40年前の医学教育、研修をへて、研鑽を積んできた私が学んだ時代の医学部は、
内科、外科はGrosse、その他の科はKlineとおおざっぱなくくりをされていた。
Grosseとは、全身を見る科
Klineは、単独臓器のみの診療科。
20年程前から、内科、外科も、細分化され、臓器別の単科すたいるとなった。
全身をみて、診断は不必要な時代となった。
その弊害は、かなり明確になり、”総合医”制度が新たに生み出される時代となった。
最近20年間の教育を受けた医師に振り回された一日であった。
進行性の悪性腫瘍の貧血、出血がなければ貧血が起きないと考えている!
胃薬として内服した薬剤でおきた貧血は中止すればすぐに回復すると考えている!
体内の細胞も、生産量は体内製造システムで規制がかけられている。
短兵急には行かない。
得意科目は、詳細まで把握し、困難さを理解し、判断するのだろうが、
分野外は、回復を期待するあまりに、すべての過程をスキップしている若手医師。
全身に起こる変化を全く考えず、異様な所見と考える。
全身の臓器の連携についても一考する医師であってほしいが、
容易ならざる事だと悟らされた。
5人の若手医師それぞれに共通していたので、
短時間のアドバイサーとしてでも、膨大な時間を費やし、
教育方針の大事さに思い巡らさざるを得なかった。
背景には、責任逃れのために、沢山の科への紹介に次ぐ紹介。
もう一つ考えたことは、日本語の表現が下手なために、
患者には真摯に向き合っているが、真摯さが伝わらないだけなのか?
体は臓器の寄せ集めではなく、
分担しながらの連携、協調でいきているのだから、
全体の影響は・と考えた痕跡を見せた紹介状を書いてほしい。
人間が生き続けられるのは、全身臓器の調和
不調、病気であっても
どれか一つの臓器だけの不調として症状がでるわけではない。
一元的に理解できる病態として探り、
無理なときには、さらに別の病態が発生している可能性を求めよ。
臓器別の診療科体制とは、無縁な探索方法かもしれない。
体は、一つ。一体化して動き、生きているのだから。