○3年生の頃⑦
今回の学外演習の最大目的は、今井凌雪先生が所蔵される名品を鑑賞させていただくことであった。
それ以上に、何よりも私は、書の道を歩むきっかけの最初となったNHK教育テレビの「書道に親しむ」の講師をされた今井先生にじかにお会いできることが一番の楽しみであった。
電車を乗り継いで帯解駅に降り立ち、小雨降る中を先生のお宅に向かって歩いた。辺りは田んぼと集落が入り交じったのどかなところだった。
先生のお宅の門をくぐると、そこには「書道に親しむ」で若月純子さんが訪問した先生のお宅そのものの実物が目の前にあった。お宅にお邪魔して、広い書室に入った時、そこにはテレビで見た実物の書室そのものであった。そして、私達を案内してくださったのは、テレビで見た今井凌雪先生その方であった。テレビで見たのと同じ優しい笑顔で私達を迎えてくださったのだ。
私はもうそれだけですっかり舞い上がってしまっていたが、実は今井先生にお会いするのはそれが初めてではない。前の年に雪心会選抜展を見に奈良を訪れた時に先生を見かけていたし、その年の夏には上野の森美術館で開催された雪心会展の座談会に参加させていただいて、じかにお話もさせていただいていたのだった。
先生はその時を覚えていてくださったかどうかはわからないが、私がその時のことでご挨拶申し上げると、お馴染みの笑顔で応じてくださったのはなんとも嬉しいことだった。
先生は先輩のIさんの手助けを得て、名品を展示してくださっていた。2階の部屋は襖を取り払い、王鐸、徐渭、張瑞図、董其昌の巻子が全部広げられていた。私達はそれをまたいだりしながら慌ただしく鑑賞した。
1階の応接間では清朝の文人達の手紙の冊を鑑賞した。あまりにも膨大な量で、著名な文人のものを探すだけで一苦労だった。制作室では拓本を鑑賞した。龍門二十品が印象深い。
テレビでも見た書室では、傅山や何紹基の軸、呉昌碩の画と書の屏風、伊秉綬や梁巘の冊、趙之謙の手紙の冊などを鑑賞した。
どれもこれも素晴らしいものなのだろうが、残念なことに下級生を中心に、その凄さを十分に消化しきれていなかった学生が多かったように思う。私もその1人で、鑑賞しきれないために、やたらと写真ばかり撮りまくっていた。
しかし、その中でも私がその年の夏休みに卒業研究の対象にと決めた陳鴻壽の手紙だけは念入りに鑑賞し、写真にも収めた。