連・断・続の部屋  

捨てる過去など何もなく、日々の社会との繫がり、自己の活性化、整理のためにつぶやく。

千年の一滴 だし しょうゆ

2015-02-24 18:26:46 | 映画
新聞でみつけ、タイトなスケジュールをやりくりしてもみたい!映画だったので、余裕を持って到着しましたが、
上映館ではなく かけつけたのは フォーラム 仙台。
仙台の上映館は、初めて認識した桜井薬局セントラルホール。
必死で、GPSたよりに歩きましたが、やや遅れて到着。


和食の世界遺産認定に前後して、”だし”関連で、鰹節、昆布、麹について主にNHKで見ていましたが、
繰り返し、フランスで上映された映画は、一連のストーリが有り、引きつけられました。
食材に手を加え、時間の変化を読み取り、味にこだわり、自然に助けられ、手を加えてつくりだした日本人に誇りが持てる映画でした。
北海道から京都に届くまでの時間で変化する昆布
傷みやすい鰹は、黴の助けを借りて水分を抜き、成分を変化させる。その間の、五感を研ぎ澄ました、手のかけ方。
殺生禁止の、仏教では、こんぶと椎茸。
椎茸を栽培する木の樹液の流れを聴いて、菌を植え付ける時期を決定する。

とりわけ感心しきりだったのは、”麹”
麹=アスペルギルス・オリゼ。

アスペルギルスは、医者の私にとっては、真菌感染症を起こす!という認識の生物です。
そのアスペルギルスに属するのが”麹”。
近代社会では危機的阻害対象となった時期を経ての
麹が無害で有益、日本にのみ生息と見極められて本当に良かった。
先人が、日々の暮らしの中で、観察に見いだし、育て上げてきた麹。
麹を見いだす方法もいろいろあるのも、この映画で知りました。麹を育てあげ、いつも元気で、私達に味の恵みを届けてくれる麹は、選び抜かれた優等生なのだという事を実感できたストーリー。

種麹屋という家業があって、営々と一子相伝で受け継がれてきた麹。
木灰、その中でもアルカリ性の強い椿の枝から出来る灰を、米にばらまき出てくる麹菌。灰をまかないと、米にはいろいろな黴が出現。
稲穂が病気になって出来てしまった黒い塊を”稲霊”とあがめ、そこから酒をつくる稲麹を選び出すとは!
アフラトキシンを産生する”アスペルギルスフラバス”とアスペルギルス・オリゼは、アフラトキシン産生領域以外は遺伝子は一致。
そこから、先人達が、選び出し、麹菌を”家畜化”量産という説にもうなずけた。
手間暇かけ、時間をかけたてづくりの一品という感が否めないので、作り手がどんどん減っているのも現状のようで、また手がかかるので高級品となり、収益率との兼ね合いなどで、和食の根底が揺らいでいるのも実感させられました。
お手軽にパックの削ってあるかつを節もりようしますが、
香り立つかつを節が忘れられず、古いかつを節削り器で、ごしごしと削って食べています。
以前は、お歳暮に”かつを節”が目立ったが、最近は減少著しい。

日本が誇る、和食の根底の”だし”は、健康のた目にも活用したい。
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認知症につきあえるか?

2015-02-16 14:54:03 | 健康・病気
父は、1年強の胃がんの手術、化学療法、再発の入退院後、家族の行く末を案じながらも、最期の数日は、”遠いなー”と微笑みを交えた嘆息しつつ、母には、”しょうがないんだ”と淡々と語りかけ、最期の最期のゼロゼロした息づかいにかけた気合いに反応し、手を握り返してくれたりしながら、80歳と11か月でこの世から旅立った。
母は、冬になると繰り返す口唇ヘルペスが治らず、食べても吐くようになり、高齢でもあり目安を付けてから医療機関を受診しようと、仙台血液疾患センターで採血検査で、思いもかけず、感染症を契機とした溶血性貧血で、当日から入院し、意識がもうろうとなり、夜明けとともに朝日を受けさせて、目が動いたので、おはようと声をかけるとかすかに”おはよう”と応えてくれたのが最後の発語で、数時間後には息を引き取った。
両親は、介護保険を使う状態ではなく、”認知症介護”とは無縁で世を去った。

縁戚が、夜間譫妄=Levi's小体型認知症と思しき状態となり、日々の波はあるものの、家族が困惑、疲労困憊しているので、介護要員として、仕事の支障がない夜から休日の夕方まで、傍らで過ごすことになり、3か月ほどが経過。
脳の変性で生じるのであり、改善しないとわかっていても、落ち着いた日は、これが普通で、次の日もと期待するが打ち破られ、さらに悪化した状態を突き付けられている。
今夜は、危なそうだという気配はつけめるのだが、回避できず、一晩中活性化した状態が続く。歩き続け、逃げ回り、少しも休ままない。常は、高齢者らしく、よたよたとぼとぼ疲れるといっては長い休息が必要なはずが、疲れたから休もうと制しても、すぐに活動を再開し、持続する。
逃げ回る対象が思い当たらず、対応できない。対応できるような現実があるのだろうか?とも思える。


医者として、高齢者診療も行っているが、24時間傍らでずっと共に過ごすことはなく、対処法を伝授するだけであったが、
家族の一員として、危険にあわさないための見守りを続けるのは心身ともに疲弊し、次第、次第に無力感にさいなまれ弱ってくる。
家族が認知症、24時間昼夜を問わない見守りが必要で、何時訪れるかわからない、睡眠を期待するのみでしか、安息、休息、睡眠が得られないのを、身をもって実感し、系統的な対策を立案し、提案するが、ここにまた隘路があった。同居以外の家族の見解だ。

同居以外の近親家族は、ぎりぎりの状況になるまでは、帰宅という逃避行為が正当化されるので、真摯に対応向かっているつもりになっているだけで、現実的でないことも多い。

高齢者は、25%を超えるという現実。75%が高齢者を介護できる年代ではない。新生児、学童も含まれる。日本国を維持する生産人口が、介護という産業に吸い込まれた行く末は、今の段階では、疲弊しか見えない。介護者を抱えている、家庭の疲弊の構図と同じ。http://vexon-intnl.com/dasc/h24text.pdf

どうしたらよいか?なにができるか?どうみきわめるべきか?

認知症になると、”個”が優先しているように思われる。家族へのいたわりはあるが、独断的で、自分の見解のみによるいたわりなので、呼びかけに応じない。
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時間を遡り履歴が必要で

2015-02-08 15:05:38 | 日記
学会など、専門医、指導医の資格更新には、日々学問に精進している、学会参加、学会発表、投稿などの証明書を添付して、更新申請を出すことを要請されます。
今回、更新時期になり、必要書類を通常保管する、引出しを整理していて、2010年以前がない!2011年以降(10月)は有るのに。
2010年以前がなくても、更新可能なだけの実績を確認できて、ヒートアップ状態から、クールダウン。

落ち着いて、思いだしました。
2011年3月11日の震災で、本、引出しはひっくり返り、その後の整理も、意気阻喪して、当座に必要な部分の探し出しで終始して、部屋をかたずけない、つけがでたのでした。
内面に潜むものの思いがけない支配に気づかされました。

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