○3年生の頃④
3年生の時、理論の授業は書学方法論と日本書法史の二つがあった。
書学方法論は毎年伊藤伸先生が担当されていたが、前年の秋に急に亡くなられ、後任として来られた角井博先生が担当されるものと思って楽しみにしていた。ところが先生は担当されず、2年次の書鑑賞論と同じく、中村伸夫先生が担当されることとなった。授業も書鑑賞論と似たような感じで、ひたすら中国の書論を講読していくだけのツマラナイ授業だった。レポートも試験もなく、やりがいも感じられなかった。
日本書法史は村上翠亭先生が担当された。これは面白かった。実習の授業でも先生は作品の解説をされる時、学者としてでなく、制作者の視点から解説されるので、本などの解説とは全く違って、大変興味深かったのだが、日本書法史の講義も同じであった。
授業は講義をベースに、時にスライドを用い、それに先生がコメントを付けることで授業を進めて行かれたが、時には作品に関する思い出などが差し挟まれ、また、関西のご出身ということもあって、軽妙な冗談なども入って、講義はいつも実に和やかであった。
しかし、その分テストは厳しかった。先輩から過去問などを入手して研究したが、毎回必ず裏をかかれた。厳しかった分、先生に失礼があってはならないと、皆必死に勉強した。現在師事している今井凌雪先生は別にして、先生に対してそのような思いを抱いたのは、村上先生が最後だったかも知れない。
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