連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

桃の節句:雛飾り

2016-02-23 09:00:28 | 日記・エッセイ・コラム
季節の行事に彩られて育てられたなかでも、
3月3日、ひな祭りは、ことのほか沢山の思い出が詰まっています。
お雛様は、父と二人でお出まし願い、それぞれの場所にお連れします。
お内裏様とお姫様をまず最上段に出したい私を、父は、お迎えの準備ができていないと制し、
重臣、お道具、おかご、牛車をしつらえてから、”ようこそおいでくださいました。しばし、御逗留ください。”と飾り、段飾りの前に正座して、一例します。
母が、準備してくれていた、菱餅、雛あられなどもそれぞれのお飾りにのせます。
60年以上前は、今とは違って、保存のきく包装はありませんでしたので、母が、もい日見繕ってあるお雛様のおさがりをいただけるのが楽しみで学校から帰宅しました。
節句当日は、近隣の子供たちにもきていただき、母得意のチラシズシをいただき、がやがや言いながら騒いだ名残が、お雛様のお顔のいたみ、お道具の損傷に伺えます。

お雛様がいらっしてくださった経緯を、箱から出しながら話して聞かせてくれたのも、今は楽しい思い出となってしまいました。

終戦間もない、食料も十分でない時期の誕生でしたが、初節句には、おばたちが藤娘を、小さい小さい3段飾りを父がかってきて祝ったそうです。
父は、経済的にも厳しい中で、数年後には、段飾りのひな人形をそろえてくれました。
桃は邪気を払うから、桃の節句で子供の健康を願ってかざるのだよと言われながら、
3月3日は、5節句のひとつで、三月初めの巳の日で、上巳の節句とも呼ばれるなどの話も
縁遠くなるといけないなどといいながら、最後の日は、しばしのお別れだからと、おそばを備えていました。

雨水に飾ると良縁に恵まれると最近は耳にしますが、両親はどういう日に飾っていたのでしょうか?
母は、4女だったので、立派な雛飾りではなく、自分用の、かわいらしい大事にしていた土のお雛様を一緒に飾っています。話からしか知らない、子煩悩だったという祖父。

大学に入学するために、家を離れてからも毎年飾ってくれていた両親を思い出し、父の死後、母の同居をきっかけに、持ち主のわたくしの家で、手元危うく、出し入れも不自由になるまであと何年ぐらいあるのかしらと思いながら、大事にし育ててくれていたのだなと思いながら、母の躾とは程遠い毎日の所作だったと反省しながらお雛様と対面しました。
雛飾りにひし形のお台が1対あるので、雛飾り後、難渋するのが菱餅です。幼いころには、家で、変わり餅もつき、ひし形にするのがこれまた大騒ぎでした。以前は、お菓子屋さんに売っていましたが、最近はひし形を探すのが大変で、何件か売り場を巡ってやっと調達です。今年は、餅ではなかったのですが、ゼリーの菱餅が手ごろな大きさだったのでお供えさせていただきました。

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