かあちゃん!」「おかあさん!」「おっかさーん」と
言ったというのが正しいというのである。

「神様!仏様! おっかさん! てえへんだ!」となるのである。
母がもつ子供への愛情は、
子供が一番良く知っているし、
子供のためなら、火の中水の中を厭わないからであろう。
子供への愛情は、
まさに山よりも高く、海よりも深い。

話がそれてしまったが、
イタリア男性はマザコンが多く、
そのため「Oh My God!」でなく
「Mamma Mia!」に
なっているというのだ。

(本当のところは、どうも解からないが)
結婚してからでも、何かことがあると、
カミサンに相談するのではなく、
まず、お母さんに相談するという。
イタリア男性のマザコン振りがうかがえる。

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(マテーラの洞窟住居)
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(住居の中の道路)
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(煙突1)
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(煙突2)
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(教会も見える)

さて、トンガリ帽子のアルベロベッロを後にして、
観光バスは
70キロ北上して、世界遺産 マテーラの洞窟住居へ向かう。
大理石でできた大きな山をくりぬいて、
横穴式洞窟を掘り住居にした。
何階建てになっているのかわからないし、
住居は山すそから順に出来たのか
山頂が最初だったのかわからないが、
非常に複雑にビルディングのようになっている。
壁一つ隔てて隣があり、屋上に家があるかと思えば、
屋上は道路になっている箇所もある。
道路の脇には階下の煙突が何本も出ていたりする。
そしてその集合体が山になっており、
屋上の通路は迷路のように
複雑であるのに車も通ることが出来る。
当然、その山の住居の中にはお店もあり、
教会もある。

住居は洞窟であるから狭いし、
日の光も無いように思われるが、
採光も考えられており、下水も設置されている。
狭い中に家畜も飼っており、
子供たちはタンスの引き出しを
ベッド代わりにするなど狭い部屋を工夫して使用したようだ。
まさしく世界遺産にふさわしい不思議な光景だ。
言葉で説明するより写真をご覧いただくほうが手っ取り早い。
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(明り取り窓)
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(ベッド下の子供用ベッド)
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(タンスの最下段の引き出しが子供用のもう一つのベッド)
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(家畜はロバ鶏などが同じ家の中にいた)
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(下水溝)
洞窟住居を後にナポリに向かう。
その前に「バール(Bar)」に寄って
トイレ休憩だ。
もちろんトイレチップが取られる。

バールは日本で言えば喫茶店のようなもので、
軽い食事も出来れば、
お茶でも良いし、夕方には一杯やる人たちで溢れる。
そこのトイレを借りるのであるが、
コーヒー一杯飲めばトイレ代はタダ。
つまり、コーヒーやケーキを食べたお客さんが
トイレを使うのは無料と言うことだ。
トイレだけのお客様にはトイレチップをいただく。
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(バールの様子1)
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(バールの様子2)
日本人観光客はこのトイレチップに
違和感を持っている人が多い。
日本にはトイレチップの習慣がないことにも一因はある。
しかし、理屈を言わしてもらえば、
品物を出されて代金を出すというのは理解できる。
トイレの場合は、物を出しているのはわれわれであり、
出したものに対する代価は
お店側が払うのが当たり前なのだ。

少なくとも肥料にはなるからだ。
が、お店側にも理屈はある。
トイレにも経費が掛かっているからだ。
電気代、水道代、汚せば清掃代、使用する紙代、
ドアー開閉による磨耗を考えれば、
いつか部品交換が必要、人件費、などなど。
日本では、喫茶店の商品にその費用は転化されているだけのことである。
一杯350円(180円もあるが)のコーヒーも
原価はせいぜい10円くらいのものだ。
それから比べれば、
イタリアのコーヒー一杯1ユーロ(150円)
のほうがよほど良心的といえる。
その代わりトイレだけの場合は料金をいただく。

それでも貧乏人のボクたち夫婦は一杯のコーヒーで、
二人分の用を足してきたから、

しめしめと言うところか・・・



トンガリ帽子の三角屋根、アルベロベッロ(南イタリア紀行 6)

