たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

謹賀新年

2019-01-01 09:46:45 | 歴史・神話・旅・風景

<伊射波神社 いざわじんじゃ>

 

明けましておめでとうございます。

そして、2018年もありがとうございました。

いつの間にやらブログの内容が、

古代日本一色になってしまいましたが、

多くの方々にお越しいただいていること、

心より感謝いたしております。

 

たまには時事ネタなど……と思ってはみたものの、

どうやって文章を綴っていたのかすら、

忘れてしまった今日この頃……。

言えるのは、平成が終わる2019年という年は、

誰もが「いよいよ始まるのか」と感じるような、

鳴動の一年になるということでしょう。

 

この年末に伊勢神宮に参拝をした際、

例年以上に「若者」や「若いファミリー」が、

熱心にお参りしている姿が目立ちました。

もしかすると、若い人たちや中堅世代の人々ほど、

これから日本や世界を覆う変革の気運を、

無意識に感じ取っているのかもしれません。

 

そんなわけでして、今年も諸々の事情が許す限り、

各地の神社などに足を運びつつ、

日本という国の重厚な歴史や稀有な文化、

そして知られざる日本の「肝」となる部分に、

光を当てて行けたらと考えておりますので、

ぜひともお付き合いいただければ幸いです。


微かな光

2018-01-01 10:20:22 | 歴史・神話・旅・風景

<伊雑ノ浦 いぞうのうら>

 

楽しいことがあったときは、

すべてが極彩色の輝きに彩られ、

悲しいことがあったときは、

すべてが色あせて観えるように、

いつもと同じ景色を眺めていても、

ひとりひとりの心の持ち方次第で、

景色は千差万別に変化するものです。

 

この世は常に、美しく神々しい光を

放ち続けてくれているにも関わらず、

人間はちょっとしたきっかけで、

自分自身の心を曇らせてしまい、

目の前の光を遮断してしまいます。

恐らく今年一年、日本のあちこちで、

私たちの目先を曇らせるような

出来事が起こるかもしれません。

 

ただし、どんな景色を見せられようとも、

わずかに灯る「微かな光」さえ見つけられたなら、

物事は光に向かって動き出します。

2018年、そんな「光」に気づく日本人が増え、

日本という国が神々しい太陽の光に

向かって進むことを願うばかりです。


生活道路

2017-11-20 09:13:27 | 歴史・神話・旅・風景

<つるぎ町・一宇>

 

剣山へと続く山道に突入してからしばらくは、

集落の間を縫うようにして走る二車線道路です。

時折、急激に道幅が狭まる箇所が出現するものの、

さほど運転しにくいと感じる状況ではありません。

しかし、まだ夜も明け切らない時間だというのに、

ときには建物の間から、ときには崖の向こうから、

猛スピードで山を下ってくる車のヘッドライトが、

突如として視界を遮るように目の前を照らします。

 

当たり前のことではありますが、

普段私たちが利用する観光ルートというのは、

そのほとんどが土地の方々の生活道路であり、

安易な気持ちで立ち入ると、付近の住民に

迷惑をかける結果にもなりかねません。

「観光地」と名のつく場所のすべてが、

物見遊山の観光客のために、何から何まで

お膳立てしてくれるわけではないのですね。

 

今回、剣山周辺を巡る最中も、 地元の軽トラ、

他県ナンバーの高級車、 大型工事車両、

外国人観光客のレンタカー等々、

様々な車種、様々な立場の人々が運転する車と

すれ違いながら予定をこなしたのですが、

ある程度の事前調査をしていなければ、

車の運転にエネルギーを取られて、

ストレスばかりがたまる道中になったでしょう。


未知の自分

2017-11-13 09:45:22 | 歴史・神話・旅・風景

<東祖谷名頃・かかしの里>

 

とかくポジティブなイメージが付きまとう

「旅」や「旅行」というキーワードですが、

個人的に「旅」という言葉を聞きますと、

「またか……」「しんどいな……」

という思いのほうが先に立ちます。

私にとって旅というものは、

「やらなければならない義務」のような感覚で、

「出かける」と決めたそのときから、

自分を追い込む修行の毎日が続くのです。

 

なぜそんなしんどい思いをしてまで、

「旅に出かけるのか」と問われれば、

それは恐らく自分の目で見たことを、

自分の言葉に置き換えたいからなのでしょう。

その場に立ち、その場の空気を感じ、

「自分自身が何を思うのか」……に対し、

私自身が一番興味を持っているのだと思います。

これまで見たことのない未知の光景、

これまで見たことのない未知の感覚は、

やはり自らの足で探るしかないのかもしれません。


土地の声

2017-11-10 09:31:32 | 歴史・神話・旅・風景

<東祖谷名頃・国道439号

 

四国山地を東西に貫く国道439号線は、

全国的にもよく知られた「酷道」のひとつであり、

総距離350km近くに及ぶ、四国第2位の長距離道路です。

途中、仲間?の酷道438号線など重複しながら、

徳島市から四万十市へと至るその道は、

酷道ファンの間では、通称「ヨサク」と呼ばれ、

人気路線の筆頭として君臨しています。

 

