<日高町・気多神社 けたじんじゃ>
『播磨国風土記』の中でも
よく知られた物語のひとつ、
アシハラシコヲ(オオナムチ)と
アメノヒボコの国占めの話において、
アメノヒボコが投げた3本の黒葛は、
すべて但馬国の出石地方に落ちたといいます。
この結果、アメノヒボコの領土は
但馬国の出石地方のみに限られ、
アシハラシコヲは出石以外の
産鉄地を手に入れました。
一説に「鉄の利権争い」が
絡むとされるこれらの逸話は、
アシハラシコヲの勢力が、およそ8千人とも
目されるアメノヒボコの一群を跳ね返すほど、
強大だった証拠にもなり得るのでしょう。
一方、『日本書紀』の記述によりますと、
アメノヒボコは天皇から
「播磨国の宍粟村と淡路国の出浅村」
の支配を許可されたにも関わらず、
「気に入った土地を探したい」と申し出て、
最終的にこの但馬の地を住処に選んだと聞きます。
争いの結果仕方なく出石を選んだのか、
それとも確固たる意思を持って
出石を選んだのかはわかりませんが、
いずれにせよアメノヒボコと出石地方との
水面下でのつながりが気になるところですね。