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「菩提樹の木の下に座って祈りなさい」
と声を聞いたような気がして、
ハッと目覚めました。
そうして夢の中のお告げにしたがって
菩提樹のもとに座って瞑想を続けると、
ついに悟りを開くことができたのです。
お釈迦様はその時、35歳でした。
以来80歳で亡くなるまで
インド中を歩いて教えを説いて歩きました。
「人間の世の中は苦しみに満ちています。
そのたくさんの苦しみから救われるためには、
自分が欲を捨てるしかありませんよ」
と説いて回られたのです。
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お釈迦様は自分を犠牲にして、
人々のために苦しみ抜いて悟りを開いたのである。
究極の自己犠牲、人々のために生きた人。
高い身分だったお釈迦様が
その悟りのために生き抜いた修行は
さぞや険しいものであったに違いない。
他人に救いを求めてもダメ、
自分で苦しみ抜いて救いの道を探し出したのだろう。
生死をさまよい、我が身我が心を
限界に追い込みその究極のところで
悟りというものに出会ったのかもしれない。
苦労知らずの自分なぞ、
そう簡単に苦しみから逃れるはずなどあるわけがない。
せめてお釈迦様の生き様を
読書を通して学びたいものだ。
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皆様の応援に心から感謝申し上げます。
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