ちなみにここ最近、神社巡りに出かけますと、

まずは神社そのものよりも、そこに向かうまでの

「道路」や「地形」のほうが気になるもの。

ネットの動画サイトなどを参考にしながら、

幾度となく行程をシミュレーションし、

安全かつスムーズにたどり着けるよう、

周囲の状況を疑似体験しておくのが慣習です。

 

本来であれば、初めて見たときの感動を

味わいたいという気持ちもあるのですが、

とにもかくにも神社巡りで大切なのは、

「地元の方に迷惑をかけないこと」と、

「無事に旅を終えて帰ってくること」。

やはり「謙虚な姿勢」なくして、

「土地の声」には耳を傾けられないのですね。


重要スポット

2017-09-15 14:09:04 | 歴史・神話・旅・風景

<長滝白山神社 ながたきはくさんじんじゃ>

 

先々月、岐阜・福井方面へと旅をしてまいりました。

ここ2年ほど、熊野にかかりっきりになっていたため、

しばらく足が遠のいていたエリアだったのですが、

その周辺には、しばらく立ち寄れなかった神社や、

一度行ってみたいと思っていた神社が多々あります。

 

当初は、他地域への訪問を予定していたものの、

案の定何かに促されるようにして、

それらのエリアに注意を引かれるようになり、

いろいろと調べている最中、

今年が白山開山1300年の節目であることを思い出したのです。

 

恐らく、その地域の神社を巡ることで、

熊野の来訪時に積み重なった疑問や、

「ある仮説」に対するヒントも得られるのでしょう。

岐阜・福井という、少々地味な(失礼…)な土地は、

古代の日本を語る上でも避けられない需要スポットでした。


一生の宝

2017-08-10 10:28:34 | 歴史・神話・旅・風景

<那智勝浦町>

 

ここ数年の間に、驚くべきスピードで

インターネットが普及したことにより、

日本のみならず世界中のすばらしい景色を、

家に居ながら楽しめるようになりました。

ネットにアクセスするだけで、

欲しい情報をすぐ手に入れることも可能ですし、

ややもすれば実際に行かなくても、

行った気になれてしまうのが、

現代という時代だと思います。

 

ただし、過去の経験を振り返ると、

「その場所」にたどり着く過程の中にこそ、

様々な気づきや発見が潜んでいました。

「自分にとっての聖地」を探すためには、

やはり時間と労力をかけて、

自分自身の足で歩き回るしかないのでしょう。

「行った気になる」だけでは得られなかった

リアルな手ごたえは、一生の宝になるのです。


日本の黒幕

2017-08-06 10:53:37 | 歴史・神話・旅・風景

<十津川村>

 

神社参拝を始めてから、

熊野はずっと「憧れの地」であり、

「いつかは行きたい場所」の筆頭でした。

とはいえ当時は、現在ほど高速道路や

バイパスなどが整備されておらず、

また公共の交通手段も限られていたため、

訪問を後回しにし続けていた経緯があります。

 

ようやく一念発起して出立したのが十年前。

飛行機が降りられるかどうかもわからない、

天候不順な南紀白浜空港の鬼門をクリアし、

念願だった熊野の地に降り立つと同時に、

その足で一目散に十津川村へと向かい、

玉置神社へ参拝したことを思い出します。

 

前回の旅、今回の旅もともに、

玉置神社には立ち寄らなかったのですが、

日本の神々を裏で取りまとめているのは、

熊野の神たちであり玉置の神なのでしょう。

いずれまた条件が整ったら再訪し、

「これからの日本」について、

じっくりと考えてみたいと思っております。


追いやられた神々

2017-08-05 10:47:36 | 歴史・神話・旅・風景

<潮岬>

 

「伊勢神宮と対を成す場所」と聞いて、

まず脳裏に思い浮かぶのは、

出雲そして熊野ではないかと思います。

伊勢神宮を「陽を司る地」とするなら、

出雲や熊野はまさに「陰を司る地」。

天津神をお祀りする伊勢神宮に対し、

出雲や熊野に祀られているのは、

古くから日本を治める国津神です。

 

ちなみに、出雲と熊野という土地には、

様々な共通点が指摘されており、

例えば、紀州の熊野大社の神々は、

出雲からやってきたという説や、

イザナミの墓所と呼ばれる場所が、

両地域に存在してることから考えても、

何かしらの深いつながりがあるのでしょう。

 

その中でも、特に興味深いのが、

出雲の神社も熊野の神社も、

「追いやられた神」を祀るという事実です。

出雲や熊野という言葉にどことなく、

「あの世の匂い」が漂っているのも、

決して「隠された神々」の存在と、

無関係ではないような気がします。


カムイの地

2017-08-02 13:31:44 | 歴史・神話・旅・風景

<熊野市>

 

紀州藩が編纂した地誌、

「紀伊続風土記」の中では

「熊野は隈(くま)にてこもる義にして、

山川幽深樹木蓊鬱なるを以て名づく」と、

熊野の語源をあらわしています。

 

また、熊野の熊は「隈(くま)」であり、

「辺境の土地」をあらわすという説や、

熊野は「籠る」が変化した言葉であり、

「森林が深い場所」を指すという説なども、

有力な説として広く知られているようです。

 

