すずしろ日誌

介護をテーマにした詩集(じいとんばあ)と、天然な母を題材にしたエッセイ(うちのキヨちゃん)です。ひとりごとも・・・。

ピンク・・・旅立つ

2010-03-30 21:12:18 | ひとりごと
 昨日仕事中にいとこから電話。
 「婆ちゃん急変したん。」
取り急ぎ休みを貰い、お約束している担当様やご家族に電話して延期していただく。簡単な事務処理・・・そんなことが終わらないうちに、ばあやんのひ孫から電話。
 「今聞いたところで、今から俺も行く・・・あ、待って電話。(もしもし・・・え?)姉ちゃん、もう急がなくていいよ。今・・・やって・・・。」
 携帯と家電を交互に扱いながら、教えてくれたのは「間に合わなかった」という事実。
 病院へ行くと、すでに死後の処置が始まっていた。状態が安定していたので付き添いの姉ちゃんは必要品を買い物に出ていて、その間の急変だったらしい。大阪のおばたちが部屋の前に着いた途端の事で、やはりばあやんは叔母を待っていたのだろう。
 婆やんの顔はとても穏やかで綺麗だった。
 ばあやんは思い返してみても、怒った顔を見たことがなかった。沢山苦労をしてきたはずなのに、いつだって人の心配ばかりして、いつだって笑顔で
 「ばあやんは幸せじゃ」
が口癖だった。家はいつでもオープンで、親類といわず他人といわず野良猫でも勝手に上がりこんで平気な家だった。居心地のいい家はばあやんの人徳である。
 父とばあやんが姉弟であっても、似てると思ったことはなかったが、寝込んでから食事を嫌がって顔をしかめたり、吸引の後睨んだような顔をしたときに、変な話だが父に似てると思った。
 長い長い一日。ばあやんの大好きな着物姿で昨日よりも綺麗な穏やかな顔になったばあやんを送り出した。ぼんやりとばあやんの綺麗な遺影を見ていて、ふといとこたちが見ている展示物に目が行った。そこには一組の古いはがきが展示されていた。
 それはばあやんのだんな様が戦地から送っていたはがきで、戦死の通知の後に届いたらしい。仏壇の下に大切にしまってあったらしいが、奇跡的にインクもほとんど劣化していない。用紙もはがきではない、ダンボールらしかった。まだ乳飲み子のおばを膝に抱いたまま、このはがきに涙したばあやん。何故あんなに穏やかだったのだろう。なぜ、幸せといい続けることが出来たのだろう。私はいつだってばあやんに甘えていた。そしてばあやんはいつだって無条件で受け止めてくれた。
 ばあやん。一度くらいめんどいこと言うても良かったのに。しんどい時のあの険しい顔が、本当はいつも我慢していただけで、ばあやんの中にあったのではないだろうか。それとも、100年近い時間がすべてを美しく昇華させたのだろうか。
 いや、たぶんばあやんは本当に幸せだったのだろう。そして私たちがばあやんの心を受け継ぐことで、それを証明していけるかも知れない。
 ばあやん。そっちにはじいやんだけじゃなく、うちの父ちゃんもおるけん。残していく子供や孫やひ孫や玄孫も心配だろうけど、そっちでもまた世話の焼けることよね。ご冥福をお祈りします。 
                                    合掌。
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ピンク余命3日の宣告

