隊長のブログ

中国上海に2003年12月から2008年1月まで駐在。趣味はヒップホップダンス、ジャズダンス、旅行、映画、スポーツ観戦。

ブログ その23 『変わってしまった』

2012年11月29日 | ブログ

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この記事をアップするのも、1ヶ月以上遅れてしまいましたが、10月27日(土)に、小学校の同期会が母校の体育館で行われました。

母校を訪問するのは、実に卒業以来初めてです。

会はPTAのお母様達や、在校生の合唱部のアトラクション等もあり、和やかな催しでした。

校庭の大きなイチョウの木も、校舎も、体育館も、プールも昔のままだった。

 

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昔と変わっていたのは、先生や同級生がみんな年を取ったこと。

いや、外観の変化より、自分自身の小学生の頃の純粋さが、一番変わってしまったことなのかもしれません。

 

 

 

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上海城市新聞Vol.21 『寝台列車初体験』 (その5)

2012年11月29日 | 上海城市新聞

上海城市新聞 Vol.21 『寝台列車初体験』(その4)はこちら⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/3f21681b0d7480a70b46a09f5a2ca0b6

 

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【3日目:11月9日(金)】
河南省信陽市に到着


“自宅でくつろいでいると、突然、大地震が起こり、体が揺れて立っていられません!もの凄い音もします!”

夢をみていました。夢だと気がついてからも、しばらくは、自分がどこにいるのかわかりませんでした。日本にいるのではなく、中国国内を走る、寝台列車のベッドの上です。

大きな揺れと音の正体は、スピードを上げて走る列車でした。合肥を出発してから、それまでの都市部は離れ、かなりスピードをアップしたようです。

線路の軌道(きどう)が良くないのか、車両が古いのか、スピードの上げすぎか、このままだと脱線するかと思えるくらいの揺れと音です。

しかし、しばらくするとこの揺れと音にも慣れて、車両内の様子を観察する余裕も出てきました。仲間とトランプをする乗客、本を読んでいる乗客、窓から真っ暗な車外を見つめている乗客、食事をしている乗客、さまざまです。

そして、物売りが車内を通ります。弁当、果物、飲料、お菓子、さまざまな売り子達が通るのですが、制服を着ていないので、正式な販売員なのか、無許可なのか判断がつきません。

そんな物売りの中で、迷惑なのが、テニスボール位の大きさのボールの売り子です。このボールは、床に投げつけるとその反動で光ります。それを、照明を落とした、狭い車内の通路の床に投げつけているのです。投げつける度に、音もします。

便利だなと思ったのが、携帯電話・スマホの充電器売りです。コンセントを挿さずに充電が出来る優れものです。確かに、12時間以上列車内で過ごすので、携帯電話・スマホの電池切れも起こるでしょう。隊長のスマホの電池残量も少なくなっていました。値段を聞くと100元(約1,300円)、安くはありません。どうせ日本に帰国してからは使うこともないでしょうから、値段を聞いて買うのをやめましした。

 

車内の観察も飽きて、電池の消耗を防ぐためスマホで音楽を聴くのもやめて、ベッドの上で眼をつぶっていると、再び眠ってしまったようです。

次に眼ざめたのは、車内がざわざわし始めた頃です。信陽への到着30分前、既に身支度を始めた乗客もいます。トイレ、洗面所には列が出来ていました。

車掌さんが、コンパートメントに来て、寝ている乗客を起こし、『卧铺証』を回収し、切符を返してくれます。

信陽駅に到着したのは、午前5時10分。12時間40分の長い旅が終わりました。外は、まだ真っ暗です。そして、寒い!