2006年09月13日 08時22分13秒 | 南イタリヤ紀行(陽光にさそわれて)
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(アルベロベッロ)

(トンガリ帽子の三角屋根、アルベロベッロ)

シチリアのリゾート中のリゾート(タオルミーナ)を出て、
メッシーナからフェリーに乗りメッシ―ナ海峡を渡る。
バスごと船に乗り対岸のヴィラ・サンジョバンニに到着。
わずか数十分の船旅であった。

気が付くともうお昼で、レストランに寄り昼食。
(タグリオーニ・パスタ『どんなパスタだったか忘れてしまった』と
シーフード・フリット『魚介類のフライ』を戴く。)

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(タグリオーニ・パスタ)
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(シーフード・フリット)

イタリア半島の長靴の足の裏を海岸線に沿って北上する。
サッカー日本代表の中村俊輔が移籍したレッジーナが本拠にしている
レッジ・ディ・カラブリア(地名)を通過していく。
すこぶる田舎町に住まいを決めた中村俊輔は、
もくもくとトレーニングに励み、
数少ない街の商店のおばちゃんからも
気さくに声をかけられる存在であったという。
この緑一杯の丘陵地帯で、中村俊輔のランニング姿を想像すると、
さもありなんと納得できる彼の人柄を感じさせる――そんな
ひなびた地域をバスで通過する。

長い道のり、南イタリアの風景を楽しみながらバスに揺られ、
夕刻になって、
トンガリ帽子の三角屋根で有名なアルベロベッロへ到着。
ホテルから、三角屋根のお伽の国まで散歩する。
ぽつりぽつりと降り出した雨が、本格的になってきたが、
明日朝のうちにおとぎ話の街を見学するので、
場所だけを確かめた。
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(夜のトンガリ帽子の屋根)
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(お伽の国の中)
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(トンガリ帽子三個で一軒)
街の一角がなるほどおとぎ話の中に
入り込んだのかと錯覚するような家が並んでいる。
三角帽子は三つで一軒。
土産物屋さんがあって、中を見学させてもらうと、
中は結構広くできている。
階段を登ると屋上にも出られ、周りの三角屋根が見渡せる。
建物の屋根も壁も床も全てが大理石で出来ている。

ホテルのディナーにワインを頼んだら、すこぶる美味しかった。
話によれば
イタリアのワインが作られたのはこの地方が最初とのこと。
だから美味しいワインが出来るらしい。
お土産にこのワインをと思い
のちほどラベルを調べておこうと考えたが、
美味しいワインを飲みすぎて
すっかり忘れて眠ってしまった。

翌朝、食事前に昨夜訪れたトンガリ帽子の家並みを見学に行く。
入り口にはドアがない家もあり、
暖簾というかカーテンが掛かっており、
歩く人たちの声が中に響くので
静かに散歩して欲しいと注意があったが、
地域の生活を乱すような
大声は避けたい気持ちになるほど静かだ。

歩いているとカーテンが押しのけられ、深い皺を刻んだ、
これぞイタリアンを思わせる老婆の顔が出てきて、
目が合うや否や、
「ボン ジョルノ」と笑顔で声をかけられた。
外国人は知らない人とでも目が合うと声をかけるー
挨拶をする習慣があるのだろうか?
こんな時ボクはいつも日本語で応える。
「おはようございます」
老婆のニコッとした笑顔がカーテンの中に隠れた。

(しまった!旅の記念に写真を一枚!と話せばよかった)
と思ったが後の祭りである。
旅に出ると時々こんな場面に出会うが、
一度としてうまく行ったためしはない。
追いかけてお願いするとなにやら
「造ったすまし顔」に」なってしまうからだ。

