連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

障害者病棟での雑感

2018-02-27 14:22:28 | 健康・病気

今朝の、看護師からの要望に対する主治医の対応で、

看護師は、≪飲み込みが悪いので、絶食を指示してください!≫

主治医は≪緩和医療目的で入院してきているので、一口でも食べる意欲があるときは、食べてもらうわなくては≫

私は、そうそう、そうです!と内心で。

少しでもむせ返ると、すぐに絶食指示を要求してくる看護師には、驚きあきれている。

絶食指示を拒絶し、その後、むせることもなく食事をしている患者に対して看護師は何を感じるのだろう。

食べる楽しみ、口での感触で、いろいろ取り戻すことがあるとの報告もされているのに。

転倒骨折で、身動きが取れず入院してきた血液疾患の患者は、

リハビリの甲斐があり、自力歩行が可能となった。

看護師から≪認知症が進行してきたので退院はさせられないのですか?≫

新聞も、本も読み、回診時の会話も、耳が遠くなったせいの齟齬を除けば、周囲への配慮などを含めて何の問題ないと思っている主治医の私は、”認知症”との断定に驚き、どうしてそのような認知症判断が出てきたのかととうたところ、

看護師は≪徘徊、おむついじりがあった≫という。

患者は、日中の排泄は、トイレまで出向き、夜間はベッドサイドでとなっている。さらには、同室患者、病棟内の患者のレベルからすると自分は、この病棟の対象患者ではないと常々、私にはなし、退院に向けて努力していた背景があり、

私は、患者の心理を推し量り、看護師の手間を取らせてはいけないと、ベッドから起きだし、おむつを脱ごうとしているときに、巡回看護師に見つけられ、翌朝には、認知症進行が流布され停止待ったと判断し、看護師の話は聞き流すことに。

AIロボットであったらば、どのような対応を医師に要求してくるだろう?

仕事終了後の生活の無いAIロボットは、真摯に患者の変化を見逃さず、常との違いを見抜いたうえで、次の対策をするのではないだろうか。

体力的に優れ、元気溌剌、仕事としての看護職。仕事が終了した後の生活もある看護師よりも、

ひたすら患者と向き合うAIロボット看護のほうが良くはないかしらと思ってしまう。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

死後の世界

2018-02-22 09:25:59 | しのぶ
 世代交代というか、良き時代の終焉を実感する逝去に立ち会った。
 戦前も、戦後も富裕階層に属し、その維持に、渾身の労働を惜しまなかった。
”女傑”と言われていたらしいが、子の年代に当たり、仕事上の接触は皆無に近かった私には実感がない。
直来で、”わがまま”といわれていたが、許される範囲のわがままで、本人は、心の底から、変!とか、そうあってほしい!ということを口に出しただけだったでしょう。

変熱心なクリスチャンで、急な体調変化で、入院しても、必ずロザリオを枕もとに。
日本在住の、八百万の神々にも、お願いするのは、全くやぶさかではなく、不動産関係の職種だったので、地鎮祭はもちろん、方位を占ってもらったり、出かける時の、方角、出発時間の安全とかも気になり、まるで平安時代のようで。

夫唱婦随で、家業を盛りたてた夫君は、曹洞宗の仏教徒であり、今は、仏となられております。
宗派の違いは、死後の世界に関わります。
夫の死後、病を得たときに、しっかりと頼まれました。
≪仏門の徒として、夫の墓に入るのだと。神様は寛大だから。≫
体調不良で、覚悟を決めていたので、逝去の報を長男から受けたとき、葬儀の在り方を確認しました。
色々な神様を信じていたから、仏式でということで、安堵。
世間常識から、なかなか認めがたく、トラブルもあるのではとの老婆心から、多くの人が集まる通夜に出席。
ご住職の、クリスチャンであったことを配慮された、お通夜の説教でした。
出席されたクリスチャンにも配慮された、お祈りの時間があるお通夜が営まれ安堵しました。
3男一女の子供との行き来は頻繁でしたが、同居の長男は常日頃の関係もあり、仏教で葬儀を営むことは、当然であったのですが、
長男以外は、戸惑い、愛する母の意向であったのかしらと一抹の不安があったようで、
夫と来世もともにあることを望まれていた通りの、仏教徒としての旅立ち。生前から頼まれ、望んだ通りですと、
通夜に出席した甲斐がありました。

