第10詩集。B5判の77頁に27編を収める。
作品は3編ずつ、9つの項に分けられているのだが、3編は序破急のような組み合わせを感じさせるものとなっている。各項には、「人語」「花木」などのタイトルが付けられている。序に当たる作品には文語体の仮名表記の一節が入り、残りの2編は通常の言語表現である。非常に恣意的に組まれている。
「星間」の章。1編目の「久方」は「死顔をどこか違へて 時雨去る」と始まる。輝くような季節である”春”を待っているのだが、不吉なものとして怖れてもいるようなのだ。次の「犬の影」では、どこからのと知らせずに風がくるのである。
背に真すぐに闌(た)ける真昼 あらっ
翳るより
光っているに違いないそこを
振り向けない
この、不意に挟み込まれている「あらっ」という肉声が効果的である。何か大いなるものに向かっているような存在を感じている。
「犬を影と 影を方位(とさ)と 結んで風が目配せしている」と終わり、次の3編目の「冬、遠近法」につながると、季節はやはり未だ冬なのである。ひととき怖れながらも華やいだ気持ちは静かに沈潜している。変えようもない季節に捕らわれている話者がいるのだが、それはこの”うつし世”をしっかりと縫い止めていることに通じているのだろう。最終部分は、
昼の月 音もしません
塵のようなもの耀う冬の小さな日溜まりです
作品は3編ずつ、9つの項に分けられているのだが、3編は序破急のような組み合わせを感じさせるものとなっている。各項には、「人語」「花木」などのタイトルが付けられている。序に当たる作品には文語体の仮名表記の一節が入り、残りの2編は通常の言語表現である。非常に恣意的に組まれている。
「星間」の章。1編目の「久方」は「死顔をどこか違へて 時雨去る」と始まる。輝くような季節である”春”を待っているのだが、不吉なものとして怖れてもいるようなのだ。次の「犬の影」では、どこからのと知らせずに風がくるのである。
背に真すぐに闌(た)ける真昼 あらっ
翳るより
光っているに違いないそこを
振り向けない
この、不意に挟み込まれている「あらっ」という肉声が効果的である。何か大いなるものに向かっているような存在を感じている。
「犬を影と 影を方位(とさ)と 結んで風が目配せしている」と終わり、次の3編目の「冬、遠近法」につながると、季節はやはり未だ冬なのである。ひととき怖れながらも華やいだ気持ちは静かに沈潜している。変えようもない季節に捕らわれている話者がいるのだが、それはこの”うつし世”をしっかりと縫い止めていることに通じているのだろう。最終部分は、
昼の月 音もしません
塵のようなもの耀う冬の小さな日溜まりです