あの日。
白く細い手をそっと揺らして立ち去ったあの人は
紫のきものを着て白い箱に横たわっていました。
あの頃よりも更に小さくなった顔は、半身不随になった歪みもなく
ちょっと口角を薄くあげて、私が覚えているどんな笑顔より穏やかに笑って眠っていました。
きっと孫に会いたがっているだろうと分かっていた。
いつか会いに来てくれるだろうかと待っているだろうと分かっていた。
やろうと思えば出来たはずだった。
どこにいるかわからなくなっていたけれど、知るすべはあった。
だけど私はやらなかった。
出来たのにやらなかったのだ。
何もしなかったのに、起きた出来事に打ちのめされ悲しむなど、許されない。
だけど悲しくて泣いた。
泣いて詫びるしかできなかった。
あの頃、私達を混乱に巻き込んだあの人は
車椅子に乗ってあの頃と変わらない様子で座っていました。
今日は酔っていなくても明日はきっとまた変わってしまうだろうと思えるほど何も変わっていませんでした。
来るはずがないと諦めていた孫の登場に目を細め何も変わらない口調で私を「ちっこ」と呼びました。
あの頃、私を本当の姪っ子のように可愛がってくれた叔母たちは、何も告げずに出ていった私を責める事もなく
みんな手に手をだして私をさすって「来てくれてありがとう」と泣いていた。
あっという間に引き戻される過去に私はオロオロと戸惑うしかなかった。
「お義母さんは、孫たちを一番待っていた。最後に会えて本当に喜んでいることだろう」そう言ってまた泣いた。
しかし、お義母さんがきっと一番待っていたであろうあの人は、遂に顔を見せることはなかった。
「俺は縁を切った。あなたも葬儀にはでないでください」
葬儀の前に叔母が「ずいぶん苦労したんだってね。全部知っているからね。離婚したあともあの子はまた借金をして
お父さんが年金から払っているんだよ」と言った。
何も変わっていなかったのかと思い知らされる現実に、
そうかもしれないと思っていても聞かされた事実に
どうにもやりきれなさが残る。
非現実な場所から帰ってきて、いつもの子供たちの笑い声に体の底の力がぬけていく。
白い手のあの人は、40年前に一人お墓に入った小さな娘のもとにようやく帰っていった。
突然倒れて調べたら末期の癌に侵されていた。
かなりの激痛を耐えていたはずだと医者は言った。
「我慢強い人だったから」皆が口々に言った。
あの人はいつも何かに投げやりだった。
どんなに苦しいことも、辛いことも、あの悲しみに比べたらどうでも良いよと言わんばかりに
ただ指折り数えてその日を待っているように私には見えた。
あなたらしい。
棺のまえで泣く私に、薄く笑った唇が「別に良いよ」って言ったような気がして救われた。
さようなら。お義母さん。
白く細い手をそっと揺らして立ち去ったあの人は
紫のきものを着て白い箱に横たわっていました。
あの頃よりも更に小さくなった顔は、半身不随になった歪みもなく
ちょっと口角を薄くあげて、私が覚えているどんな笑顔より穏やかに笑って眠っていました。
きっと孫に会いたがっているだろうと分かっていた。
いつか会いに来てくれるだろうかと待っているだろうと分かっていた。
やろうと思えば出来たはずだった。
どこにいるかわからなくなっていたけれど、知るすべはあった。
だけど私はやらなかった。
出来たのにやらなかったのだ。
何もしなかったのに、起きた出来事に打ちのめされ悲しむなど、許されない。
だけど悲しくて泣いた。
泣いて詫びるしかできなかった。
あの頃、私達を混乱に巻き込んだあの人は
車椅子に乗ってあの頃と変わらない様子で座っていました。
今日は酔っていなくても明日はきっとまた変わってしまうだろうと思えるほど何も変わっていませんでした。
来るはずがないと諦めていた孫の登場に目を細め何も変わらない口調で私を「ちっこ」と呼びました。
あの頃、私を本当の姪っ子のように可愛がってくれた叔母たちは、何も告げずに出ていった私を責める事もなく
みんな手に手をだして私をさすって「来てくれてありがとう」と泣いていた。
あっという間に引き戻される過去に私はオロオロと戸惑うしかなかった。
「お義母さんは、孫たちを一番待っていた。最後に会えて本当に喜んでいることだろう」そう言ってまた泣いた。
しかし、お義母さんがきっと一番待っていたであろうあの人は、遂に顔を見せることはなかった。
「俺は縁を切った。あなたも葬儀にはでないでください」
葬儀の前に叔母が「ずいぶん苦労したんだってね。全部知っているからね。離婚したあともあの子はまた借金をして
お父さんが年金から払っているんだよ」と言った。
何も変わっていなかったのかと思い知らされる現実に、
そうかもしれないと思っていても聞かされた事実に
どうにもやりきれなさが残る。
非現実な場所から帰ってきて、いつもの子供たちの笑い声に体の底の力がぬけていく。
白い手のあの人は、40年前に一人お墓に入った小さな娘のもとにようやく帰っていった。
突然倒れて調べたら末期の癌に侵されていた。
かなりの激痛を耐えていたはずだと医者は言った。
「我慢強い人だったから」皆が口々に言った。
あの人はいつも何かに投げやりだった。
どんなに苦しいことも、辛いことも、あの悲しみに比べたらどうでも良いよと言わんばかりに
ただ指折り数えてその日を待っているように私には見えた。
あなたらしい。
棺のまえで泣く私に、薄く笑った唇が「別に良いよ」って言ったような気がして救われた。
さようなら。お義母さん。