あくる日には、告別式での弔辞で、
寛大な神様を信じて仏教界に旅立ち、ご冥福、ご祝福を述べさせていただきました。

弔辞
早坂とし子様

 恩師宇塚善郎先生の縁で、なにくれとなく親しくし接していただいた齋藤淑子が謹んで弔辞を述べさせていただきます。

 戦前、戦後をチャーミングに、本人は男らしい性格なのと言いながら、かわいいもの、美しいものが好きで、それらを、身の回りにおける立ち位置を、家族から、またご本人の実力で維持されて生き抜かれました。
 嫁ぐ前の虎川姓時代には、戦後の混乱時の陳情に、お父君に同伴して東京まで出向かれたときの新しい息吹に振れたことを、生活の中で実現される努力を続けられてきました。
 また、宮城県女子専門大学での教育を、先に逝去された夫の孝夫様の健康維持に生かそうと努力されていました。
 
早坂家に嫁いでからは、お茶の水大学卒業で、凛として美しいお姑様、またご友人たちにふさわしい嫁であることにも心を砕いておられました。
 
夫孝夫様は、病弱な幼少時を過ごされて成人されたこともあり、大学病院に入院を繰り返され、その時の主治医であった恩師宇塚善郎は、子の手を握りながら、乳児を背負い一生懸命な美しい奥さんを悲しませてはいけないと、診療に努めたと度々話されておりました。また、夫、孝夫さん亡き後は、家を支えた母の努力を忘れずに、大事にしなければいけないと、とし子様の尽力を子供たちの前で称えられ程に、家の維持に努力を惜しまずに過ごされてきました。
 
夫を立て、夫唱婦随で、病弱の夫に代わって仕事をし、事務所を花で飾り、日本画にいそしみ、身近な花、景色を描き、またその絵を飾り、常にアクセサリーを身に着け、美しく装われておられました。 

ご夫妻ともどもグルメで、仙台ホテルでのローストビーフを食べる会食を催したり、感謝を込めた、おもてなしなど、気配りの効いた方でした。

おっかないことは避けたく、近寄らない性分であったようで、その極みは飛行機嫌いで、海外に興味があっても、飛行機に乗らなければならないことから、結局は出かけずじまいに終わったのではないでしょうか。海外の学会出張の折は、大丈夫かしらと気をもみ、他人事でも、我が身に降りかかる大事を避けるためのように、危険に合わないように、替わり身となり祈祷を受けて下さったりと、心を尽くす方でした。無事に帰ると、好奇心あふれるまなざし土産話を楽しんでいただきました。
 
晩年、夫の博識を誇りに思っておられたとし子様が、口にされたのは、≪昔人だから、夫唱婦随で、夫を立て、家業を盛り立て、病弱な夫に変わり仕事をしてきた。
子供たちには、最善をしてあげたいと思っても、多忙できなかったこともたくさんあったし、良かれと思ってしたことも、結果が、望ましくないこともあった。でも、子、孫の幸せを願って、精いっぱい頑張ってきました≫と。晩年は、私に同意を求められる機会が増え、頑張ってきたから、宇塚先生が、お母さんを大事にしなければ天罰が当たると子供たちに諭されたのではないのと応えたものでした。

夫、孝夫様逝去後、陰になり、また表に立って仕事をしてきた家業を子供たちにひきつがれ、安堵しながらも、面倒を見る夫亡き後の寂しさ、気がかりな子、孫たちの独り立ちの手のかからなくなった寂しさを噛みしめながら、家の精神的支柱としての、生きる価値を家族から称えられ、また応えようと前向きに過ごされた幸せな生涯をおくられました。カソリックとしてロザリオは傍らにあり、神様の寛大な心を信じて、いつも傍らで過ごすことを強く願っておられた夫孝夫様のもと、仏教界に旅立たれました。
これからは、お父ちゃんと呼びかけながら楽しい安らぎの時をすごされ、まだ、現世にとどまっている私たちを、次にお会いできる時まで、お見守りくださいますように願いつつ、ご冥福をお祈り申しあげます。

平成30年2月7日

齋藤淑子

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

職住接近が良いですね!