2010-03-27 21:36:09 | ひとりごと
 昨日院長から治療について話があった。ひ孫が行ったが歳若い彼を家長とは思わなかったらしく、私に同席を求めた。告げられた余命は3日。IVHもリスクがあるだけで「意味がない」と言った。
 「いいですね。」
私に同意を求めたので
「私は家のものではないので・・・。」
と言うと驚き、家計図を見て
 「そっか、97歳ともなると先立つ人もいて、ひ孫さんに責任がいったりするのね。」
と話した。
 彼の祖父は癌で早くに他界し、父は働き盛りに病気で他界した。だから年若い彼が家長なのだ。
 覚悟もしていたが、実際に期限を切られると涙が出た。大阪のおばも今一度会いたいと帰郷を決めた。
 それでも状態はあまり変わらない。昨日は目で追うようなこともあったが、今日は何かを映しているようには見えなかった。ただ昨日33度台だった体温は35度台に上がっていた。
 朝、携帯を持ったままキヨちゃんと肥料を運んだ。リュウも山に行ってご機嫌だった。久しぶりのお天気で、布団やコタツ布団など沢山干した。キヨちゃんは畑から戻ったらひとりで片付けるから、ばあやんの所に行っていいと言ったが、あまりに量が多くひとりでは大変であるし、もしばあやんに何かがあった場合、取るものもとらずに走ることになる。
 電話を入れて状態を確認。安定しているのを聞き、掃除をすませちょとだけ草むしりをして、とにかくある程度のものは片付けて出かけた。
 97歳、毎日たくさんの見舞い客や付き添いが来るのでたぶん病院側は迷惑だろう。あからさまに嫌味を言う看護師もいたらしいが、おおむね大目に見てくれている。大阪のおばも到着した。昨日と違い、反応がないのでどこまで分かっているか分からない。おばの方も目が見えないので、せめて声や手足の動きがあれば確認できるのだが。
 明日は私も仕事。出来るときに集中してがんばろう。

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2010-03-26 22:23:49 | じいとんばあ
声を掛けても
目を閉じたままだったのに
今日は何度も目を開けた

ばあやん 声を掛けると目で追いかける
ばあやん 私達が見えとるかえ

これ以上手を尽くしてもどうなるものでもない
遠い身内には連絡を

静かに 医師は期限を切った

手を尽くさないよりマシでしょう
そう噛み付いたひぃ孫が
静かに それを受け止める

ばあやん 誰に会いたい? 頑張って みんな会いにくるけんな

不覚にも涙が溢れた
ばあやんの 瞳には
何が映るのだろう
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ビールな日々

2010-03-24 19:52:40 | うちのキヨちゃん
うちのキヨちゃんはお酒が大好きである。本当は焼酎が好きなのだが、父がいなくなってからは、悲しいお酒になるので、度数の高いお酒は没収した。だから今はもっぱらビールか発泡酒である。
ビールのせいか、主食はあまり食べられない。そのくせ、痩せる事もない。
キヨちゃんは発泡酒もだんだん好みが出てきて、あれがいいこれは不味いとか言うようになった。だから、私が必ず好みの酒を買って帰る。
ところが、ある日キヨちゃんはビール断ちを宣言した。ちょうど新しく買って帰った日だったが
「太ったけんなあ。でもせっかく買うてきてくれたけん、これ(六本)済んでからな。」
と言った。
気にするほど太ったわけではないか、本人が気になるならまあ様子を観ようと思った。
ところが、先日キヨちゃんは私にこう言ってお金を渡した。
「ビールがキレたけん買うてきて」
…心配することはなかった。
「やっぱりなかったら寂しいわ。」
そういいながらキヨちゃんはカラカラ笑った。
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後ろ髪・・・