それにしても目が合うと、間髪を入れず挨拶をするというのは、
生まれながらに身につけたものに違いない。

紳士、淑女たる第一は微笑を絶やさない、
第二に挨拶ができる、である。
彼らはこの原則を子供のときから、
しっかり身につけているに違いない。
そんなことを知らないで、初めてアメリカに渡った時、
道路の右と左を歩いているのに、
チラッと見た道路の向こう側のお嬢さんと目が合った途端、
「ハーイ!」と手を大きく振られたのには面食らった経験がある。
おおらかで良い印象であった。

脱線してしまった。話を戻す。
トンガリ帽子の三角屋根の街を、しばらく散歩してホテルに帰り、
あわただしい朝食を済ますと、
次の観光場所 世界遺産の洞窟住居 
マテーラヘの移動が待っていた。




タオルミーナのギリシャ劇場(南イタリア紀行5)

2006年09月07日 08時19分47秒 | 南イタリヤ紀行(陽光にさそわれて)
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(リゾートの中のリゾート シチリア)

(タオルミーナのギリシャ劇場)
シチリアは島全体がリゾートであるが、タオルミーナは
別荘地の中の別荘地といえる。
海から切り立った崖の上に建っているホテルに宿泊したが、
ホテルの窓から身を乗り出せば、断崖絶壁のはるか下のほうに、
波が打ち寄せ岩に砕け、轟くような白い大きな波濤が幾重にも
重なって見える。その先の長い大きな浜辺には、波が大きく
打ち寄せ、また引いていく景色が見える。
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(リアス式海岸で左下は海)
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(切り立ったがけの上から海を臨む)
映画「グランブルー」の舞台となったシチリアを代表する
別荘地と言うのだが、
あいにく「グランブルー」なる映画を見ていない。
リゾートとして有名なフランスのニース、
スペインのコスタ・デル・ソルなどとは違った美しさを見せる。

映画「グランブルー」もイタリア旅行から帰ったら
見ることにしようと思いながら、いまだに見ていない。
映画の画面の中では、観光地は最も美しい場所を、
最も美しく見える時間帯に撮影するのであろうから、
よほど美しいに相違ない。

以前イギリス旅行をしたときも、
オックスフォードで「ハリーポッター」の
第一話(賢者の石)にでてくる学生食堂を
観ることが出来る場所がありますので
見学しましょうと言われて、
他のツアー客は「行きましょう!行きましょう!」と賛成したのに、
映画を見ていないボクは
(童話のような魔法使いの物語)なんてつまらないと思いつつ、
行くところがないから、一緒について入り、
食堂の写真をビデオで撮って帰ったら、
子供夫婦や孫達にすごく喜ばれたことがある。
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(ハリーポッターに出てくる学生食堂)
その後でDVDを借りてきて、
映画「ハリーポッター(賢者の石)」を観た。
感想としては、娯楽映画としては、
奇想天外でとても面白い映画であった。
映画「グランブルー」も
きっと美しい画像と共に楽しい映画と思われる。
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(市街の様子)
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(路地の細道)
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(街の様子)

そんなホテルに入る前に、タオルミーナの市街を観光。
300メートルほどの街の中心街を散策、
表通りのお菓子屋さん、
酒屋さん、民芸品店、古代ギリシャの劇場跡、
裏通りのお店や喫茶店、などを
日本人が一団で覗いて歩く。
アイスクリーム屋さんでは、喉が渇いたカミさんが、
アイスクリームを欲しがる。
購入しようとお店に入ると、
なんと12種類ほどのアイスクリームがあり、
どれか選んで買うらしいが、
なにぶんボクはアイスクリームが好きでないから、
どれを選んでよいやら解らない。
カミさんは話が出来ないからもじもじしているだけ。
第一値段が書いていないから、
値段も聞かなければならない。

色を見ればイチゴとかオレンジとかバニラとか
何とか解るが、他は訳が分からない。
たった一つだけ書いてある文字が読めるものがあった。
シチリアと書いたアイスだ。
きっとシチリア風という意味だろう。
色は白く、なかにぶつぶつくるみ様のものが入っている。
指差して買ったら、
くるみようのものはアーモンドであった。
カミさんが「おいしい」と言いながら、
「食べて見ます?」というので、
一口なめてみるとなるほど、甘すぎず上品な味であった。

