連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

あわれ 変じて あっぱれに

2011-01-26 23:15:35 | アート・文化

NHK BShi の”シリーズ世界遺産” は同時代の世界遺産をつなげてくれ、遠く離れた、つながりがないような地域の共通性、人間の普遍性、そしてやはり地域の特殊性が感じられる。

25日は、ルネッサンスであったが、ルネッサンスのはしり

イタリア フェラーラ は、 

で教皇でもなく富を得た エステ家の治世では、

宗教に曲げられない、科学的根拠による発言ができ、コペルニクスを生んだ。

神の世界は、時間がなく距離感もない絵画表現、人間世界は遠近法で描き差を出していた。

日本では、天皇、公家から武士の時代に移り、

松岡正剛さんがコメントしていた。

死にざま”を、武士の世界では 

”もののあわれ”では無く”あっぱれ”としたのだという 。

活版印刷の話も興味深い。

それ以前は、”正しい”ものは存在しなかったのかもしれない。

宗教説話も、音楽も。

印刷された楽譜が流布することで、間違った演奏はできない!

という意識が生み出されていった。

変幻自在な世界は遠く去り、窮屈な正しい世界が蔓延し始めたということで、

一般庶民にとっては、やはり利点、と自由を手に入れた印刷技術の流布でしょうかね。

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医学生が患者になり医者に向かって走り始めた言葉

2011-01-16 18:59:36 | 健康・病気

”足手まといだ。”

人生を共に過ごすことを約束したフィアンセに言われた。

この言葉があったから、人格を保つためには経済的自立という裏付けは必要不可欠と深く心に刻み、耐えられたことも多かった。

 この言葉を発せられた状況は、私にとっては厳しい経験だったようだ。

というのは、学生時代を思い出そうとしたきっかけがあって、

記憶がない!ということに気付き、PTSDになっていた!

 反芻して直視して、やっと離脱できたような気がする。

”足手まといだ!”

病気になったときに浴びせかけられる視線を言葉に表したものだ。

浴びせかけられた私が臨床医になって、

浴びせかけられないで臨床医になったより良かったし、

生死をともに戦った患者は、

私を助けてくれた、優しい存在でもあった。

 病人を相手に働く病人に対しての環境は、厳しいけれど柔らかであった。

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ひよどり

2011-01-16 08:58:39 | 日記・エッセイ・コラム

ヒーヨ、ピーヨと鳴き声騒がしく、木にとまっている。

連れだって飛来し、枝に止まっている場合が多い。

留鳥と決めつけていたひよどりであったが、

9日のNHKTV ”ダーウィンが来た”では、

北海道から津軽海峡を渡ってくるヒヨドリの連隊映像であった。

猛禽類の攻撃を避けるための連隊、海面すれすれの飛行、最短飛行距離

生き残りをかけた生き物の本能、生態を知ることは、

驚きであり勇気を与えてくれる。

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医学生が患者になった時の忘れられない言葉 こっちが死んじゃいそう

2011-01-14 06:42:34 | 健康・病気

両手の腱鞘炎が始まったのは、医学部1年の後半、40年前であった。

痛みも強く、整形外科、内科と診察をたびたび受け

診断は、リウマチ因子因子陰性の慢性関節リウマチと診断され、

治療を開始。まず、消炎鎮痛剤を使用された。

ところが、使用直後に、高熱、全身リンパ節腫脹が出現。

感染症として、抗生物質の投与後まもなく

全身の発疹、粘膜にも浮腫発現。呼吸困難となり大騒動。

極めてまれな、アスピリンの副作用らしいと結論され、

以後、生命の危険を招いた薬剤は使用せず、疼痛に耐えることとなった。

シオゾールの使用を開始。

タンパク尿、間質性肺炎もどきの症状が次々とでた。

日常診療を担当してくださった先生 (若くして悪性疾患に罹患し、永遠の世界に旅立たれた。再びお目にかかった時覚えていてくれるだろうか?)

(次々とわけのわからない、重篤な状態であえいでいる私を前に)

やめてよ。もう新しい病気にならないで。生きた心地がしないよ。

                          こっちが死んじゃいそう!”

 と言いながら、”入院ベッドもないし、外来でもいいか”

ということで、他に薬剤がないこともあって、シオゾールを少量継続となり、

他の薬剤は重篤な副作用が出るので、使用せず痛みには耐える。そのうち軽減するはずだからということになった。

痛みは………。

 

”やめてよ。もう新しい病気にならないで。生きた心地がしないよ。

                          こっちが死んじゃいそう!”

当時の医学生であった私は、そんなこと言われたって!。そんなに悪いの? どうしよう。”

臨床医になり、次第に担当医の気持ちが深く理解できるようになり、患者の気持ちも了解できるので、要らぬ心配を患者には懸けない言い方をするよう努力しているが、相手がいることであり、意図した通りにはいかないことも多く、逆の受け止め方をされて困惑することもあります。

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医学生が患者になった時にかけられた言葉 ;死なない病気だから

2011-01-13 10:26:54 | 健康・病気

昨夏の還暦直後の同窓会で久しぶりの再会から

その日を切り抜けるための無我夢中の毎日を振り返ってみた。

血液疾患を専門領域と心に決めた以前のことで、

心に残りその後の医師の人生でかみしめ治すことが多かった言葉がある。

”死なない病気だから大丈夫”と

主治医の今もう故人となられた岡崎先生に言われた。

当時は、息をするのもつらい全身の痛みの中にあった学生である私は???

現在、造血器悪性腫瘍を専門とする医師となった私には、

先生の優しい励ましの言葉であったのを理解できるが、

当時は、死なない病気でよかったと慰められても、素直には喜べなかった。

言葉の深さに思い至るには、人生経験が必要だとしみじみ思う。

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山折 哲雄書 愛欲の精神史

2011-01-10 19:11:08 | 本と雑誌

あとがきまで589ページの単行本。まだ読書途中。

ときどき、書架からはみ出し廃棄となる運命の本が運ばれ、雑然とあふれていた1冊で、

読み始めたらやめられなくなった。

I 性愛と狂騒のインド

 日本人の音感覚をはぐくんだ声明と御詠歌

 インド人の四住期、釈迦の四諦説との関係そのなかでの 

     林住期のときの妻の意見も聞きたい!が書かれていなかった。

IIガンディの聖性と魔性 

  ナチスドイツは、120万のユダヤ人の殺戮をしたが、

  インドとパキスタンの分離独立の移動で60万人が同法殺戮となった。

  憎悪と恐怖と猜疑の感情からの短期間の殺戮だという。」

愛憎紙一重というのは短絡的と思うが

愛するという複雑な感情の分析は、尽きることがない。

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