2010-03-23 15:58:18 | ひとりごと
 今日は休み。朝少しゆっくりめに起きる。リュウが心得ていて起こさないようにこっそり寝室に忍び込む。こういう時はくろべえの邪魔もせず、そっとくろべえの顔を舐めたりして機嫌をとる。ちょっとだけ布団に上がるのを黙認して、
 「ハウス」
と言うと、残念そうに帰っていく。
 簡単に掃除をして洗濯物を干す。小雨が降っているが午後にはしっかり雨になるらしかった。ゴミ出しついでにリュウの散歩をする。普段山に行くので国道で車を見て気疲れしたのか、戻ると自分から「ハウス」した。
 それからピンクを見舞う。酸素が5.5リットルに増えている。おしっこの量も相変わらず少ないからと、利尿剤を注射したらしい。ひ孫の希望でネブライザーが用意されていた。少しは痰の切れが良くなるかもしれない。足の指先にチアノーゼが少し出ているが、悪いながらも状態は小康状態。浮腫も手だけで足は腫れていない。
 昼前に整体へ。今日は左ひざ中心。実は幼稚園の頃大きな交通事故で九死に一生を得た私である。左足に大きな手術痕があり、足の甲は感覚が違う。小指は引っ張られて常は浮いている。感覚がデリケートなので普段触らないが、ここを揉み解したほうがいいらしい。指の腹で少し触っているだけなのに、爪を立てられたように感じた。足首がもともとかなり硬いのとX脚にも問題がある。電話帳ほどの厚みのあるものにつま先を乗せて、足の筋を伸ばし足踏みするといいと言われたが、つま先を上げて姿勢を正すこと事態が辛く足踏みなんて出来なかった。・・・・なんて、体が硬いんだ・・・。ついでに痛みで顔をしかめすぎ、しわが増えた気さえする。がんばろう・・・。
 それからまたピンクの元へ。夕べ医師に付き添いを続行するほどではないと言われたらしい。長期戦を見込んで、ひ孫が母親を心配して迎えに来ていた。
 「母ちゃんが倒れたら困る。まだまだ長いんでよ。少しは体を休めて、どうしても気になるなら
 また、夜につれてくるけん。」
そう言われ一緒に帰っていった。私も一緒に出たが、姉ちゃんと同じくどこか後ろ髪引かれる思いだった。それはたぶん、今まで家から出たことも、独りになったこともないばあやんを残していく辛さであろう。いても出来ることはないのだが、きっと姉ちゃんも同じだろう。
 姉ちゃんは少しは休めたろうか。帰ればばあやんを除く7人家族が待っている。留守中協力し合って、食事や洗濯などすすめているだろう。今まで介護と家事一切を姉ちゃんはしてきた。ばあやんと自分の親との世話。それに家族のための家事。子供たちが心配しても、きっと気になって掃除や何や戸してしまうだろうな・・・。少しは休めばいいけど。
 ばあやん、また行くから待っていてね。2010/3/23の記事
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頑張れピンク

2010-03-21 22:12:04 | ひとりごと
 昨日悲鳴を上げている膝と肩をメンテナンスしてから、病院へ行った。昼前に着いたが、ピンクの手足はとても冷たく血中酸素量が測れないほどだった。交代して前の晩から付いている孫娘と二人で、手足をマッサージする。足は時々嫌がるように動かした。そのかすかな動きが嬉しい。
 途中看護師に吸引してもらい、それでも血中酸素が少なめなので酸素を4リットルにあげてもらった。マッサージをするうちに、手も足も温かくなってきた。
 「まあ姉ちゃん、もうすぐ来るよ。」
三連休の高速は恐ろしい渋滞で、車はほとんど動かない。9時に梅田を出たバスが11時半にまだ淡路島にいた。
 不思議なことにおばちゃんが近づくにつれて、バイタルは安定していった。呼吸も楽になる。結局おばちゃんたちが着いたのは、14時半をまわっていた。声掛けに反応はなかったが、きっと聞こえているだろう。
 夕方また血中酸素が計れなくなった。ゴロ音もない。私が自分の指に挟んでみても深呼吸をするまで数値が出にくかった。看護師に計器の故障ではないかと聞いてみた。看護師が自分の指に挟む。数値はすぐに出た。
 「故障じゃないですね。大勢さんでいるので、健康な方が患者さんの酸素をすってしまっている可能性も・・・。」
 急いで、付き添いを分けてデイルームに移った。個室であれば私でも気が付く。しかし大部屋で戸も全開なのでそれほど影響はないかとも思ったが、少しでも可能性があるなら控えたほうがいいだろう。携帯用のパルスオキシメーターで測ってくれたがかなり低い。一旦下げていた酸素量を戻したが変わらない。
 吸引。全くゴロ音もなかったが、奥でかなり粘りのある痰があったようだ。吸引の苦しさで一瞬目が開いたが、しばらくすると酸素量も増え楽そうになった。
 回診時主治医は
 「状態が安定したら経管栄養をはじめましょう」
と前向きなことを言ってくれた。
 しかし、夜ひ孫から電話。
 「母ちゃんから電話があったけど、会わせたい人がおったら呼べって、危篤なのか違うのか、300が500になったとか、さっぱり分からん。様子を見に行くけん。」
姉ちゃんはうろたえて、上手く伝えられなかったようだ。次の連絡があるまで心配で眠れない。ホテルに戻った大阪のメンバーに電話し、様子を見に行ってもらった。
 結局、今どうとかいうことではないが状態は悪いので、高齢で老衰でもありいつどうなるか分からず、会わせてあげておいて・・・と夜の回診時、医師が言ったことで慌てたらしい。
 今日はキヨちゃんが会いに行った。状態は変わらない。私は一日夢中で仕事した。今日のことは今日済ませておく。出来れば明日のこともしておきたい。いつ呼ばれるかもしれない。約束を書いた会社のボードを見ながら、クリアできるか不安になった。
 明日も頑張る。あさっては顔を見にいけるから、頑張ればあやん。

