孤独は決して人によって、
本質的に慰められる
ものではありません。
たしかに友人や家族は
心をかなり
賑やかにはしてくれますが、
本当の孤独というものは、
友にも親にも配偶者にも
救ってもらえない。
人間は、別離でも
病気でも死でも、
一人で
耐えるほかないのです。
「老いの才覚」 著 曽野 綾子
別離の淋しさ悲しさから
立ち直れないでいる人
病で打ちひしがれ
生きる望みさえ消える表情の人
死の恐怖におびえる人
人、さまざま、それぞれ
憂いも悲しみも
言葉に表しようがないけれど、
何もかもを受け入れて
神様に寄りかかる
自分で生きようなどと
大それたことを考えず、
神様のご加護を待てば
きっと道が開けよう
と信じて、一人で
耐えるしかなないのだろう
耐えるという言葉
とても重くて苦しいけど、
こんな非力な自分でも
できること探して
誰かに感謝してもらえたら
素晴らしいこと
虫や小鳥たちに
喜んでもらえたら
それだけで
なんと素晴らしいことか!
早起き鳥
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お金がないのも辛くて、
とても不安だと思いますが、
孤独はお金があっても
たぶん解決できない。
孤独との付き合いは、
老年にとって、
いちばん勇気の要る仕事です。
ある女性は、
夫が死んで何より辛いのは
人のワルグチを心おきなく
言えなくなったことだ、
と話していました。
どんなに親しい友達にも、
他人の秘密や自分の醜悪さを
さらすことに
遠慮するところがあります。
でも、配偶者は
それを受け止めてくれる。
おもしろがって、
いっしょにワルグチを
言ってくれるかもしれない。
「老いの才覚」 著 曽野 綾子
いろんな夫婦があって
いちがいにはいえないだろうけれど、
お金がなくても
話す人がいるのは幸せなこと
独り暮らし老人こそ
パソコンのソーシャルネットで
全世界の老人と交信できると
素晴らしいと思う
お年寄り専用SNS
ソーシャルネットワークサービスが
そのうち立ちあげられて
大ヒットするのではないだろうか
日本人はフェイスブックよりも
匿名の方が好きなようだが
年寄りにフェイスブックは
ピッタリのような気がする
それにしても曽野綾子先生は凄い
老いても常にどう生きればいいか
何をすればいいか
常に考えておられる
一緒に悪口を心おきなく言える
連れ合いが居ることほど
素晴らしいことはない
私も今をどう生きればいいかを
考えながら今日を過ごしたい
早起き鳥
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アフリカの多くの土地では、
人が死ぬと、
寿命や病気の結果
だと考えません。
それはだれかの呪い
によるものだと解釈されて、
村の呪術師に「犯人」
を占ってもらうのです。
名指しされた人は、
村から追い出されます。
90%が以上が老女なのは
たぶん、そのような
理由づけをすることで
働くこともできずに
ただ食べているだけの
老年を排除しよう
という社会的意図が
あるのだと思います。
「老いの才覚」 著 曽野 綾子
恐ろしいような厳しい掟
犠牲になるのは老婆とは…!
翁は昔から短命だったのだろか
それとも老婆だけが嫌われたのか
永く生きていても
社会貢献している人もたくさんいる
都知事を辞めた石原さんは80歳
まだまだ60代と言っても十分
それに冒険家の三浦雄一郎さん
とぼけて、還暦って
80歳を言うんじゃないのなどと
よほどの健康管理と強い精神力に
裏付けられた土台が
しっかりしているのだろう
そんな影響力のある
綺麗で溌剌な年寄りでいたい
老醜さらしてまで
生きていたくない
街の呪術師に死神や厄病神と
言われ呪われて逝くのは辛いが
最後の社会貢献と言えなくもない
早起き鳥
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死ぬ時は皆、
野垂れ死にに近いと思いますが、
野垂れ死にを決意しさえすれば、
怖いものはなくなるはずです。
それに、自分をみてくれる人が
だれ一人としていないような
薄情なこの世なら
もう生きていけなくても
いいじゃないですか?
「老いの才覚」 著 曽野 綾子
「野垂れ死にを決意」
なんと豪快な、なんと壮絶な
覚悟だろう
野垂れ死にをしてでも
トコトン生きてやろう
という強い意志が感じられる
なかなかそういう境地
そういう決意、真似できない
が、よくよく考えれば
死ぬ時はみな野垂れ死に同然
野垂れ死にを
決意するということは
死ぬ決意ではなく
生き抜く覚悟決意
必死に何かに夢中に
誰かのために
必死に生き抜くこと
そんな情熱を
傾けることができる
何か、そして誰か
もしそういうものがないなら
生きる甲斐など無く
生きる屍同然
そうはなりたくない…!
早起き鳥
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八十、九十まで長生きして、
自分の家で老衰のように
穏やかに亡くなった親たちは
社会的な晴れがましさなど
もう必要ありません。
大金を使うこともなく、
故人が心から
愛していた人たちに囲まれて、
このうえなく温かい
お葬式ができたのも
世間がどうあろうと、
「うち流」を通したからでした。
「老いの才覚」 著 曽野 綾子
どうあがいたところで
逝く時は独り
カッコいい最期などない
自分としては静かに身を潜めて
ひっそりと消えたいものである
名を残そうなどと
そんなだいそれたこと
そんな欲は早く捨てて
役に立たなくなったら
早く消えることが
世のため人のため
と自分のことはそう思う
でも周囲の近い人の場合を思うに
その人が愛した人や
生きものや道具を集めて
こころ温まるお別れをしてやれたら
本当に素晴らしいことだと
自分もそう思う
でも街中のセレモニーホールなどで
晴れがましい式は
どうも気がすすまない…!
早起き鳥
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