鐔鑑賞記 by Zenzai

鍔や小柄など刀装小道具の作風・デザインを鑑賞記録

柿本人麻呂図鐔 金家 Tsuba

2011-08-22 | 鍔の歴史
柿本人麻呂図鐔 (鍔の歴史)


柿本人麻呂図鐔 山城國伏見住金家

 表は古画を手本としたような構成で、裏は釣り人、その背後には遠く霞む山間の堂塔。金家らしい組み合わせである。鉄地を変り形の薄手に仕立て、主題と山並みは鉄地高彫の象嵌、要所に金銀の象嵌を施している。84ミリ。

 金家の評価すべきところは、絵風表現の創始者というより、同時代の風俗や風景を鐔に描き遺しているという点であることは度々述べている。
 金家には、古画を見るような山水図があると同時に、京都近隣に取材したと推測される風景が間々みられる。一般的に、初期の鐔の絵画表現は、古典絵画を手本として単に山水図を鐔に置き換えたものである。室町時代の古金工鐔や美濃彫鐔などは古典的な文様表現を専らとしている。言わばこれも古作の写しであるが、伝統の墨守から次第に新鮮味のある文様が生み出されていった。絵画風鐔もいずれ誰かが造り出すものであり、それがとても上手な金家が目立つ存在であったということと、作者銘、居住地銘が濃くされていたことが歴史的に評価される所以である。現実には、古金工作の絵画風鐔を過去に紹介したことがあり、真鍮象嵌鐔にも桃山時代の作がある。
 金家の優れているところは、同時代の風景を取材しているということであると述べたが、本当に同時代なのか?と言われてしまうと、筆者は金家ではないので断定はできない。金家の生きた時代からわずかに遡った時代を範疇にしていると捉えても良いだろう。金家の作品を分類してみると、①達磨、柿本人麻呂など古典的な絵画の主題とされるような人物を主題とした図。②古典的な山水図。③飛脚、農民、釣人、舟を漕ぐ者など、風景の添景ともされ得る日常的な光景。④人物が描かれていても添景程度の、純粋に日本的な山水図。これらの中で達磨や柿本人麻呂などは判り易い古典的画題で、帰雁図や猿猴捕月図は室町時代の水墨画を想わせる、言わば古典的山水画。このような、古典的山水画を一面に描き、一方の面には農民、飛脚、釣り人など金家緒と同時代の風俗を描いている例が多くみられるのである。山間に堂塔、川辺に干網、釣人や投網などには日本的な風情が漂っており、まさに同時代の風景とみて良いだろう。
 ここには、実際の京洛に取材した屏風絵が製作され、これが流行して多数製作されたという背景がある。真鍮象嵌鐔や古金工鐔に散し絵風の構成になる風景図鐔があるように、鐔工は古画に題材を求めたように室町時代末期から桃山時代に流行していた洛中洛外図屏風絵や京名所図などに題材を見出し、これに触発されて現実の風景に目を投じるようになったと推測するのである。