宇遠内には海の物を安く食べさせてくれる店がある。ここでそんな海の幸をつまみにビールなど飲んだら美味いだろうな、などと思ったのだが、今日の目的はそれではないし、ビールなんぞ飲んでしまったら、この後が大変なので寄らないことに決めた。
海沿いを少し歩くと砂走りの登りにかかる。ここで同宿していた知人から、岩場にイワギキョウがあると聞いていたので探してみると、小さな群落をなして咲いているのが見つかった。礼文でイワギキョウを見るのは、もうかなり前に、礼文岳の山頂の西側の岩場でたった2輪だけ咲いていたのを見て以来である。
この後は特に見るべきものもないので、見晴らしの良い砂地でお昼にした後は、ただひたすら山道を登って降りるのを繰り返した。それにしても暑い。そして、朝星観荘の窓から、スコトン岬方面から歩いて来るたくさんの人を見たので、途中でかなり多くの人とすれ違うと思っていたものの、実際は全部で20人ほどであった。2000年頃は離島&ハイキングブームで、休日にこのコースを歩くと100人ぐらいの人とすれ違ったものであったが、こんなところにも、不況による旅離れや、離島ブームの終焉を感じてしまうのであった。でも、人が少ないに越したことはないのだが。(ちなみに初めて7月の礼文を訪れて桃岩歩道を歩いた時、元地灯台までですれ違ったのはライダー1人だけだった。こんなことはもうあるまい。)
今日このコースを歩いた最大の目的は、召国にあるチシマゲンゲの群落を見るためである。時期的にチシマゲンゲはもう終わっているのではないかと思っていたのだが、前日の桃知コースできれいに咲いている株を見かけたので、ひょっとすると見られるのではないかと期待していたのである。
召国の通称”ゲンゲの丘”は、このチシマゲンゲとヨツバシオガマという、濃いピンク色の花が群生して咲くので知られる場所である。私もかつて1度、ちょうど見頃の時期に訪れたことがあるのだが、斜面一面が濃いピンクで覆われて、それはそれは見事だったのを覚えている。
ゲンゲの丘に到着した。足を踏み入れたすぐの所に、既にきれいに咲いたチシマゲンゲとヨツバシオガマがある。これはかなり期待できると思われた。ただ、この場所は8時間コースのちょうど中間地点あたりに位置しており、ちょっとした休憩場所になりやすいので、誰かに遭遇するのではないかと思ったのだが、幸い誰もいなかった。
私は植物を踏まないように注意して、斜面を見て回った。しかし、前回来た時に比べて明らかに花が少ない。どうしたことだろう?前回の3分の2程度しかない。たまたま今年が外れ年なのかも知れないが(実際エゾカンゾウは外れ年で、砂走りの裏側の斜面は、前回来た時の3分の1も咲いていなかった)、それにしても少ない。前回尋ねた時、今は亡きHさんや、Sさん、Iさん達と歓声を上げて眺めた時とは雲泥の差と言ってもよい。こんな所にも、地球温暖化の影響が現れているのだろうか?
それでも花がまとまって咲いているところを探して何枚もの写真に収めた。30分くらいは滞在していただろうか。前回と異なって海が青い。チシマゲンゲとヨツバシオガマが咲く向こうに、海が青く光る様を一緒に写真に収めたりもした。
後は西上泊まで山道を下るばかりであるが、途中、センダイハギやオオカサモチが群落を作っているところにも遭遇した。いずれも亡きHさんが写真に撮って自作の花のアルバムにも収めていたことで見知っていたのだったが、こんな行きやすい場所にあるとは思いも掛けなかった。どちらもわりと地味めな花であるが、こうして群落を作って咲いているのを見ると、また違った華やかさがあることにも気づいた。
風こそ強いけれど、空も海も青い。遠くゴロタ岬や船泊湾の景色を眺めながら、西上泊への道を急いだ。
西上泊の集落に入ると、猫の鳴き声がした。まるで私に向かって呼びかけてくるような鳴き声である。どこで鳴いているのだろうと思って目を凝らすと、目の前の汚れたガラス窓の向こうに3匹もの猫が固まってこちらを見ているのに気づいた。そっと近づいてみると、室内にいることもあって、逃げることもせずに興味深げにこっちを見ている。そこでまたさっき聞いた鳴き声がしたが、その3匹ではない。よく見ると、3匹の猫の下にもう1匹の猫がおり、その猫が私のことを呼んでいたのだった。窓が開いていればかわいがってあげたものを、さすがにそれはできず、4匹が私の方を見ている様子を写真に収めただけでその場を去った。
西上泊には澄海岬がある。ここは礼文で私が一番好きな(普通に行ける場所の中で)ところである。ちょうどツアーバスがいなくなった時だったので、静かに景色を眺め、写真を撮ることができた。
ツアー客のざわめきがしたので引き返し、アトリエ仁吉に立ち寄った。ここも西上泊、ひいては礼文に来ると必ず立ち寄るところである。仁吉さんも相変わらずお元気だった。以前購入してダメになっていたストラップを新しくし、直してもらったりしているうちにすぐに店はツアー客で一杯になり、あまり話もできないままに店を出た。でも、3年ぶりに話ができたのは良かった。
後は浜中までアスファルトの道を歩き、バスで星観荘に戻った。この日はドイツ人の一家が泊まりに来ていた。ハンス&ペトラ夫妻と、娘のザビーナちゃんである。日本に何度も来ており、息子さんは日本に留学し、ペトラさんは日本語を学んでいて(常に電子辞書の日独辞典を使っていろいろ調べながら会話をしていたのが印象的だった)、簡単な日常会話も出来るほどであった。日本食も積極的に口にし、箸の使い方もちゃんとしていたが、ザビーナちゃんは刺身をつつく両親を差し置いて、14歳ながら自分はベジタリアンであると主張して、特別料理を作ってもらって食べていたのは、やはり西洋の人らしいなぁ、と思って眺めていた。
この日は、星観荘沖縄ツアーで一緒になり、それ以外にも礼文で何回か一緒になったことのあるいもぴーことNさんが来ていた。何とNさんはいつの間にか結婚しており、しかも妊娠7ヶ月の身だった。身重の身でありながらも来てしまいたくなるほど、礼文と星観荘は魅力的な場所であることは間違いない。