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改札口を出て、まず向かったのは駅の建物内にある「肯徳基(ケンタッキーフライドチキン)」です。ここで朝食を取ってから、ホテルに向うつもりです。

24時間営業の店内には、前の列車で到着したと思われる人達でほぼ満席です。中には、椅子を集めてその上で横になって仮眠を取っている人もいます。

 

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【「24小時(時間)営業」のKFC】

 

一息ついてから、駅前でタクシーを拾い、常宿の「信合中州国際飯店に向かいました。タクシー料金は、初乗り運賃の5元(約65円)。

信陽は物価が安いですね。タクシーの初乗り運賃が、上海の14元(約180円)の1/3程ですから。

ホテルにチェックインしたのは、午前6時10分でした。料金は、朝食付きで一泊326元(約4,200円)。このホテルに2泊します。

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部屋に入るやいなや、ベッドに潜りこみました。揺れないベッドの寝心地は最高です!

 

 

===== 続きは、上海城市新聞 Vol.21 『寝台列車初体験』(その6)で =====

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上海城市新聞Vol.21 『寝台列車初体験』 (その4)

2012年11月27日 | 上海城市新聞

上海城市新聞 Vol.21 『寝台列車初体験』(その3)はこちら⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/2fae2caf407abb051387b8ce70d26cbd

 

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上海駅の構内を走ってホームに着いたのが16:15です。16:30発の信陽行き寝台列車『K464』に間に合ったと思ったのもつかの間でした。

 

この列車は16輌編成で、隊長の席は12号車です。今いるのは、ホームの端の2号車当たりです。そこからまた、スーツケースを引っ張って、やっとの思いで12号車にたどり着きました。

 

各車両の乗車口には、一人づつ制服を着た車掌さんが立っています。列車に乗り込む時に切符の検札をしているかと思い、切符を差し出すと、脇にはさんでいたアルバムのような冊子の中に、隊長の切符をしまいこみ、代わりに『卧铺(寝台)』(写真参照)と書かれたプラスチックのカードを渡されました。

 

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【手持ちの切符を】

 

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【寝台証と交換】

 

渡された『寝台証』を見てみると、隊長の切符に印刷されていたのと同じ、座席番号の「12号車2号下」が記載されていました。後で知りましたが、こうして切符を乗車時に回収して、列車が乗客が降りる駅に近づくと、車掌さんが席にやって来て、寝ている乗客を起こして、『寝台証』と切符を再度交換してくれます。このようにして、寝台列車の乗客が寝過ごして、下車駅を乗り過ごすのを防いでいるようです。

 

『寝台証』には、「武漢客運段」の文字も書かれています。また、列車内の時刻表からも、この列車の車両と乗務員は、湖北省の武漢市にある『武漢鉄路局』の所属のようです。 (武漢市は、城市新聞Vol.19を参照⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/d/20120520 )

 

列車に乗り込むと、隊長の立っている位置から、車両内の右側には、「コンパートメント(個室)」が続き、左側は窓に面して通路になっています。

 

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コンパートメントには、左右に各3段のベッドがあります。すなわち、各「コンパートメント」の定員は6名です。しかし、入り口には、ドアもカーテンもなく、通路からベッドが丸見えです!

 

隊長の席の「2号下铺」がどこなのか、わかりません。『寝台証』とコンパートメントの表示を見比べながら、やっと自分の席を探し当てました。それは、列車内に乗り込んだ入り口の一番奥のコンパートメントでした。

 

隊長の席「下铺」は、3段ベッドの一番下のベッドです。各席(ベッド)は上から、「上」「中」「下」と呼ばれ、料金は「上」「中」「下」の順で安くなります。確かに、一番上の「上」のベッドの幅が一番狭く、ベッドに登るのも体力が要りそうです。それで、「上」の料金が一番安いのでしょう。

 

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【「下」から「中」「上」を撮影】

 

車内は満員、隊長のコンパートメント内も6人全員います。

 

自分のベッドを確かめて、荷物を置こうとベッドを見ると、色は白いのですが、いつ洗濯したのかと思いたくなるような、シーツと毛布カバーに枕です。

 

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いまさら、寝台列車に乗ったのを後悔しても遅いです。自分のベッドに荷物を置いたのとほぼ同時に、列車はゆっくりと滑るように、上海駅のホームから離れていきました。定時の16:30の出発です。

 

これから12時間40分の列車での旅の始まりです。

 

