tetujin's blog

映画の「ネタバレの場合があります。健康のため、読み過ぎにご注意ください。」

晩鐘の鳴る里(3)

2007-09-07 20:08:02 | 日記
「元気?」
タツヤの背中をつっ突くと同時に、その懐かしい声は、前触れもなく後ろから降ってきた。振り返ると、そこには懐かしい笑顔があった。
「あれ、久美子!?」
ジーンズに白のシャツを着た幼馴染の姿を見つけ、振り返ったタツヤは顔をほころばせた。彼女の<元気?>のたった一言で、久しぶりの田舎で一人ぼっちという疎外感が急速に融けて行った。タツヤは、まるでここに住んでいた当時にタイムスリップしたような気がした。
「おばさんがここだって言うから・・・・・・。タツヤは全然変わってないわね。いつ帰ってきたの?」
頭の上に2個、髪の毛で団子をつくった久美子の目が、彼を見つめて笑っている。雑踏のなかで、彼女のいる場所だけが明るく輝いて見えた。彼女の引き込まれてしまいそうな大きな黒目がちの目は、小さい頃から全く変わっていない。
「ん……あぁ。……昨日」
「どう?向こうは。たまには連絡をよこしなさいよ」
矢継ぎ早に繰り出される質問や、報告。本当に何も変わっていないとタツヤは苦笑する。
鵜澤久美子。家が近所でしかも同級生。小さい頃はいつも一緒に遊んでいた。タツヤのファースト・キスの相手は中学1年生の時、久美子が相手だった。
<ファーストキスはレモンの味> 
当時、タツヤはなにかの雑誌で読んだこのセリフの真偽をどうしても確かめたかった。けれども、確かめるには実践が必要だ。しかし、すぐに実践できるくらいなら初めから悩む必要もない。いろいろ考えて、試す相手は久美子にしようと決めた。なぜかは説明できないものの、他の女子と比べて久美子は、すごく清潔だと思ったからだ。というよりも、当時、タツヤが女性として意識することができたのは、ごくわずかなの芸能人と久美子だけだった。それ以外のオンナは、彼にとって女性ではなかったのだ。
しかし、いざとなると、なかなか言い出せなかった。ある日の放課後、誰もいない校舎の裏庭に偶然に通りかかった久美子を捕まえて、思い切って<目をつぶって>と頼み込んだ。制服を着た久美子は<なにか、プレゼントでももらえるの?>となんの疑問も持たずに素直に目をつぶった。おそるおそる、顔を近づけてかすかに唇が触れた瞬間に、自分に何をされたのか気がつき、怒った久美子のパンチが飛んできた。パンチはまともに鼻柱にあたって、タツヤはハデに鼻血を出した。
ちなみにタツヤは、その後も、久美子をわざと怒らせるようなことを何度もしたが、彼女のパンチが当ったのはこの時が最初で最後だった。彼は中学校に入学するや剣道部に入部して、生育がよいとは言え女の子のパンチならば、かるく、上半身を捻ってかわせるぐらいの反射神経を身につけていたのだ。いくら、久美子が真剣にパンチを出してきても、まったくかすりさえしなかった。それも、今となれば、青春時代の甘く切ない思い出だった。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