<大湯ストーンサークル館>
大湯環状列石で使用されている石
(約8,500個)の半数以上が、
「石英閃緑ひん岩」という淡い緑色の石だと聞きます。
しかもその石は、遺跡から5㎞近く離れた
安久谷川流域から採取されたもので、
この地の縄文人は数百年の長い月日をかけて、
これらの石を大湯まで運んできたと推測されるのです。
となりますと、なぜ山や海の石ではなく、
川の石が必要だったのか……、
なぜ近隣の川の石ではなく、
安久谷川の石でなければならなかったのか……等々、
様々な疑問が浮かびますが、
恐らくストーンサークルを完成させるためには、
「特別な川石」であることが必須条件だったのでしょう。
つまり、身近な野山の石ではなく、
特定の川石を遺跡に加えることで、
陰陽五行が揃う完全なる聖地を
作り上げたかったのだと個人的には感じるのです。
ちなみに、「石英閃緑ひん岩」という名称を見て
思い浮かんだのが、伊勢神宮のお白石持ち行事
で使われる白い石英の石でした。
「白」と「緑」と色こそは違うものの、
なぜか聖地には「石英系」の石が付いて回り、
伊勢や熊野などの信仰の場では、
必ずといっていいほど石英の石を見かけます。
もしかすると、「ストーンサークルに石を運ぶ」
という行為は、伊勢神宮に石を奉納することと
同じ意味を持っていたのかもしれません。