ボランティアに要求されるものが
いつもその時々に足りない人手を
補うような雑用ばかりであったなら、
ボランティアをやってこそ味わえる喜びは
なかなか実感できません。
これではボランティアの裾野が
広がらないのも無理のないことです。
ボランティアを募集する側にも、
十分なボランティア精神の理解が必要であり
ボランティアを労働力として使うのではなく、
ボランティアを育てていこう、
というくらいの意識が望まれるのです。
例えば病院ボランティアは患者さんからすれば
医学においては同じ素人だという
心安さが感じられる存在であり、
医師を前にしたときよりも
ずっと気持ちがリラックスします。
患者さんに与える印象は
その方が望ましいでしょうが
病院ボランティアが提供する技術においては
アマチュアであってはならない、
プロをも目指すべきだと私は思っている
「生き方上手」
日野原 重明 著
ボランティアというのは本当に難しい
する側も求める側も...!
僕もいろいろなボランティアをしてきたが
イベントボランティアとしては
世界体操選手権の会場内スタッフを経験した
そのスタッフの内容は、
場内の案内係である
なにか自分にもできることをしてみたい
そんな気持ちで参加
でも本当なら、
私には通訳という才能がある
だから、このイベントで通訳ボランティアをしたい
とこんな趣旨でボランティアに参加し、
求める側もそんな求人の仕方が必要なのかもしれない
特に災害ボランティアについては
本当にボランティアに関わる
組織を作らないと処理できないほど
煩雑な仕事となる
本来なら、行政ボランティアが
率先してボランティア推進組織を立ち上げ
そしてボランティアを公募、採用して
的確な活動を図っていくことが
望ましいのかもしれない
不幸にもこうむった災害に対して
単なる正義感、使命感だけで
自分も自分でできることで活動したい
その気持ちは誠に崇高であり素晴らしい
ならば自分ができることはなんなのか
何もない人は瓦礫撤去作業、
する側もさせる側も相当の精神力が必要となる
でもまたそんなケースのボランティアも
あっていいと思う
単に経験するボランティアであっても
とても素晴らしい経験にちがいない
早起き鳥
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社会が豊かになったからといって
人間が強くなったわけではありません。
医療は進歩しても死は克服できませんし、
人間がひ弱な存在であることには
依然変わりはないのです。
与えることに、
特別の才能や技術はいりません。
ひ弱さをもって生まれたというだけで、
すでに身を寄せ合い、
助け合う資質をエネルギーを
誰もがもっていると私は思っています。
与えることで失うのではなく、
心は以前にも増して満たされれます。
ご馳走なら食べ過ぎれば胃ももたれを招き、
膨らみすぎた財産は不安を生みますが、
心は満たされれば
どこまでも清々しく爽やかで
生きていることの喜びを実感できます。
「生き方上手」
日野原 重明 著
確かに日本人は昔から
謙虚で誠実で勤勉な国民
自分の暮らしを思い返しても
近所の人や親戚の人達が
寄り添い、助け合って
みんなが一族仲間として
貧しい暮らしをしていても
愉快に笑顔で元気だった
おすそ分けというご近所さんからの
贈り物はとても嬉しかったし
それもなにか見返りを期待してたわけでもない
でも国が豊かになってくると、
自分の力を過信し
サービスなどをもっぱら
お金で買うというシステムが浸透してきた
そして社会が少しずつ身勝手というか
自己中心的になってきたような気がしてならない
西洋の考え方が悪いということではないが
個人主義、経済至上主義というか
お金、お金と弱肉強食のような殺伐とした暮らし
弱いものと強いものとの差が広がり始め
いびつな心根が
はびこるようになってきたのではないだろうか
ここはひとつ、
人間としてのひ弱さを再認識して
便利快適な暮らしも
少し自分の体を動かし、
そして周囲の人達とともに
寄り添って助けあう暮らし
経済発展は少し後退しようとも
潤いのある、優しい暮らしに戻したいものだ
早起き鳥
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なんの面識もない
アメリカの企業の社長が
私に面会を申し込んできました。
いったい何の要件だろうかと
いぶかりながらお会いしてみると、
その人はこう切り出しました。
「これから東京でビジネスを始めたい。
ついてはそれが
うまくいくかどうかはわからないけれども
もし利益が出たならば
その1%を病院に寄付します」と
お金が潤沢にあるから
寄付するというのではなく、
異国での起業に向けて、
今走り出したばかりの外国の会社が
将来の寄付を前もって約束しに現れたです。
そんな実業家がアメリカにはいる。
アメリカの懐の大きさとはこういうことなのです。
「生き方上手」
日野原 重明 著
すごい話だ、
まさに「ギブアンドテイク」
日本の常識にはない話である
寄付をする、ボランティアをする
などと言うと、ちょっと異端児扱い
白い目で見られるのである
寄付などと言うのは
有り余る金の持ち主がするから
寄付なのだ
お金もないものがすることではない
というのが日本の常識、
特に田舎では強いように思う
みんな隣近所で
助け合ってというのはタテマエで
みんながするから仕方なく、
というのが本音!
