瀬崎祐の本棚

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no-no-me  12号  (2011/04)  岐阜

2011-03-29 22:55:12 | ローマ字で始まる詩誌
 「花田さんのお財布」早矢仕典子。
 電話で、花田さんのおばあちゃんがどこかへ財布をなくしてしまった、と言う。わたしはあわてて花田さんのお宅へ駆けつける。呆然と考えているおばあちゃんは「ちょっと前まで あんなにしっかりしてたのに。まるで別人みたい」だし、台所はまだ夕方でもないのに薄暗いのだ。
 散文体でことの顛末が綴られている。軽い読み物風なのに、普段なら入らないようなおばあちゃんの寝室で財布を捜す行為が、他人の隠しているもの暴こうとしているように思えてくるあたりは、巧みな心理描写となっている。
 警察にも届け、街じゅうの道をおばあちゃんが探したあげくに、財布は寝室の箪笥の奥から見つかる。「だれがそんなところに隠しておいたんだろう」と訝しくなるのだが、おばあちゃんの大事な一人息子も、

   その息子の話題になるとおばあちゃんの話はとたんに噛み合わな
   くなる。巧妙に、とても巧妙に、かくしてしまったんだ。自分じ
   しんにもわからないように。一番だいじなものは 一番奥へそっ
   と隠しておく。誰の目にもけっしてふれないように。自分さえ 
   かんぜんに欺いてしまうくらいに。
                           (最終部分)

 無意識のうちに自分の心からも隠してしまうような事柄は、たぶん誰にもあるのだろう。それは自分にとっては、覚えていると辛すぎてしようのないほどに大きな意味を持つことなので、それで自分の心から隠してしまうのだろう。財布の中に、まさかそんな意味を持つものが入っていたはずはないだろうけれど、身近な話題に重ね合わせるようにして、人の心の機微をついている作品。
コメント
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