たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

善悪の融合

2015-09-30 11:29:57 | 歴史・神話・旅・風景

<荒祭宮 あらまつりのみや>

 

2013年は20年に一度の伊勢神宮の遷宮の年であると同時に、

出雲大社でも60年ぶりに遷宮が行われるという稀な一年でした。

伊勢神宮はいわずと知れた天津神

(日本を統治するために天から降りた神様)の本拠地であり、

出雲大社は国津神(日本の土地に元々根付く神様)を祀る代表的な神社。

つまり、天津神の世界と国津神の世界が、同時に改新されたというわけですね。

 

日本という国が誕生してから今まで、

私たちは「天津神と国津神の相克」の余波を受け、

さらには「天津神と国津神の相克」を増幅させながら、

他人と争いや善悪の葛藤の中を生きてきました。

天津神と国津神が融合したことで、

ひとりひとりの人間の中でも善悪の融合が起こり、

これまでとは別物の価値観が生まれるのでしょう。


おかげ

2015-09-29 11:27:00 | 歴史・神話・旅・風景

<せんぐう館 せんぐうかん>

 

外宮のせんぐう館を訪れたとき、学芸員の方が

「日本に住むことのありがたさに気づいていない日本人が多い」

とおっしゃっていました。

「屋根のある建物で目覚める」「好きな食べ物を選ぶ」

「新しい服を買う」「夜間に外出する」等々、

私たちが日々当たり前のように行っている諸々の営みは、

地球上のすべての人間に与えられている特権ではありません。

 

これらの恩恵を陰から生み出しているのは、

間違いなく日本人の心であり、

その心を形として継続している、

天皇陛下や伊勢神宮の「おかげ」です。

長い歴史の中で、様々な苦難や消滅の危機に遭いながらも、

神社という場所と皇室という制度を継続した先祖の努力が、

今日の私たちの命を守る強固な基盤を作ってきました。


お伊勢参り

2015-09-28 11:24:35 | 伊勢神宮

<おはらい町 おはらいまち>

 

お伊勢参りというのはその名の通り、

「伊勢神宮に参拝すること」が主たる目的です。

伊勢の地まで足を運び、参道を歩き、

神様の前で手を合わせるという一連の行動のために、

忙しい時間をやりくりし、費用をねん出することが、

巡り巡って「神様への敬意」につながるのですね。

 

自己利益ばかり追求すると、

逆に不利益を被ることが多いように、

祈願のために神社を訪れれば、

逆に願いは叶いにくくなります。

我欲や執着を捨てながら、伊勢神宮を散策することで、

昔から日本人が「一生に一度は…」と願い続けてきた、

お伊勢参りの貴重さを肌で感じられるでしょう。


陰陽の循環

2015-09-27 11:20:33 | 神社について

<荒祭宮 あらまつりのみや>

 

目に見えるものしか信じない現実派の人間、

逆に目に見えないものばかり重視する非現実派の人間が、

なぜかトラブル続きの人生を送りがちなのは、

偏った世界観にとらわれるあまり、

「陰と陽の循環」を忘れているからです。

人間にとって大切なのは、

表と裏の世界を交互に意識する姿勢でして、

どちらに比重をおいても弊害が出ます。

 

伊勢神宮を始めとする多くの神社には、

「本殿と奥宮」「和魂社と荒魂社」など、

対を成す二つのお社が同じ境内に祀られていますが、

これは参拝者の陰陽の循環を改善させる、

霊的な仕組みでもあるのですね。

日常生活と見えない世界とのバランスを整えることで、

悩みを解決する最良の状態が保たれるのでしょう。


欠かせない手順

2015-09-26 11:16:50 | 自然災害・参拝マナー

<宮原八幡宮 みやはらはちまんぐう>

 

メディアに頻繁に取り上げられているような有名神社、

あるいは 「●●のご利益あり」と盛んに宣伝しているような神社ほど、

実際に訪れてみると期待外れのケースが目立ちます。

逆に、地元の人のみが知る神社や、

旅先で立ち寄った神社の佇まいに、

よい意味で裏切られることもしばしば。

やはり実際に自分の目で確認してみなければ、

本当の神社のよさはわからないのでしょう。

 

「他人がよいと言っているから」「本によいと書いてあるから」

という理由で、神社に祈願をすれば、

願いを叶えるどころか運気を落とすのは必須です。

安易に世間の評判を信じると、

神社参拝をするたびに、「なぜか不幸になる」

という悪循環にもつながりかねません。

手間を惜しまず情報を仕入れ、

神社について勉強をすること自体が、

神様へ敬意を示すための「欠かせない手順」なのだと思います。


心を正して

2015-09-25 11:14:38 | 自然災害・参拝マナー

<内宮 ないくう>

 