そんな中、個人的にしっくりきたのが、

アイヌ語では熊のことを、

「カムイ(神)」と呼ぶという話でした。

古代日本語でもあるアイヌ語の中には、

ヘブライ語で神を示す「ヤ」と同様に、

「熊野」と「神」をつなぐ言葉があったのですね。


先祖が来た道

2017-07-26 10:11:47 | 歴史・神話・旅・風景

 

伊勢・奈良・熊野などの古い聖地を巡っていると、

「東京や関東からの旅行者ばかり」

という話をあちこちで耳にします。

もちろん首都圏の人口が、

他の地域と比べて段違いに多いという、

物理的な要因もあるでしょうが、

人口という側面だけでは説明できない特別な理由が、

それらの状況の中には含まれていると感じるのです。

 

古事記や日本書紀などの古書を読んでもわかるように、

詳細な歴史が残されている西日本の状況とは異なり、

東日本の歴史に関しては、ほとんどといってよいほど、

物語らしい物語は記されていません。

最近になってようやく、東日本が「未開の地」

ではなかったことが証明されていますが、

「歴史的な裏付けがない」という状況は、

その土地で暮らす人の心に、

想像以上に影響を与えるものなのです。

 

東京や関東に住む人々が、

様々な歴史が眠る場所を目指すのも、

「自分のルーツ」を取り戻したいという、

押さえがたい衝動があるのでしょう。

今日本人の多くが、自分の足元に不安を感じ、

「先祖が来た道」への回帰を試みているのだと思います。


南九州と北関東

2016-06-22 10:00:20 | 歴史・神話・旅・風景

<鹿島神宮 かしまじんぐう>

 

阿蘇神社と鹿島神宮という、

中央構造線の両端に位置する場所に、

それぞれ「ナマズ伝説」が伝えられていることは、

遥か太古の時代からこの断層上で、

大きな地震が頻発していた証だといえます。

 

ちなみに、熊本大地震の震源地近くに、

「鯰」と名のつく場所があるのですが、

奇しくもそれは、鹿島と同じ読みを持つ、

嘉島町(かしままち)の中の地名でして、

鹿島はもともと「かぐしま」とも呼び、

鹿児島という名称とも共通する部分があるそうです。

 

またそれ以外にも、南九州と北関東という二つの地域には、

遠地とは思えないほど、同じ名前の地名が数多く確認できます。

これらの土地の間には、中央構造線という大活断層を通して、

簡単には無視できない古い結びつきが存在しているのでしょう。


ナマズ伝説

2016-06-20 10:52:46 | 歴史・神話・旅・風景

<阿蘇山 あそさん>

 

熊本・阿蘇付近に残る「ナマズ」の伝承には、

先月発生した熊本大地震を予言するような、

暗示的なキーワードがたくさん含まれています。

ナマズ伝説が残る地域というのは、

昔から地震が多かった土地である証拠で、

阿蘇地域を支配していた阿蘇氏が、

ナマズをシンボルとして崇めていたのも、

地震鎮めの意味合いがあったからなのでしょう。

 

熊本大地震により、ナマズの聖地である

阿蘇神社の建物は大きくつぶれました。

同じくナマズ伝説で有名な鹿島神宮は、

東日本大震災により鳥居が倒壊しています。

古くからの言い伝えというのは、ただの昔話ではなく、

現代に生きる私たちに向けた重要な示唆なのかもしれません。


志摩の国

2016-05-27 11:03:55 | 歴史・神話・旅・風景

<伊雑宮 いざわのみや>

 

昨年10月の神宮の神嘗祭のとき、

伊雑宮で偶然志摩市長にお会いし、

名刺とパンフレットをいただきました。

伊勢という一大観光地の陰で、

いまいち知名度の低い志摩市ですが、

その観光資源は驚くほどに豊富で、

何といっても伊勢の元宮とも呼ばれる

「伊雑宮」が鎮座する地でもあります。

 

当時と今とでは「国」の定義が違うため、

正確なことはわかりませんが、

倭姫命が旅の最後にたどり着いたのは、

志摩付近だった可能性もあるのでしょう。

もしかすると今回のサミットの会場となった、

賢島周辺の美しい島々を見ながら、

「…この国にいたいと思う」という

あの言葉をつぶやいたのかもしれませんね。


神様との接点

2016-05-24 10:46:46 | 歴史・神話・旅・風景

<伊雑宮 いざわのみや>

 

先日、近くの田んぼを歩いておりましたら、

風に乗って「土」の匂いが漂ってまいりました。

その場で大きく深呼吸をしてみたところ、

雨が降った後の濃厚な土の匂いが、

身体の中を心地よく駆け巡り、

全身がホッと和らいだような気がします。

 

海辺に住む人なら潮の匂い、山に住む人なら森の匂い、

都会に住む人にとっては、ふと感じる風の感触など、

自然が発する様々な「息」に触れたとき、

神様は私たちのすぐそばにいることを

知らせてくれているのでしょう。

今生活している場所の隣には、

当たり前のように神様との接点があるのですね。