たびたび神社

ライターあかりの神社ブログ

偶像崇拝の萌芽

2019-10-07 09:08:23 | 縄文への旅

<是川縄文館>

 

土偶という遺物は、主に貝塚などの

「捨て場」や共同墓地などから

発掘されることが多いと聞きますが、

こちらの是川遺跡出土の合掌土偶は、

シャーマン宅の祭壇に置かれていた

可能性が高いといわれております。

 

さらには、破損した箇所をアスファルトで

補修した形跡もあることから、

長い期間に渡り何度も修復を重ねながら、

大事に守られてきた土偶であることが

見て取れるのだとか……。

 

バラバラに破壊されたり、身体の一部をもがれたりと、

「壊されること」を運命づけられた多くの土偶とは異なり、

こちらの合掌土偶に限っては、最後まで丁寧に扱われ

「葬られた」と考えても差し支えないのでしょう。

 

縄文の人々にとって土偶という偶像は、

あくまでも一過性の依り代で、

最終的には壊されるべき

運命に置かれていたはずです。

ただし、縄文後期以降になるに従い、

先祖代々受け継がれる「崇拝物」として、

そのポジションを変化させたのかもしれません。

 

恐らく、合掌土偶は「仏像」にも

つながる宗教遺物であり、

現代まで続く「偶像崇拝」の萌芽が、

この不思議な造形の土偶を取り巻く

様々な痕跡から伺えるのですね。