上海を発車してからの停車駅は、江蘇省の昆山、蘇州、無錫(18:03)、常州、南京(20:33)、安徽省の合肥(22:42着 23:03発)、■(やまいだれに黄)里川(03:33)、そして終点の河南省信陽には05:10到着の予定です。

 

上海を出発してから、南京までは、駐在していた頃に何回か列車で行っていますが、南京から先へ行くのは初めてです。

 

この日の夕食は、他の中国人乗客と同じく、あらかじめ超市(スーパー)で買っておいたインスタントラーメンです。列車のデッキにある給湯器から、お湯をカップに入れて食べました。

 

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【車内の給湯器】

 

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【統一の日式豚骨ラーメン『湯達人』】

 

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お腹が一杯になったので、パスポートと現金の入ったバッグを抱いて、ベッドに横になることにしました。

 

合肥を出発してからは、外の景色も暗くて見えず、目をつむって横になっていると、列車の心地良い揺れを感じて、いつの間にか寝てしまいました。

 

 

======= 続きは、上海城市新聞 Vol.21 『寝台列車初体験』(その5)で ======

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上海城市新聞Vol.21 『寝台列車初体験』 (その3)

2012年11月22日 | 上海城市新聞

上海城市新聞 Vol.21 『寝台列車初体験』(その2)はこちら⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/034a51e4ae69571f93bfe1ddff5b8b72

 

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旅の2日目は、正午に「銀河賓館」をチェックアウトしました。

スーツケースをホテルで“一時預かり”してもらって、再び約15分かけて歩き、地下鉄2号線の「婁山関路(Loushanguanlu)駅」へ。

地下鉄に乗り、5つ目の「人民広場駅」で下車。同駅は、隊長が上海に住んでいた当初は、地下鉄1号線と2号線の乗り換えだけでしたが、今では8号線も乗り入れていて、地下の駅構内は広大になり、複雑化しています。

隊長のような“旅行者”にはわかりづらい駅です。とにかく知っている「来福士広場(英文名:Ruffles City)」に繋がる出口を目指します。

来福士広場」には、気軽に入れるレストランが多く、休日には良く食事をしに来ていました。また、同ビルの中にある映画館で何回か映画を観たこともあります。

来福士広場」の1Fから外に出て、隣接している「福州路」を東に向かいます。目的地は、5分ほど歩いたところにある上海最大の本屋「上海書城【福州路店】」です。Dsc_0024_2Dsc_0024

 

 

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【上海書城】

 

この本屋の4Fにある“外国人向け中国語教科書コーナー”で、中国語の教科書を買うためです。

「上海書城」に向かう途中にあるカフェ『Coffee Beans & Tea Leaf【福州路店】』も懐かしい場所です。


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上海に住んでいた頃、休日にこのカフェで、日系企業に勤めていた中国人女性にボランティアで日本語を教えていたからです。

彼女は、日系企業に勤めていましたが、日本語は全く出来ませんでした。しかし、英語は出来るので、隊長とのコミュニケーションは英語でした。日系企業で働くために、日本語の必要性を痛感していた彼女に、約1年半日本語を教えていました。

ちなみに、古い話ですが、隊長が大学生の時にも、ボランティアで、留学生に日本語を教えていたことがあります。

「福州路」を歩いていると、お腹がすいてきました。そこで、「上海書城」の手前にある『一之春【福州路店】』で昼食を取ることにしました。

『一之春』は、中華料理・西洋料理・和食・コーヒー等、何でもありのレストランチェーンで、以前はよく利用していました。

 

注文したのは、「咖喱猪□(“てへん”に八)榛飯(ポークカツカレー)」26元(約340円)。味はまあまあ合格。

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食後に、「上海書城」にて北京大学出版社発行『博雅漢語(Boya Chinese) 高級飛翔篇III』を2冊購入しました。1冊は自分用、もう1冊は沈老師(教師)用です。価格は、1冊80元(約1,040円)。

 

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Dsc_02784年2ヶ月の上海駐在を終えて日本へ帰国する時に、せっかく覚えた中国語を忘れないために、勉強を継続したいと考えていました。