食べ物の話が多くなってしまったが、
古代の石造りのギリシャ劇場は、
ギリシャで完全な形の劇場を見たことがあるが、
全く同じ構造になっていたと思われる。
また同じものはローマでもトルコでも、観ることが出来た。
ローマ帝国の勢力が及んだヨーロッパの各地で
同じものを観ることが出来るだろう。

今回見るギリシャ劇場は、
丘陵地の頂上に建てられており、空と海、
そしてエトナ山を背景に建っているが、
壊れた石垣の間から見る、
リゾートの景観はとても美しく、
これだけはヨーロッパのどこの劇場にも引けはとらない。
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(ギリシャ劇場)
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(劇場の観客席、階段式のところは男性の席、
女性はその上の立見席しかなかったと言う)
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(劇場の舞台側から写真を撮る観光客)

夕食はカジキマグロ料理と言うので期待していたが、
何のことはないぶつ切りのカジキマグロの焼き物で、
塩味がついているわけでなく、
無味乾燥で、塩を振って食べたが、
ワインで喉に流し込むばかりであった。
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(カジキマグロ料理 カミさん写す)

追記:つい最近、DVDを借りてきて、
映画「グランブルー」を観た。
明るい太陽を受けたシチリアの美しい海岸と海とホテル、
映像はとても美しいものであるが、
物語の内容は意外に深刻なものであった。
グランブルーの海にどのくらい深く潜水できるかを競う話で、
ある一定の限度を越えると生命が危ない。
それを承知でチャレンジする人たち。
神のみが知るその先の世界への挑戦者は、
やはり神のたなごころの中にあるという、
少し考えさせられる映画であった。


オレンジと古代の大きな別荘の跡(南イタリア紀行4)

2006年09月01日 08時20分44秒 | 南イタリヤ紀行(陽光にさそわれて)
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(カザレの別荘跡の案内図) 

(オレンジと古代の大きな別荘の跡)
三日目はピアッツア・アルメリーナへ約100キロ走り、
映画「グランブルー」の舞台となったシチリアを代表する別荘地
タオルミーナへ。
途中、古代モザイク画が残されている
世界遺産「カザレの別荘」を観光。

シチリアはそもそもがリゾートである。
この二月の時期はまだ早く、
ホテルも空いているが、
三月に入るとヨーロッパの人たちが、
どっと押し寄せホテルは満室となるという。
リゾートとして混雑する前の閑散期に
あっちこっちを観たがる日本人観光客が押し寄せる。
つまり閑散期の穴埋めに日本人達がいるのだ。
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(美しい丘陵地帯)
海岸線を走った昨日とは打って変わり、
本日は内陸を走る。
なだらかな丘陵地帯を走って、野原の茂みの中に
その世界遺産「カザレの別荘」はあった。

車を止めて遺跡の入り口までしばらく歩く。
道の両側に背の低いオリーブの木が生えており、
熟した黒い実をつけている。
食べられそうに見えるオリーブの実を取って、
口に入れようかどうしようか迷っていると、
いかにも農夫らしい男性がミカン様の実を手に持って、
歩いている人全員に試食を勧めている。
例によって物売りである。無視して遺跡の方向に進む。
前回の乞食の婆さんの件(南イタリア紀行2参照)もあるので、
ツアー客はみんな素知らぬ顔で通り過ぎる。

「カザレの別荘」は優に500坪はあるかと思われるほど広い。
お風呂、居間、室内競技場など見て回ったが、
全ての床はモザイクで描かれている。
どれもモザイクとしては良く残っている。
オデッセイの物語を描いたもの、
水上の生活を描いたもの、水中の様子(魚など)を描いたもの、
どれもこれも感心する。
日本では見ることが出来ない。
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(モザイク床)