神社にあるすべての自然物は、

「神様の気が宿る神聖なモノ」です。

たとえどんなお金持ちでも、

たとえどんな有名人でも、

神様がエコヒイキすることはなく、

ひとたび神社の神域に足を踏み入れれば、

誰しも「平等に」各々の心と行動の是非を裁かれます。

 

神社から戻ってきて(あるいは参拝の途中で)、

アクシデントに遭遇する人はたくさんいらっしゃいます。

これを「垢落とし」などと気楽に受け止め、

自省も謝罪もせずに過ごしていると、

トラブルの連鎖は続くでしょう。

神社を訪れることで、

普段見て見ぬ振りをしていた「欲」が、

神様の前に露見します。

参拝によって発生した不運は、

「心を正しなさい」というお知らせかもしれません。


失われた力

2015-09-24 15:12:25 | 自然災害・参拝マナー

<外宮 げぐう>

 

ご利益を求める人々が集まるスポットほど、

いつの間にか「不運をもらう場所」に変わってしまうものです。

大切な聖地である神社が、

「人々の感謝の思い」によって支えられているように、

感謝の気持ちが注ぎ込まれない神域は荒れ、

祈願の念が堆積した聖地は穢れます。

 

いつも目の前にある自然へ感謝を注ぐことで、

平和で穏やかな生活を維持できるのは確かです。

聖地やパワースポットに救いを求めるのではなく、

まずは身近な場所を「生きる自然」に変えることが、

失われた土地の力を復活する手段なのだと思います。


祈願の代償

2015-09-23 13:28:07 | 神社について

<鶴岡八幡宮・大銀杏 つるがおかはちまんぐう・おおいちょう>

 

各地に残る古い神社には、

貴族や戦国武将など歴史上の権力者たちの「寄進」により、

存続と繁栄を約束されてきたような側面があります。

平氏が崇敬した厳島神社、

幕府の厚い庇護を受けた鶴岡八幡宮…等々、

時と時代は変われども、神社(神様)の恩恵に預かった際には、

その見返りとして多額の寄進や寄付をし、

さらなる加護を願ってきたのが過去の偉人たちです。

「祈願の代償」を意識していたという部分では、

現代人よりはるかに見えない世界のルールを知っていたのでしょう。

 

スピリチュアル思考に染まった人間は、

あたかも「神様に願わない無欲な人」のほうが、

損をしているような言い方をしますが、

実際には目先のつまらない欲望を叶えるために、

日々神様に祈っているような人間こそ、

大損をしているのは本当です。

貴族や戦国武将たちが、

ありとあらゆる手段で神様に礼儀を尽くしたのも、

「おざなりのお礼まいりだけでは、

いつ不運がやってくるかわからない」ということを、

当たり前の事実として気づいていたからなのかもしれません。


見えない術

2015-09-22 23:22:19 | 自然災害・参拝マナー

<戸隠神社中社 とがくしじんじゃちゅうしゃ>

 

私たちは知らず知らずの間に、

「たくさんの形」に守られながら生活しております。

日本の中央部をひと飲みするような巨大五芒星、

全国各地に散らばる特殊な配置(△、▽、卍、逆卍…)の聖地、

レイラインと呼ばれる太陽軌道を意識した長い直線、

都を守護するための結界等々…。

それぞれが複雑に絡み合いながら、

「日本という龍体」を鎮め活性化させています。

 

どんなに知識豊富な占い師も、

どんなに霊感の強いヒーラーも、

宇宙規模の仕掛けを読み解き、

コントロールすることは不可能です。

ましてやそのエネルギーを利用して、

「運気を上げよう」と考えるなど、

浅はかな行為以外の何物でもありません。

 

開運行動や開運グッズなどに頼らなくても、

すでに私たちは「見えない術」によって守られています。

自分を育んでくれる自然を敬い、

自分自身の力を信用することこそ、

「術」を最大限に活かす方法なのですね。


日本のモノ

2015-09-21 13:16:47 | 神道・祖霊崇拝・祭り

<伊雑宮 いざわのみや / いぞうぐう>

 

