トンネルの向こう側

暗いトンネルを彷徨い続けた結婚生活に終止符を打って8年。自由人兄ちゃんと天真爛漫あーちゃんとの暮らしを綴る日記

ひきこもり

2005-12-12 10:10:54 | 思い出
一才と4ヵ月の子供達を連れて、弟夫婦が遊びに来た

弟とは2才離れている。お嫁さんとは16才も違う
とても素敵なお嫁さんだ。
まだ20代前半だけれど、ユーモアたっぷりで、話していると自分も若くなった気がする

私達兄弟が子供の頃の話をすることはない
皆がそれぞれに口に出せない傷を抱えている
お互いが生き残ることに精一杯だった

それでも弟とは良く遊んだ
私は真ん中だったので「お姉ちゃん」と呼ばれたことがない
いつも名前で呼ばれていたので私も弟というより友達という感じだった

父の弟への苛めは徹底していた
父はいつも誰もいないところで1人づつ叱った
だから弟が暴力を振るわれていたことも随分後で知った

目に見えて分かるのが無視。とにかく喋ることなどを禁止されていた
父が店から帰って来る頃は部屋を片付けて、寝る用意をしていなければいけなかった。家の中が緊張していて、くつろぐなど無縁の家だった

特に電話がかかってきた時が1番嫌だった
父は電話に出る時は「テレビを消せ。静かにしろ」が口癖だった
じっと息を殺して電話が終わるのを待った
ある日、電話をしている前を弟が通り過ぎた。
無言で父は弟の横っ腹を蹴った
弟は部屋の端に飛んでいった

それでも誰も声1つ上げなかった

そんな弟が高校を卒業してひきこもりとなった
その頃には私とも会話を全くしない状況だった
私も高卒で働いたばかりだった。

弟は壁に穴を開けたり、祖母に暴言を浴びせるようになっていった
家に帰るのが憂鬱だった
弟と話をすることなど皆無だった

私は姉と家を出て、2人暮らしをした
ある日母が私達の家に来た

母は弟を東京の専門学校に入れてやりたい。どうかお金を貸して欲しいと深々と私に頭を下げた
私は始めて母に頼られた嬉しさで貯金を全部出して、弟の学費を出した

東京に行って弟は明るくなった
私も遊びによく行った
昔のように仲良くなれて嬉しかった

でも学校を卒業してもその専門職に就くことは出来なかった
また実家に戻って、就職したが長くは続かなかった
いくつもいくつも母の用意した仕事に就いてはやめてしまった
母は弟を自立させようと必死だった
弟はまたひきこもってしまった

私も姉の結婚と同時に家に戻っていた
祖母は弱って寝たり起きたりを繰り返すようになっていた
弟はもう暴れることはなかった
どんよりと死んだ魚のような目をして、部屋にひきこもっていた

ある日私も見かねて弟に「もう、そろそろ就職したら。」と言った
弟は機嫌が悪かったらしく「うるせー。黙ってろ」と言った
私もかっとなって「あなたのために言ってるのに」と言うと
弟は私を蔑むような目で「お前の言いそうな台詞だな」と言った

なぜか私は心の全てを見透かされたようで恥ずかしかった
そう私は本当に心配などしていなかった
ただ両親たちのように世間体が悪いとしか考えていなかった
だれも弟を認めようとはしていなかったのだ

私の知っている弟はどこに行ってしまったのだろう
「ちっこちゃん、ちっこちゃん」と言ってついて来てくれた弟は・・・

弟は変わってはいなかったんじゃないか
皆の価値観を弟に押し付けてしまった
行きたいと言った高校も大学も父は認めてはやらなかった

私だけでもそのままで良いと言ってあげたいと思った
あなたは此処にいる。確かに生きているんだと言いたかった

そして私は結婚して家をでた
もう弟も30歳になろうとしていた
ある日、母が弟と家に来て「父さんが最後のチャンスだ。タクシーの免許とれ」って言ってる。どうしたらいいだろう。と相談に来た

私は「チャンスはあるうちにつかんだ方がいいかもよ。決めるのはあなただ。誰かに決めてもらった人生は責任が取れないでしょ。自分で決めたほうがいい」とだけ言った
弟はタクシーの運転手となり、後に運送屋に勤めて、今の奥さんと出会い、あっという間に2人の子供の父親となった

家庭を持った弟は見違えるようだ
子供達をなによりも大切にしている
自分が父親に貰えなかった愛情を全て注いで埋めていくかのように・・・

大切な人のありのままを認めるのは難しい
どうしても自分の理想に近づいて欲しいと願ってしまう
それがあまりに強すぎると、身動きが取れなくなってしまうのかもしれない

大切な人に認められた時人は強くなれるのかもしれない
どんな自分でもいいと言って貰えたら、次に進んで行けるのかも知れない





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2 コメント

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Unknown (ヤンマー)
2005-12-13 00:37:02
私にも弟がいます。

待ちに待った長男ということもあり、期待されて期待されて・・・。

本人はとてもきつかったと思います。

自分らしさとか、あるがままという生き方ではなく、長男として、みなの期待に応える生き方とは・・・そんな風に感じていたのでしょう。



高校生になると、どんどん逸れていって、進学もせず、就職も長続きせず、季節労務で転々と・・・。結局、父の工場で働いています。

心の中に爆弾を持っているようなそんな感じがします。

弟のことをありのままに、受け入れるパートナーと出会うことが、弟のかたくなな心を解放することになるだろうなと思い、そんな出逢いをと心から願うばかりです。



ちっこさんの弟さん。

結婚、子宝にも恵まれて本当によかったですね。

幸せな姿・・・いつの日かうちの弟もと・・・励みにしたいと思います。
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ヤンマーさんへ (ちっこ)
2005-12-13 08:43:55
本当にヤンマーさんとは境遇が似ていてびっくりすることがあります



父も自営業の職人です

弟も父の店を手伝ったことがありましたが、和解することが出来ませんでした



結局悪化してますますひきこもるという状態でした



父と距離を置いてやっとなんとかこの頃ましになったぐらいでしょうか

近づいてはいけない親子ってあるんだと思います



ヤンマーさんの弟さんも今力を蓄えている時なのだと思います

皆がそのままの弟さんを受け入れた時、見えない力によって背中を押され、1歩を踏み出せると良いですね



私も願っています

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