2010/3/21の記事
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ピンク入院する

2010-03-19 23:08:42 | ひとりごと
 17日夜ピンクの家では家族会議が開かれた。今まで嚥下状態も良かったが、急にゴロ音がつくようになった。IVHにしても、点滴にしても、経管栄養にしても、姉ちゃんの負担は大きい。状態の悪さを考えても入院させてもらえれば、安心と子供たちは言ったらしい。
 18日姉ちゃんは決めかねていた。自宅で看取ることも考えていたがその夜の痰がひどかった。ピンクの娘もアルツハイマーと診断された以上、姉ちゃんの負担はさらに大きい。自宅では吸引も出来ない。不安が自信と覚悟を上回った。
 主治医に相談する。老衰、高齢、状態の悪さ、タイミング・・・。受け入れ先がないかもしれない・・・と主治医は言った。主治医は診療所なので入院設備はない。救急車で運べばあるいは救急病院が入院させてくれるかもしれないとは言ったが、駄目もとで個人病院に打診した。
 運よくベッドの空きがひとつあった。状態を説明した上で受け入れをしてくれた。その日のうちに入院できるということだったが、どうやって運ぶかが問題だった。子供の車でリクライニングさせて運ぶか考えたが、状態が悪くなっており浮腫も出ているし褥瘡もある。麻痺もあれば安全に運べるか不安になる。車椅子なら借りられるが、介護タクシーも扱っている会社のドライバーさんに相談した。結局ほかのタクシー会社にストレッチャーのタクシーがあると教えてくれた。
 その日の午後に入院。急だったので親戚が付き添った。仕事に出ていた子供たちが知ったのは戻った夜になってだ。付いていったおばたちの話は3日が山らしいとの話だった。詳細は分からない。
 戻ったひ孫が電話して確認。高齢であり老衰であり肺炎も起こしている。確かに状態は悪い。3日は付き添ってくれということだから、山といえば山だ。しかし危篤と言うことではない。
 今日様子を見に行く。酸素、点滴、バルーンカテーテル。意識のない状態だが、バイタルは安定している。
 「ばあやん、大阪のまあ姉ちゃんが帰ってきよるよ。」
娘の名前を出すと、うっすらと片目を開けた。
 「あ、すずが声かけたら目開けるんじゃな。」
姉ちゃんと交代していた、他の孫がそう言った。ばあやん、大阪のおばちゃんに反応したのだ。
 明日は大阪のおば達が来る。きっと、声に反応してくれるはずだ。
2010/3/19の記事
 