モザイク画はトルコのモスクの壁に
描かれたものを観たのが始めてであったが、
今回は床に描かれたもので、当時は床の上を何人もの人が歩いて、
モザイクが磨り減ってはいるが、良く残ったものと感心する。
古いモザイク画の床を持つ別荘を一巡して外に出る。

待っている観光バスまでの道のりを、
オリーブ並木に囲まれて歩きながら、
(出来るときにやらなければ悔いが残る)とばかりに、
脇の木から黒いオリーブの実を一つ取って口に入れた。
いつも食べるオリーブのピクルスを想像していたら、
似ても似つかぬ味であった。
回りの仲間達が興味深そうにボクの顔をき込んでいたが、
ボクが「渋いっ!」と吐き出すのを見てげらげら笑った。

ボクは思う。
(なまこや、その腸のこのわた)を始めて食べた人の勇気を。
果物ではドリアン、
発酵食品では納豆をはじめて食べた人の、
その勇気を感じたものだが、
ボク自身そんな冒険者の気分である。

その日の翌朝、浅い夢を見た。

《オリーブの実を(ああ 美味しい!)と言って、
にこやかに飲み込んで見せた夢だ。
周りの仲間達が競って黒オリーブの実を手にとって、口に入れる。
次の瞬間、みんなが渋そうな顔をして、
(べっべっ)口からオリーブを吐き出している夢だ。
(わっはっはあ!!!)お腹を抱えて笑ったところで目が覚めた。》

意地悪な夢だ。

話を戻す。
口の中にオリーヴの渋さが残っており、弱っていると、
往路にいた農夫がしきりにみかんの試食を進めている。
お口直しにともらって食べたら、これがすこぶる美味しい。
カミさんに「すごく美味しいよ!」と勧めると、
周りのみんなが競って試食した。
カミさんも食べてみて、(おいしい)と言う。

すかさずボクが、
(いくら?)と聞くと(1ユーロ)と言う。
一個かと思い、
(えっ?)と聞きなおすと、
ビニール袋を持ち上げて、
(1ユーロ)と言う。
袋を持ち上げてみると、6個は入っている。

6個147円は安い!
東京ではスーパーマーケットで買っても一個200円だ。
1ユーロ出して早速買った。

さて、これがシチリアで食べたオレンジである。
オレンジは普通切ると中身はオレンジ色である。
当たり前のことだ。
ところがシチリアのオレンジは中が赤い。
赤い身のグレープフルーツに似ているが
色はもっと透明で鮮やかである。
グレープフルーツより酸味が少なく甘くておいしい。

翌朝、ホテルの食堂を見渡すと
フレッシュ・オレンジジュースと書いた機械が置いてある。
横に昨日と同じオレンジが山と積んであり、
機械の下には絞りかすのオレンジが
これまたタップリバケツの中にある。
機械をどのように使うのか解らないので、
あれこれ眺め回していると、
イタリア人らしき客が来て、
オレンジを機械の上部から一個づつ入れていくと、
下のほうからジュースが出てくる。
三個入れるとコップ一杯分の
フレッシュジュースが出来上がる。
何のことはない、コーヒーメーカーみたいなものだ。

右へ習えで、ボクが試し、
カミサンの分と二杯ジュースを作ると、
ボクの後ろに日本人旅行客が並んでいる。
カミサンにジュースを渡すと、
あのオレンジの機械はどのように
ジュースを造るのかとご質問である。

そこまで観察していなかったので、
もう一杯ジュースを作りに行く。
一個オレンジを入れて機械を見ていると、
機械の中に入ったオレンジは、
すぐに二つに切られ、
奥まで進むと両側から切られたオレンジが押し潰されて
ジュースが出来る仕組みになっている。
三個分で200CCのジュースが出来る。

しかし、あのオレンジの味は忘れられない。
あのオレンジのために、
また来年の二月にシチリアに行きたいものである。
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(昼食はコトレッタ・アッラ・シチリアーナ【シチリア風カツレツ】カミさん写す)
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(順序が逆であるがスープ)