でも考えてみれば托鉢に神社へのお賽銭
それみんな寄付
いや寄付ではないような気もするが
その実、賽銭箱に入れるお金は
札ではなく硬貨が主流
来る初詣には万札を入れようかな...!
今年の成功を願う気高き初仕事
早起き鳥
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年をとれば、からだも頭も老化します。
けれど、老化は避けられなくても、
ダメにしないことはできます。
要するに使い方です。
使わなければ頭もからだもダメになります。
毎日休みなく、切れ目なく、
使い続けることです。
私たちのからだは、
動かしながら使いながら、
同時に調節したり治していくことが
できるようにつくられています。
健康には何よりも
よい習慣が欠かせません。
いつかいつかと
頭で考えているだけではダメなのです。
今日の一歩を踏み出すこと。
なぜなら、健康は行動の結果です。
健康は実践のなかにあるのです。
病気を治すことに主眼を置く医学に
あなたの健康のことまで
期待するのは筋ちがい。
めいめいが生活のなかに
実践するしかありません。
そう、いますぐに。
「生き方上手」
日野原 重明 著
「健康には何よりも
よい習慣が欠かせません!」
なんと厳しいご指摘か
今の自分の現実
日々のよくない生活習慣が
健康をそこねている!
なんともはやなさけない
ではよい習慣とは、車からの脱却、
頭を使い続け、足を動かし続ける
そして食べ過ぎず飲み過ぎず、
足るを知る...!
なんとも修行僧のような暮らしが
理想なのだろうけど、
年をとれば有り余る時間をどう使うかだが
いっそ、車を廃車してどこへ行くのも
歩いて行こうかと思わないではないが
なかなか難しい
逆方向の生活習慣に対するストレスで
まいってしまいそうである
でもできるところから実践しなければ
健康な老後は望めない
毎日、1時間ぐらいの散歩は
欠かせないのかもしれない
その一歩を今日から
踏み出さねばならないのだが、
さあ、何ができるか、
まずは悪い習慣を改めるところから始めよう
食べ過ぎ、飲み過ぎ厳禁...!
早起き鳥
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人間の体というのは
実によくできたもので、
機械であれば古くなると
燃料が余計にかさみますが、
人間は反対に、
老齢になるとエネルギーは
少しで足りるようになります。
そこに必要以上のエネルギーを注ぐことは、
若い時ならばあまり問題にならなくとも、
歳をとると、
むだは体に負担になるだけです。
私の一日の摂取カロリーは
ざっと1300キロカロリー
若い人の半分です。
それがちょうどいい。
仕事のペースも、
一日の睡眠時間も5時間というのも
30代からまったくかわりませんが、
食べる量だけは減りました。
何かに集中していると、
のども渇かなければ、
お腹もすかない。
食事のことなど、つい忘れてしまう。
それでもいいのです。
「生き方上手」
日野原 重明 著
これは耳のいたい話し
この「すぎる」ことが
未だに守れないのが自分の反省
そしてその稚拙なこころが言って見れば
病なのだと
自分でいつも戒めている
「食べすぎる」「飲みすぎる」...!
それも毎日毎日時間を費やして、
お金を使って生きるためにと称して
お腹が減っていないのにもかかわらず
三食、きちんと食べている
そんな反省から、僕の今の食事習慣は
一日二食、朝と晩だけにしている
もう初めて半年以上で、
お昼の食事はさほど苦にならなくなってきた
夜も、平生は軽く食べるようにしている
おかげさまで、体重は10キロ近く痩せて
若い時と同じような体に戻ることができた
きっとそれぐらいの食事でいまは十分なのだと思う
この食生活の改善ができたこと
改めてよかったなと思っている
この季節忘年会シーズンで飲み食いの多い季節
ほどほどにして二次会三次会など
もう恐ろしくていけない
少しは心も大人になってきたような気がスル
早起き鳥
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