2018-02-20 13:39:36 | 日記・エッセイ・コラム
週5日は、徒歩圏の職場。あと2日が、通勤往復で3時間であったが、
12月中旬に、病院閉院、新規開院の病院に移動。
連日、通勤3時間。
最も混雑する、仙台駅で地下鉄の乗り換え。
1月23日の雪。
呼べども来ないタクシーに変わり、雪中歩行。いつもでも50分、雪で20分余計だっただけど。
その後も、寒く、雪は解けず、連日、雪、凍結通勤のストレス、大!

通勤は 長くなりたり 3時間 引っ越し雪で 疲労困憊
お点前も 着物着付けも 篠笛も 時間取れずや 日々の研鑽 
時間なく 頭の中で イメージす いぜお点前で 体動かず

期末試験の採点も終了し、ほっと一息で、目も、開けがたい、わが体の現実に愕然。
通勤時間が身近っかったらな!
東京都心では、当たり前なのかもしれないと考えると、
都会生活者の、体力に敬服するとともに、知らず知らずの蓄積疲労が気がかりとなった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

期末試験採点中の概観

2018-02-15 08:42:43 | 日記・エッセイ・コラム
医学部学生に血液分野を分担講義のときは、まだ若く、超専門分野の白血病以外はひたすら学びながら教え、余裕がない教育者。

次第に、教える時間が長くなり、内科学分野全体の期末試験問題の取りまとめなどを行い、経験による問題作成間の違いなども感じ取れるようになり、

医療関係を目指す学生を講義するために、宮城学院女子大学に転職。
期末試験問題作成に当たっては、2,3回の実施した採点結果を検討し、

集中して読まねばならない文章問題で、集中力の持続訓練を兼ねた問題とする。
言葉を書かせる問題で、正確な文字で書く習慣を身に着けてもらう。


実施済みの過去問を、学生が分担し、解答を作成して、試験に備えているようで、
大幅に問題を変更すると、解答してくるのはわずかの学生のみ、
間違えは、摩訶不思議な回答が集団と言える数である、という現実。

それぞれの学生のレベルで、漢字を当ててくるのですが、
その間違いのレベルが、年々、強度が増しえいるといいますが、中学、高校でも繰り返し出てくるであろう、身体表現の漢字が書けない。雰囲気として似たようにしようとした努力が判る記号。音は同じでも、この漢字を当てる?意味を考えると変だと思わない……のかしらと思ってします当て字。
通信手段が発達して、記憶力の減弱、自分で書くという習慣の欠如と言い切れるぐらいの誤字、脱字の、オンパレード。

解剖生理学などは、独創的思考以前の、まず、共通言語として記憶してほしい!
言語を記憶したうえで、身体レベルに起きている変化を思考し、健康へと導くための提案を、共通言語で分かりやすく説明できるようになってほしいという思いも込めての問題。

200問出題、合格点は60点。ですが、このレベルに達しない学生が多く、
同じ問題を、自宅で解答して提出させ、多くは全問正解には達せずとも、それなりの正解レベルで提出するので合格としていますが、そうでない学生が数名いるのです。
もちろん不合格判定。ですが、再履修は、極めて過密な時間割編成となり、学生にとって負担になるはず。
教科書を調べても、問題となっている個所を見つけられない?
教科書を読んでみようという意識を持ち合わせない?
再提出時の、低正解解答用紙を前に、考え込んでしまいます。
繰り返させることと、
意欲を引き出すには……??
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする