<八倉比売神社 やくらひめじんじゃ>
忌部氏という古代ユダヤ氏族を、
日本そして阿波へと導いたのは、
彼らの絶対神であるヤハウェであり、
スサノオだったのかもしれません。
忌部氏が立ち寄った場所は、
恐らく「スサノオ」と深く縁する地で、
その地にいたスサノオの子孫たちと、
「国譲り」の交渉を重ねる中で、
少なからず不協和音も生まれたのでしょう。
それまでスサノオが支配していた日本という国を、
ユダヤ由来の「天照太御神」の国に変えることは、
もともと同じ民族である双方の人々にとって、
どうしても避けられない未来への布石でした。
ただし、その過程においてたくさんの
「争いの火種」を作ってしまった結果、
残された因果も多かったのだと思われます。
神武一行と激しく争った長髄彦や、
名草戸畔と同じような立場の人物が、
全国各地の「国」に存在したのは確かです。
神社参拝や聖地巡礼というのは、
今なお無念を抱えた「神(祖先)」を思い出し、
静かに心を寄り添わせる供養の旅でもあるのですね。