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ピンクが心配

2010-03-17 20:38:55 | ひとりごと
 熱を出した翌日には熱も下がり、パンとミルクを食べられたと聞いたので安心していたが、今日訪ねるとまた食事が摂れなくなっていた。主治医の往診を受けたが、注射針でさえなかなか刺さらない。点滴は出来そうになかったらしい。医師からはIVH(中心静脈)のルートを確保して、高カロリーの輸液をいったほうが良いのではないかと提案された。姉ちゃんひとりでは決めかねる。今夜家族で相談だろう。
 訪ねたときプリンを何とかひとつ食べられたが、目も開けない。声掛けに返事もない。プープーと吹く様な呼吸も気になる。ゴロ音も少しあったが、口内を拭いたら治まった。
 関西にいるピンクの娘に電話すべきか、姉ちゃんは悩んでいた。心配をかけるだけだから・・・と。実はおばさんも目が見えず、足の調子も悪い。だからなのだ。しかしピンクの歳を考えても、いつどうならないとも限らない。もしもの時、知らなかったでは悲しすぎる。いとこにメールで知らせる。
 ほどなくいとこから電話がある。
 「少し良くなってるって聞いてたのに」
 「うん。先月の25日までは歩いてトイレに行けよったんよ。その後寝付いて。それでも前よりはご飯も食べられるようになっとったんよ。この土曜日に高い熱が出て、それでも翌日には下がって、パンも食べたって言いよったけん、ほんまにここ数日で悪くなった感じなん・・・。」
 「・・・分かった。ママには私から話す。・・・何とかして会いにいきたいよ。」
・・・。父ちゃん、ばあやんを守って。

2010/3/17の記事
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キャベツ餃子

2010-03-15 22:20:00 | ひとりごと
 昨日は午前中に久しぶりのメンテナンスに行った。肩こりと首の張りが辛かったが、膝が何にもしないのにぴくっと痛みが走るのも気になった。案の定リンパ詰まりまくりだった。
 「最近リンパマッサージしてない?」
先生に嘘はつけない。
 「えっと、腋の下とか前けんびきとかはしてるんですけど、足はついつい・・・。」
 足はもともとリンパの流れが悪いところだった。夏の間頑張って触っても揉んでも痛くないくらいになっていたのに、一旦さぼると痛いものだからますます触らなくなる。自業自得。テーピングしまくりで次の予約を入れた。
 それから美容院へ。久しぶりにパーマを当ててみた。久しぶりだから強めに当てますね・・・と言われたが、仕上がりを見て一瞬内藤やす子 か欧陽菲菲じゃないか・・・とちょっと後悔した。朝かなり抑えなくちゃ。
 戻ってからキャベツがたくさんあったので、餃子を60個作った。キャベツがメインでにらとしょうがにつなぎ程度の合いびき肉。風味はあるが姿の見えない肉である。
 それからピンクの様子を見に行った。朝はミルクとパンを食べ、カロリーメイト飲料なんかも摂れたらしい。熱も下がっていて、アイスクリームを私の介助で少し食べ、顔を拭いて乳液を塗ったら少し微笑んだ。
 餃子は一ケースピンクの家に差し入れ。ピンクは食べられないが大人数なので、一人3個程度だ。家は久しぶりに焼き餃子にした。最近は水餃子かスープか蒸していたので、新鮮だった。ポン酢であっさりと食べた。
 しかし・・・パーマ・・・。参ったなあ。

2010/3/15の記事


 
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力加減

2010-03-14 21:36:02 | うちのキヨちゃん
 うちのキヨちゃんは力加減が分からない。 
 父を通院介助していた頃、父は後部シートが楽だからと後ろに座っていた。途中後ろに乗せたゴミ等を収集場所に出してから行く。
 キヨちゃんは背が低いので、後ろのドアを開けても手を離してしまうと今度は掴むことが出来ない。そこでドアを持ったままで、ゴミを一旦下に下ろしドアを閉めてからゴミを出す。このドアを閉める時の力加減が分からない。とにかく力任せに閉めているとしか思えない、ドーン!という派手な音がして車も少し揺れる。
 「お!」
と言いながら父が中ではねるほどだった。
 かと思えば、キヨちゃんを送り届けた場合、途中でキヨちゃんを降ろしたとする。店の駐車場ならまだいいが、道路わきに止めておろした場合などでも
 「ほな、ありがとう。」
と立ち去り際にふにゃっと閉めて半ドアにする。助手席ならまだいいが、後部シートなら慌てて下りて閉めなければならない。叫んだところで耳が遠いので埒が明かない。
 また山道では他に車が来ないのをいいことに、閉めることすらしない時がある。まさかなあ・・と振り返ってドアが全開だったときは、山であろうとさすがに肝を冷やす。
 しかし、まだ他のものを握りつぶしただの、力加減が分からずおにぎりが崩れる・・・などという事態にはなっていないので良しとすべきであろうか。

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