鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

帰雁図鐔 Tsuba

2011-08-24 | 鍔の歴史
帰雁図鐔 (鐔の歴史)


帰雁図鐔 山城國伏見住金家

 この鐔の表裏の題は、正確には違っている。大徳寺塔頭養徳院に伝えられた宗湛・宗継筆の襖絵(延徳二年・1490)にみられるような帰雁図を表にし、裏はこれまでに幾つかご覧いただいた京洛近隣に取材したと推測される、干し網を川辺に眺める山水図である。宗継の襖絵に似ていると述べたが、金家はこの襖絵を見ているのであろう、言うなれば古画の写しである。川辺の干し網、遠く霞む山並みなど、うまく表裏を連続させている。丸形、打返耳、鎚の痕跡は強く、空気感、描かれているのは古紙であるかのような質感を巧みに演出している。高彫に象嵌、下草部分には毛彫を巧みに加えている。87.5ミリ。

金家の評価は、江戸時代後期辺りから高まったと考えられているようだが、金家の偽物はそれ以前から多く存在している。即ち、金家の高い評価は、言われているよりも遡るものと考えられる。偽物然としたものから、金家を手本として新たな世界観を表現したもの、後の明らかな写しなどなど。
 鉄の共金象嵌を環境が悪いままで保管すると、象嵌の接触部分が腐食してしまう。普通に古鐔や刀の茎が錆びこむのと同じである。仮に金家の鐔が江戸時代後期まで百数十年ものあいだ全く評価されていなかったとすれば、それまで保管はぞんざいであったろう。錆の発生にも気を使わなかったとすれば、現状のように状態良く遺されているはずがない。金家鐔は、比較的早くから人気があり、大事にされ、しかもこれを写す者があり、偽物を作るものさえあったのである。
 江戸時代の金工の山水図だからといって山水図すべてが金家写しではない。作品の漂わせている雰囲気が重要であることは言うまでもない。山水図を得意とした金工では、江戸の奈良派が良く知られている。安親や政随などを輩出した流派である。奈良派は山水図を得意とした。その中で安親は、新趣のデザインを多数生み出している。金家に倣っているわけではなく、写真例の帰雁図鐔は独創的である。


帰雁苫舟図鐔 安親

 安親を代表する、洒落た風合いの漂う帰雁図鐔である。決して金家を手本としているわけではないのだが、恐らく金家の作品は眼中にあったはず。金家の真似はしないぞという意識はあったと思う。そのたくましい創造力こそ安親の魅力である。78ミリ。□