しかし、今さら中国語学校に行きたくなかったので、上海事務所の部下の中国人女性の学生時代の後輩で、日本に留学中の沈さんを紹介してもらいました。

2008年4月から、毎週末、彼女から2時間中国語の個人授業を受けています。授業で使っているのは、いずれも北京大学出版社発行の教科書で、すでに9冊目です。

当初は、神田神保町にある中国書専門店で教科書を購入していましたが、中国から輸入するため高くなるので、最近では上海に行った時に教科書を購入しています。

と言うか、授業の程度が高くなり、現在使っている教科書は、需要が少ないのは、神保町では売っていません(苦笑

「上海書城」の外に出ると、雨が降り出しました。タクシーをつかえて、ホテル経由上海駅に行くことにしました。時間は15:00、出発時間の16:30まで1時間半もあるので、充分時間の余裕があると思っていましたが・・・

しかし、上海市内は広い上に渋滞があることをすっかり忘れていました。ホテルに戻れたのが15:30、スーツケースをピックアップして、同じタクシーにて上海駅へ向かいました。

一般道から高速への合流地点で、やはり渋滞にはまってしまいました。タクシーは、ほとんど進みません。タクシーの運転手が「何時の列車に乗るのか?」と聞いてきたので、16:30と答えたところ、改札は16:00から始まるとのこと。この時点で既に15:55です、焦りました。

高速に入ってからも、車はスピードを上げることが出来ません。そこで、タクシーは再び一般道に降りて、裏道を猛スピードで走り始めました。

駅に着いたのが、16:10。駅構内をスーツケースを引っ張りながら走って、信陽行きの寝台列車『K464』が停車しているホームに着いたのは16:15でした。間に合った!

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==== 続きは、上海城市新聞 Vol.21 『寝台列車初体験』(その4)で ====

 

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学ぶ 2課 『山本高樹 昭和幻風景ジオラマ展』

2012年11月21日 | 学ぶ

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隊長が行った展示会・講演・セミナー・発表会や考えた事、など「学ぶ」の第2回は、『山本高樹  昭和幻風景ジオラマ展』をお送りします。

記事をアップするのが、1ヶ月近く遅れてしまいましたが、10月24日(水)に、“COREDO(コレド)室町”の 『日本橋 平田』で「ランチロースカツ膳」を食べ、日本橋三越本店の『お得意様サロン』でコーヒーを飲んだ⇒ http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/d/20121106 あとに向かったのは「日本橋高島屋」です。

 

目的は、10月18日~30日まで同店8階ホールにて開かれていた『山本高樹 昭和幻風景ジオラマ展』を見に行くためです。

 

山本 高樹(たかき) さんは、昭和の町並みのジオラマ(展示物とその周辺環境・背景を立体的に表現する方法) 作家として有名な方です。

2012年4月~9月にNHKで放送された、堀北 真希ちゃん主演の連続テレビ小説『梅ちゃん先生』のオープニングに、同氏のジオラマが登場していたのを覚えている方も多いと思います。


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「日本橋高島屋」へ行くのは、9月22日に同店で開かれていた「第2回大東北展」に『あわまんじゅう』を買いに行って以来です⇒ http://shanghai-taichou.blog.ocn.ne.jp/blog/2012/09/post_d251.html

 

『ジオラマ展』の会場に入ると、多くの人で賑わっていました。

浅草、銀座、新宿の昔の町並みのジオラマ作品が、数多く展示されていました。

隊長が感心したのは、再現された建物だけでなく、作品中の人形の表情が豊かなことです。それも、群集の一体ごとの表情が違って描かれています。

テレビにも登場した『梅ちゃん先生の町』をジオラマは、最後の方に展示されていました。

見終わってから心が暖かくなる、展示会でした。

=== 「学ぶ」バックナンバー ===
http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/c/f5db9e9e6a9e758b72bc946d007772f7

 1課 2012/11/15『展示会 本郷・旅館のある風景』 http://blog.goo.ne.jp/taichou-san2014/e/9b9ff1e016962cfd51c1ab830f76d004

 

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