ひと口に「スピリチュアル」といっても、

その種類は多種多様です。

例えば●●神・●●神事・●●祝詞など、

日本の神仏を利用した和製スピリチュアル以外にも、

ガイド・エンジェル・ワーク・メディテーションなど、

カタカナ用語を多用する西洋スピリチュアル。

また、世界各地に根付く土着的なスピリチュアル等々…。

それぞれの人間が引き寄せる縁により、

不可解な信仰にはまる人が多々いらっしゃいます。

 

ただ、どんなにあがいたところで、

日本で生まれ育った人間は、

「日本のモノ」との相性が一番よいのは明白。

わざわざ縁もゆかりもない他国のモノに頼らずとも、

日本人の心を保ち、日本の生活習慣を維持すれば、

十分幸せに生きられます。

今後は「真の日本の豊かさ」に気づいた人から、

幸運と発展のきっかけがもたらされるのでしょう。


神界への扉

2015-09-20 15:51:15 | 神道・祖霊崇拝・祭り

<高千穂神社 たかちほじんじゃ>

 

神社のご神事やお神楽の中で、

神職の方が神様を呼び出す際に、

「オー」という言葉(母音)を発しながら、

神様の鎮まるお社の扉を開く場面をよく見かけます。

 

数ある言語の中でも、日本語の母音というのは、

「神様とのつながりが深い音」でして、

「オー」という母音を響かせながら神様を呼び出す様子は、

まさにこの世と神の世とをつなぐ見えない扉を、

「母音の持つ波動」で押し開けているようなイメージです。

 

人間誰しも、喜怒哀楽の感情が湧きあがると、

「あー」「おー」 という言葉を口走ってしまうもの。

もしかするとそれは、私たちの心に住む神様の思いであり、

「神界へつながる扉」を開く大切な儀式なのかもしれません。


言葉力

2015-09-19 11:44:22 | 神道・祖霊崇拝・祭り

<日光市 にっこうし>

 

日本語が持つ母音の波動は、

意見の異なる相手を説得したり、

相手に感情を伝えたりする際に、

大きな威力を発揮するというデータがあります。

 

他人との交流手段のほとんどを、

「言葉」に頼るこの世界では、

優れた文章を読み、語彙を増やし、

的確な表現力を身につけることは、

運気を上げるための欠かせない武器です。

 

どんなにルックスや条件がよくても、

会話がつまらない人は自然と敬遠されるように、

よい関係を長続きさせる上で必要なのは、

「その人ならではの言葉力」なのかもしれません。


子どもと母音

2015-09-18 11:40:04 | 神道・祖霊崇拝・祭り

<日光市 にっこうし>

 

日本語独特の音である「母音」は、

その名の通り人間に「母性を与える音」であり、

普段から母音を意識することで、

心身を健やかに保つことも可能です。

ゆえに、成長過程にある子どもの前では、

「正しい日本語」「正しい発生法」は必須。

大人たちのきれいな日本語と、

母音をしっかりと発声する心がけで、

子どもの精神も安定するはずです。


日本語の発声

2015-09-17 15:39:56 | 神道・祖霊崇拝・祭り

<日光二荒山神社 にっこうふたらさんじんじゃ>

 

最近、「母音を発声できない子ども」

が増えているそうです。

何でも腹筋や声量を必要とする

「あ・い・う・え・お」という母音を使わず、

口先の動きだけで音に変換できる

子音を優先して会話をする子どもたちが多く、

結果的に「大きな声が出せない」「呼吸が浅い」

などの弊害が出ているのだとか。

 

確かに子どもだけでなく若者や大人の中にも、

ぼそぼそと独り言のように話す人や、

甲高い耳障りな喉声で話す人が目立ちますし、

「言葉」を職業とする立場の人たちの中にも、

その傾向は強まっているようです。

「声のインパクト」「しゃべり方の癖」というのは、

想像以上にその人の印象を左右します。

社会に不安を抱える人、不満を抱く人が増えたのも、

あながち「発声法」とは無関係ではないのでしょう。


言葉の浄化作用

2015-09-16 15:34:14 | 神道・祖霊崇拝・祭り

 

<日光二荒山神社 にっこうふたらさんじんじゃ>

 

母音を意識した発声には、

必然的に腹筋の力が必要です。

ゆっくり丁寧な言い回しでなければ、

母音をクリアに響かせることが難しいため、

母音を強調しようとすればするほど、

自然と相手に与える印象もソフトになります。

 

母音の占める割合が多い日本語は、

まさしく「神様の言葉」でして、

母音をゆったりと長く発声することで、

心身にたまったノイズが消されます。

日本中がきれいな日本語(母音)で満たされたとき、

日本を取り巻く空気も浄化されるのでしょう。