連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

雑感;宇塚善郎::仙台医師会報11月号を転載

2013-12-30 14:45:35 | 健康・病気

2011年からの努力も好転せず、

2013年血液疾患センターは閉院し、患者共々不安の中から、

仙台富田病院で外来診療継続という光明のなかで2014年を迎えます。

今年の仙台医師会報に寄稿した宇塚善郎先生の一文を

生き続けられることに感謝した今年の締めとします。

 

雑感

単眼顕微鏡で酷使した右目は50台にはすでに光を失い、左目も徐々に視力の低下をきたし、八十路も半ばになっても重症患者に助けられながら毎日病棟の回診を続ける気力に満ち、視力の低下は、30年来の愛弟子齋藤淑子先生に顕鏡の細胞を声を出してカウントするのを傍らで聴いて診断を確定することで補っていましたが、四捨五入すると九十路の今日この頃は、楽しかった読書も苦痛に感じるほどに視力が低下してからは、時間、空間を超えた、自由な楽しい世界が広がり始めました。

 シャープに、さっそうとした姿勢という、わたくしなりのダンディズムで過ごしてきましたが、老いは否応なく行動全般に現れましたが、それぞれの老いに伴う不調を感じている患者の繰り言に“言葉に表さないだけでいつものこと”と応えた私の言葉で納得して明るくなる患者もいたりするのでそれなりの支えとなることもあると思い直し、行きつ戻りつしながら診療を継続しています。

 仙台血液疾患センターは201210月病棟閉鎖、2013年2月をもっての閉院は、諦めとともに受け入れ、命を助けるために前に前に進歩しなければという責任、また経営の負担から解放された気楽さはあります。とはいえ、2011311日の大震災時は、幸いにも医師は、齋藤淑子医師の1カ月近い終日勤務で、大学からの当直医の禁足にも耐え、入院患者の食糧確保、診療を滞りなく行うための体制を確認し、職員、患者の協力を仰ぐ気力と体力に満ちて指揮しておりました。震災翌日から輸血に対応出来たし、被災しながらも輸血のために外来通院してきた患者の必死さにも感銘を受けました。

売却先の葵会の配慮で、新開院の冨田病院で外来診療可能となり、輸血が生命の基盤となっている患者を路頭に迷わせずに共に歩んでいられる事に感謝しています。東北大学付属病院、仙台血液疾患センターと独自路線で診療を行う組織に慣れ親しんできましたので、統合本部の指令で全国の各施設を直結の事務長が経営感覚で医療施設を主導支配するありかたは、視力乏しい私の目でも鱗が落ちる思いで眺めています。

 一人では、移動もままならない身を支え続けてくれる周囲の人に感謝しながらすがり、思い通りにならない肉体から解放されて、思い通りになる脳の世界で、美しい人、美しい景色と交流しながら、まだもう少ししぶとく生きていきます。

 201310月  宇塚善郎

20120519160900001 2012年5月患者と共に待ちわびた朴の開花

 

Photo

2013年3月 富田病院となるために伐採された朴の切り株

20130928_084443_2 2013年9月 再び葉が茂り始めました。

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障害者から健常者に脱皮しての第21回宮城県武術太極拳選手権大会参加

2013-12-29 12:09:59 | スポーツ

歯止めのかからない参加者減のためでしょうか?

選手権の部が土曜開催で、仕事に支障ない形で継続という方針を変更して参加。

2003年、大会の概要も知らずに参加呼びかけに応じて出場したのはよいが、

未熟初心者に対する、冷視、あてこすりは厳しいものであった。

新しく立ち上げたばかりの所属協会の指導者に対する、皮肉りも厳しいと察せられる発言をきいて、

四肢の欠損はないのですが、早晩車いす生活か、合併症で生死をさまよいそうな気配漂う,限りなく障害者レベルで参加してしまった我が身を振り返り、

指導による改善モデルとして参加し続けようと毎年選手権部にエントリーし、今年で11年目。

炎症による癒着は改善してきたので、

参加、試技順番の誤りが無い点だけの評価と割り切っていた昨年とは異なり、

採点結果が気になりました。

他の人と比べ、低評価だったので、高評価の選手との違いは何なのかが気になりました。

レベルが異なると一目瞭然のハイレベルの選手の方はいらっしゃるのですが、

ドングリの背比べと映る選手との違いはなんだろう?

今年は、障害者レベルから健常者レベルの演武元年。

意識すれば、足が伸ばせる(安定した弓歩ができるようになった)。

まだ、意識しないと伸びない、縮んでいる。

左右のアンバランスもまだまだで、正視の位置は全身に気を配ってやっと。

癒着に伴うひきつれ、可動制限、疼痛の無い身体は楽だろうなと思い浮かべることが出来るようになった2013年。

ストレッチの継続で改善してきた運動能力、自己抗体価の低下。

ペースを会わせた運動に付随して改良する肉体の潜在的回復力は、まだまだ改善の余地があると思います。

2020年開催のパラリンピックを踏まえた開会挨拶で、

障害者も参加できるようなあり方が今後の課題といっていた。

”障害者”四肢の欠損は、認定容易。

五体満足である身体障害者の、評価基準を考えてみると

困難性が多々思い浮かびます。従来の採点基準でやむを得ず、低評価採点とするか、

スタンディングポジションでの身体評価を行い、

通常の採点基準を修正するということもあっても良いか。

開き直って参加し続けていますが、低評価に傷ついているのは否めません。

審判それぞれの評価ポイントの開示は、選手の自己評価、レベルアップのために寄与し、」公明性のためにもあってもいいなと思う採点もかいまみられた。

とはいえ、全日本に選出される選手のレベルは、群を抜いているのでした。

健康太極拳:転倒予防、認知症回避を指導できるレベルを理解する事も含めて、

体軸を大事にした(CMで浅田真央、坂東玉三郎も言っている)日々のストレッチと練習で来年を目指そう。

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東日本大震災から学ぶ内科学:内科学学術集会

2013-12-01 22:19:36 | 健康・病気

地元仙台での開催で、資格更新にも反映されるので参加。

講演者は、被災地の大学の医師が主体で、

被災し、避難生活をおくっている高齢者がより健康被害を受けているという、

被災地での実感が数値で提示。

ライフラインの途絶に伴う、口腔衛生が出来ずに、誤嚥性肺炎の増加

肺炎の起因菌は、通常に認められる肺炎球菌などに加え、レジオネラなど。

健康弱者に研著に表れる健康被害を

”Harvesting effect" 弱者刈り取り効果という言葉で表現されるのだそうです。

福島県のある地域では、高齢化率が通常であれば10年を要する変化が1年で。

学術集団としての内科学会の存在感を示した講習会でした。

今後、未来に向けて

1.大災害における内科医の役割と行動

2.大災害における内科医の連携体制の整備

3.大災害における内科医が力を発揮する仕組み

それぞれに対しての提言がありました。

1.内科医の行動実践ガイドラインの充実

2.ICTを活用し大災害に内科医が密に連携が取れる体制の整備

電気が途絶した2011年3月11日はTwitterがもっとも使用された日だそうです。

3.は内科専門医の資格条件に災害医療を取り入れる。

命を救うためには、トップダウン式の行政では、待ってくれない命の危機には対応できないので、権利の移譲などのシステムづくりも必要など、首都圏の直下型地震、南海トラフ地震を見据えたそれぞれの内科医会の連携を含めた対応の整備が、経験を未来につなげようというかってない内容の講演会でした。

ps 東日本大震災の時は、個人的つながりで、労力、物品を調達して急場をしのぎました。

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