すずしろ日誌

介護をテーマにした詩集(じいとんばあ)と、天然な母を題材にしたエッセイ(うちのキヨちゃん)です。ひとりごとも・・・。

終活までではなくても、今後の事がちょっとよぎってしまう時

2017-12-13 20:09:59 | ひとりごと
 この仕事をしているから余計なのかもしれないが、ふと老後を考える事がある。
 色んなお年寄りを観ているし、色んなご家族を観ている。その中のどのケースに自分が当てはまるのか、はたまた全く違うケースになるのか、想像してみても、どこかいつまでも健康であったり正気であったりが前提でしか思いつかない。
 全く違う話になるが、先日拉致被害者曽我さんのご主人ジェンキンスさんと、増元るみ子さんのお母様が相次いで亡くなられた。そして、横田めぐみさんのお父様が介護が必要なお姿になられているのを拝見し、時の流れは残酷だな・・・と感じた。
 政府もただ手をこまねいているだけなのだとは思いたくないが、そして、政治家先生だって決して若いわけでもないが、それでもまだ、被害者や被害者ご家族の時間が無い事は、実感としてないのだろうな・・・と思う。彼らにももっと自分の命の期限が切られるような切迫感を感じて仕事してほしい。
 話を戻すと、そんな大それたことではないが、ふと自分の老後が頭をよぎる時、自分がキヨちゃんを介護する事やくりりんを介護する事は、ちょっと想像しても、自分が先に倒れたり認知症になったり・・・は想定出来ていない。そもそも、「どちらかは正気」なんて保障は無い。
 私たちには子供が無い。その事をやはり同じようなお年寄りを観ていると、真剣に考えてしまう。別に誰かに財産を残すなんて心配は無いし、死んだ後の事はどうにでも親類がしてくれるだろうが、生きているうちが困るのだ。
 生きていて、どちらかがしっかりして健康でもあれば、何とかなる。しかし、どちらかがしっかりしていても見送った後、残った方がそのままでいられる保証は無い。
 ささやかに、穏やかに、そこそこ困らない生活を送りたいと思うなら、もし仮に自分が病気になった時は・・・とか、認知症になったなら・・・も、くりりんと話しておく必要があるのかな。
 
 にほんブログ村ここをクリックしてお立ち寄りください。

コメント (3)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする