隊長のブログ

中国上海に2003年12月から2008年1月まで駐在。趣味はヒップホップダンス、ジャズダンス、旅行、映画、スポーツ観戦。

旅行記 第35回 『満喫・楽天生命パーク宮城 三連戦三連勝』 (その3)

2021年06月17日 | 旅行記

『満喫・楽天生命パーク宮城 三連戦三連勝』 (その2)  https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/bb08471f1fd5726fa214fcaacb575d64

 


旅の一日目、松島海岸を走る国道45号線沿いにある、牛たん焼で有名な「利久」の「松島五大堂店」店頭で “牛たんまんじゅう極” を食べ終わったのが、午後1時20分頃です。


国道から山側に少し入ったところにあるのが、「瑞巌寺(ずいがんじ)総門」です。

 

 

総門は、参道の入口に位置する切妻造、 本瓦葺の薬医門で、両袖に太鼓塀が附属します。正面に掲げる扁額は、瑞巌寺105世天嶺性空禅師の筆によるもので、「桑海禅林」と書かれています。
「扶桑(日本)の海辺の禅寺」の意で、瑞巌寺を意味するものです。


「総門」から「中門(ちゅうもん)」まで続く長い参道。数十年前に参拝に訪れた時には、両側に杉並木が鬱蒼(うっそう)と茂っていた記憶があるのですが、かなり本数が少なくった印象です。

 


あとで分かったのですが、樹齢200~300年の杉並木は、東日本大震災の津波による塩害により、約300本が伐採されたそうです。


「受付」に到着したのが、1時半頃。拝観券 700円を購入。感染症対策でしょう、交通系ICカード(SUICA)も使える自動券売機で発券し、半券も自分で切り取るスタイルです。

 


「瑞巌寺」は、正式名称を「松島青龍山瑞巌円福禅寺」といい、現在は臨済宗妙心寺派に属する禅宗寺院です。九世紀初頭、比叡山延暦寺第三代座主・慈覚大師円仁によって開創された天台宗延福寺がその前身であると伝わっています。後には、平泉を拠点として東北一帯を支配した奥州藤原氏も延福寺を保護しました。


藤原氏の滅亡後は、鎌倉幕府が庇護者となりましたが、13世紀中頃、幕府執権・北条時頼公が、法身性西禅師を開山として臨済宗建長寺派への改宗を行い、寺名も円福寺と改めています。


関ヶ原の戦い後、仙台に治府を定めた伊達政宗公は、仙台城の築城と併せて、領民の精神的拠り所とするため盛んに神社仏閣の造営を行いました。中でも円福寺の復興には特に力を注いでおり、事業開始にあたり自ら縄張りを行なったこと、平安の昔から「浄土の地」とみなされてきた紀州熊野に用材を求めたこと、畿内から名工130名を招き寄せたこと等に、政宗公の意気込みが感じられます。

 


受付に置いてあるパンフレットの表紙

 


受付隣の「御朱印所」で、御朱印帳を頒布(はんぷ)して頂きました。

 

 


当山の御朱印帳は、黒ベースで、裏表紙には、金で瑞巌寺の紋が押されています。納経料は、1,200円。

 


尚、平成29年(2017)11月から御朱印の集印を初めて、これで六冊目の御朱印帳ですが、いちばん素晴らしい御朱印帳です。その一覧は、こちらをご参照ください⇒ https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/6e178c01d7a0df887807b499370b9b09


御朱印は、書き置きではなく、浄書(じょうしょ)して頂けますが、時間がかかるので、御朱印帳をお預けして、拝観後に受け取ります。


最初に、本堂右手の「庫裡(くり)」へ。コロナ禍のためでしょうか、拝観者は数えられるほどしかいません。

 


庫裡は、「庫裏」とも表記され、禅宗寺院で主として台所の役割を担う建物です。正面13.8m、奥行23.6m、切妻造の本瓦葺で、大屋根の上には入母屋造の煙出しをのせています。昭和34年(1959)、国宝に指定されています。

 


本堂に繋がる廊下から庫裡を撮影。

 


「本堂」。尚、本堂内は撮影禁止です。

 


「臥龍梅(がりょううばい)」。

 

 

政宗公が朝鮮出兵の際に持ち帰り、慶長14年(1609)3月26日、瑞巌寺の上棟祝いにお手植えしたと伝わる紅白の梅です。地上を這いうねるように枝を伸ばす樹の姿が「臥せた龍」に似ていることが「臥龍梅」という名前の由来です。写真は、本堂に向かって右側にある紅梅、奥には白梅が植えられています。


本堂裏手の「洞窟遺跡群」。

 


「中庭」。平成30年(2018)、瑞巌寺落慶法要に合わせて整備された庭園です。既存の庭に使用されていた材料を活かし、「松島に息づく文化・瑞巌寺が歩んできた歴史・宗旨の根幹をなす禅」という、瑞巌寺にとって大切な3要素が共鳴するように考慮して作庭されました。

 


本堂拝観後に訪れた「宝物館(青龍殿)」。中世から近世・近現代までの瑞巌寺に伝わる什宝物、伊達家歴代藩主や瑞巌寺住職にまつわる絵画・工芸品・書跡などが展示されています。入館料は、拝観料に含まれています。

 


本堂修復工事のため、外された鬼瓦。

 


御朱印所に戻ってきたのが、14時少し前。御朱印帳を受け取ります。


一頁目には、『只麼』 の書が。

 


これも、「挟み紙 (はさみがみ)」と呼んでよいのでしょう。書の説明が挟み込まれています。 『只麼 (しも)』とは、「ただ…するのみ」「ひたすらに」「専に」という意味を持つ言葉。

 


隊長が集めた、ユニークな御朱印挟み紙の一覧は、ごちらをご参照下さい⇒ https://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/6a07e00969016384e2f3be9b8e913b14


二頁目と三頁目は、見開きで、右側に御本尊の御朱印、左側に五大堂の御朱印。納経料は、各300円。

 

 

瑞巌寺の御本尊「聖観世音菩薩」は、伊達政宗公の念持仏であったと伝わっています。御朱印は「聖観音」の名号に、「仏法僧宝」の四字が刻まれた「三宝印」が押印されています。


五大堂に祀られている「五大明王」は、慈覚大師円仁が天台宗延福寺開創の際に安置したと伝わる秘仏で、33年に一度開帳されます(次回予定は2039年)。御朱印は「五大明王」の名号に、五大明王の主尊である不動明王を表す梵字(ぼんじ)が刻まれた「御法印」が押印されています。


尚、拝受した御朱印の数は、これで九十印になりました。詳細は、こちらの「御朱印巡り」記事一覧をご参照下さい  http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/e23a591aa7b880a9e451c519dc5e14a5


挟み紙には、御朱印の由来と、注意書きが。

 

 


★ 続きは、『満喫・楽天生命パーク宮城 三連戦三連勝』 (その4)で ★


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